失敗は、二度起きます。一度目は、現実の世界で。二度目は、私たちの頭の中で、何度も。一度目の失敗から学ぶことはできますが、二度目の失敗(反芻と自責)から学べることは、ほとんどありません。本回が扱うのは、失敗を感情の出来事から学びのデータへと変える技法 です。Dweck の成長マインドセット、Edmondson の三つの失敗類型、Reason のスイスチーズモデル、Just Culture、畑村洋太郎の失敗学、Popper の反証可能性、王陽明の致良知 ── 六つの伝統が指し示す、失敗の科学化の作法を組み立てます。
01感情の出来事として失敗を扱うことの罠
失敗をしたとき、私たちの心は瞬時に動きます。「やってしまった」「最悪だ」「あの人にどう思われるか」「自分は無能だ」── これらは事実ではなく、失敗という事実に対する自分の反応 です。前回 (vol-02) で紹介した仏教の「第二の矢」と同じ構造ですが、ここではさらに踏み込みます。失敗を感情の出来事として処理しているかぎり、そこからデータを取り出すことはできません