
同僚に仕事を任せるときも、AI が出した要約をそのまま使うときも、人は確かめる手間を省いている。その代わりに、相手が誤っていたときの損は自分で負う。他人を信じることは、リスクを取ることなのか。リスクを取ることではあるが、賭けと同じではない。Iris Bohnet らは 6 か国で、結果を運が決める場合と人が決める場合とを比べた。人が決める場合、参加者は成功の確率がもっと高くないと、危険のある選択を受け入れなかった。
01信じることは賭けに似ているが、人は裏切られた損を不運の損より重く数える
Bohnet らは 2008 年、ブラジル、中国、オマーン、スイス、トルコ、米国の 6 か国で行った実験を発表した。参加者は二つの選択肢から一つを選ぶ。一つは、確実にもらえる取り分である。もう一つは、うまくいくかどうかが分からない、危険のある選択である。
研究者は条件を二つ用意した。片方の条件では、うまくいくかどうかを運が決める。もう片方では、別の参加者が決める。賞金と確率は、二つの条件で同じにした。
別の参加者が決める条件では、参加者は成功の確率がもっと高くなければ、危険のある選択を受け入れなかった。失う金額は同じである。それでも人は、運が悪くて失うことと、人に裏切られて失うこととを、別の損として数えていた。
他人を信じて任せることは、リスクを取ることである。ただし、信じた人が失うのは金額だけではない。人や AI に仕事を任せる前に、成功の確率を見積もるだけでは足りない。相手が誤ったら、自分は何を失うのか。自分は、相手の仕事を確かめる手段を持っているのか。任せる人は、この二つを先に書き出しておく必要がある。
02Mayerらの定義では、信頼は行為でなく「リスクを取る意思」である
別の参加者が結果を決める条件で、参加者は慎重になった。人を信じるとき、人は金額のほかに何を差し出しているのか。「信頼」という語の定義から確かめる。
経営学者の Mayer、Davis、Schoorman は 1995 年に信頼を定義した。三人の言う信頼は、意思である。相手の行動しだいで自分が損をする立場に、自分から身を置いてもよいと思うこと。三人はこの意思を信頼と呼んだ。信頼する人は、相手が自分にとって大事な行動を取ってくれると期待している。相手を監視できるか、統制できるかは、定義の条件に入っていない。
同僚が作った集計表を、検算せずに上司へ出す人を考える。集計が誤っていれば、叱られるのは表を出した本人である。表を出した人は、同僚の仕事しだいで自分が損をする立場に身を置いている。三人は、こういう立場に身を置くことを「弱みを持つ」と呼んだ。
三人によれば、弱みを持つことはリスクを取ることである。そのうえで三人は、信頼そのものを、リスクを取る行為とは区別した。三人にとって信頼とは、リスクを取ってもよいと思う意思のことである。
| 見るところ | 賭け | 信頼 |
|---|---|---|
| 結果を決めるもの | 運 | 相手の意思と行動 |
| 失いうるもの | 賭けた分 | 預けた分と、裏切られたという損 |
| 確かめる手段 | 確率が分かっている | 監視も統制もできなくてよい |
| Mayerらの言い方 | リスクを取る行為 | リスクを取る意思 |
意思と行為を分けると、説明できる場面が増える。上司に命じられて後輩に仕事を渡す人は、後輩を信じていなくても、仕事を渡している。反対に、同僚を信じている人でも、任せる仕事が無ければ何も渡さない。
03資材の審査は、作成者を信じるかどうかに頼らない手続である
相手を監視も統制もできないとき、仕事を任せる人は相手を信じるしかない。Mayer らが定義した信頼は、相手を監視も統制もできない場面で必要になる。裏を返せば、相手の仕事を確かめる手続がある職場では、信頼に頼る部分が小さくなる。制度がそう作られている例が、医療用医薬品の資材である。
厚生労働省の販売情報提供活動ガイドラインは、資材を使う前に、あらかじめ監督部門の審査を受けることと定めている。承認の責任は、監督部門と経営陣が負う。
Mayer らは、相手を監視している人は信頼に基づくリスクを取っていない、と書いた。資材の審査もこれに当たる。審査する人は、作成者が誠実な人かどうかを判定しなくてよい。作成者が誰であっても、資材は同じ審査を通る。
審査があるからといって、作成者が疑われているわけではない。誤った資材が医療関係者に届けば、失うものが大きい。失うものが大きい仕事には、信じる代わりに確かめる手続が、制度として置かれている。
生成 AI が下書きした資材も、同じ審査を通る。ガイドラインは、資材を誰がどう作ったかによって審査を分けていない。
04結果を決めるのが人だと、人は賭けのときより慎重になる
資材には、使う前の審査という確かめる手続がある。確かめる手続が無い場面では、人は相手を信じるかどうかを自分で決める。Bohnet らの実験の参加者は、相手が結果を決めるとき、賭けをするときより慎重だった。四人は、参加者がどれだけ慎重になるかを数で測った。
四人の測り方はこうである。参加者は、確実な取り分をあきらめて、危険のある選択を受け入れるかどうかを決める。研究者は参加者に尋ねた。成功の確率が最低いくらあれば、危険のある選択を受け入れるか。参加者が答えた値を、最低受容確率と呼ぶ。高い値を答えた参加者ほど慎重である。
二つの条件を比べると、別の参加者が結果を決める条件のほうが、参加者の答えた最低受容確率は全般に高かった。四人は、参加者のこの慎重さを「裏切りへの嫌悪」と名づけた。人は、相手が選んだ結果として被った損を、運で被った同じ額の損より重く数える。これが四人の結論である。
私が確かめたのは、Bohnet らの論文の抄録までである。国ごとの値や、二つの条件の差の大きさは、この記事には書けない。
05AIや自動化に頼る度合いも、利用者の信頼に導かれる
人は、人に裏切られた損を、運が悪かった損より重く数える。では、任せる相手が人でなく機械のとき、人の頼り方はどうなるのか。自動化と AI については、次の研究がある。
信頼が頼り方を導く
LeeとSeeによれば、利用者は自動化の仕組みを理解しきれない。そのとき頼る度合いを導くのは、利用者の信頼である。
頼りすぎ
Goddardらは74本の研究を調べた。自動化に頼りすぎた利用者は、システムが持ち込む新しい誤りを見落としていた。
早すぎる見限り
Dietvorstらの実験では、同じ誤りを見た参加者は、人間の予測者よりアルゴリズムへの信用を早く失った。
Lee と See の論文は 2004 年に出た。自動化の仕組みが複雑になると、利用者は機械の中で何が起きているかを完全には理解できない。そのとき、利用者が機械をどれだけ信頼するかが、どこまで頼るかを導く。二人はそう整理した。
Goddard らの研究と Dietvorst らの研究は、正反対の失敗を報告している。Goddard らが見つけたのは頼りすぎで、Dietvorst らが見つけたのは早すぎる見限りである。Goddard らは 13,821 本の論文を集め、基準に合う 74 本を調べた。調べた対象は、診療の判断を助けるシステムである。利用者は、システムが新しく持ち込んだ誤りを、しばしば見落としていた。
Dietvorst らは 5 つの実験を行った。参加者は、アルゴリズムと人間の予測者が同じ誤りをする様子を見た。誤りを見た後、参加者はアルゴリズムを信用しなくなった。信用を失う速さは、人間の予測者に対するときより速かった。
人は自動化に頼りすぎることもあるし、アルゴリズムを早く見限りすぎることもある。Goddard らと Dietvorst らの研究は、人がどちらの失敗もすることを示している。
06任せる前に、失うもの、裏切られる損、確かめる手段を順に確かめる
機械に任せるとき、人は頼りすぎることも、早く見限りすぎることもある。どちらの失敗に対しても、任せる人が事前に確かめておけることがある。何を確かめればよいかを、私は Mayer らと Bohnet らの研究から引き出した。
任せる人が最初に書き出すのは、相手が誤ったときに自分が失うものである。Mayer らは信頼を、相手しだいで損をする立場に身を置く意思と定義していた。成功の確率を当てることは、定義に入っていない。成功の確率が何割かは、任せる人にも分からないことが多い。自分が失うものなら、任せる人は紙に書き出せる。
任せる前にためらう人は、計算を誤っているとは限らない。Bohnet らの実験では、結果を決めるのが運から人に替わっただけで、参加者はより高い成功の確率を求めた。人は金額の損に加えて、裏切られたという損も数えている。強くためらうときは、金額のほかに何を失うと感じているのかを言葉にするとよい。判断の材料が増える。
任せる人が確かめる手段を持っていれば、相手を信じなければならない部分は小さくなる。資材を使う前に監督部門が審査する制度は、確かめる手段の例である。ただし Mayer らは、確かめる仕組みの弱点も書いている。統制の仕組みが強い職場では、相手が正しく動いても、周りの人は「統制されたからそうした」と受け取る。すると、相手への信頼は育ちにくい。確かめる手続は、誤ったときに失うものが大きい仕事に絞って置くのがよい。私はそう考える。
07AIが自分の意思で動くように見えると、人の信頼は増えることも減ることもある
失うものを書き出す。裏切られたという損を数える。確かめる手段を持つ。この三つは、人が人を信じる場面の研究から出てきた。Mayer らの定義も、意思を持って行動する特定の相手を前提にしている。任せる相手が AI のとき、人は裏切られたと感じるのか。
Puranam と Vanneste は 2021 年の作業論文で、この点を論じた。二人によれば、AI が意思を持つ主体に見えるほど、人は「この AI は自分に好意を持っているか」を気にするようになる。同時に人は、AI に信頼を破られたときの心理的な損を、より大きく見込むようになる。二人の結論では、AI を主体らしく見せると、人が AI に置く信頼は増えることも減ることもある。
裏切りの重さ
結果を決めるのがAIのとき、人はどれだけ高い成功の確率を求めるのか。人間が相手のときと同じかどうかは、私が読んだ資料では確かめられない。
設計者への信頼
AIが主体に見えないとき、利用者はAIを設計した人の力量と好意を問う。Puranamらはそう論じた。
理論と実験
PuranamとVannesteの議論は作業論文の理論である。実験による確認は別に要る。
Puranam と Vanneste の議論は理論であり、実験の結果ではない。Bohnet らの実験で結果を決めたのは、運か、人間の参加者だった。結果を決めるのが AI である場合に、人はどれだけ高い成功の確率を求めるのか。私が読んだ資料からは分からない。
- Mayer らは 1995 年、信頼を定義した。信頼とは、相手の行動しだいで自分が損をする立場に身を置く意思である。相手を監視も統制もできなくても、定義は変わらない。仕事を任せる人は、成功の確率を見積もる前に、自分が失うものを書き出すとよい。
- Bohnet らの 6 か国の実験では、結果を決めるのが他人であるとき、参加者は運が決めるときより高い成功の確率を求めた。人は、裏切られた損を、金額とは別の損として数えている。
- 販売情報提供活動ガイドラインは、資材を使う前に監督部門の審査を受けることと定める。確かめる手続があれば、相手を信じなければならない部分は小さくなる。AI の下書きにも同じ手続が使える。
他人を信じることは、リスクを取ってもよいと思うことであり、信じて任せたとき、人は実際にリスクを取る。ただし、そのリスクは賭けと同じではない。信じて任せる人は、確かめないまま、相手の行動しだいで損をする立場に身を置く。そのうえ人は、裏切られた損を、同じ額の不運より重く数える。
任せる相手が人でも AI でも、確かめる手段を一つ持てば、相手を信じなければならない部分はその分だけ小さくなる。AI の要約を原文と照らす。同僚の作った表の合計を検算する。原文と照らすことも検算することも、相手を疑っているように見える。実際には、自分が失いうるものを減らしている。
仕事を任せる前に、私は二つを書き出す。相手が誤ったときに自分が失うもの。自分が持っている確かめる手段。失うものが大きい仕事では、確かめる手段を使う。確かめる手段が届かない部分と、失うものが小さい仕事が残る。残った部分を、私は相手を信じて任せる。
- R. C. Mayer, J. H. Davis, F. D. Schoorman. An Integrative Model of Organizational Trust. Academy of Management Review 20(3), 709–734, 1995.(信頼の定義、リスクを取る行為との区別、監視と統制の仕組みについての記述)
- I. Bohnet, F. Greig, B. Herrmann, R. Zeckhauser. Betrayal Aversion: Evidence from Brazil, China, Oman, Switzerland, Turkey, and the United States. American Economic Review 98(1), 294–310, 2008.(結果を決めるのが他人のとき、人がより高い最低受容確率を求めたこと。抄録で確認)
- J. D. Lee, K. A. See. Trust in automation: designing for appropriate reliance. Human Factors 46(1), 50–80, 2004.(仕組みを理解しきれない自動化では、信頼が頼る度合いを導くこと。抄録で確認)
- P. Puranam, B. S. Vanneste. Artificial Intelligence, Trust, and Perceptions of Agency. INSEAD Working Paper 2021/42/STR, 2021.(AI が主体に見えるほど、信頼が増えも減りもしうるという理論)
- B. J. Dietvorst, J. P. Simmons, C. Massey. Algorithm aversion: people erroneously avoid algorithms after seeing them err. Journal of Experimental Psychology: General 144(1), 114–126, 2015.(同じ誤りを見た後、人がアルゴリズムへの信用を人間より早く失うこと。抄録で確認)
- K. Goddard, A. Roudsari, J. C. Wyatt. Automation bias: a systematic review of frequency, effect mediators, and mitigators. Journal of the American Medical Informatics Association 19(1), 121–127, 2012.(13,821 本から 74 本を選んだ系統的レビュー。頼りすぎが新しい誤りの見落としを生むこと。抄録で確認)
- 厚生労働省医薬・生活衛生局長(薬生発0925第1号). 医療用医薬品の販売情報提供活動に関するガイドライン. 2018-09-25.(資材は使用される前に、あらかじめ監督部門による審査を受けること)
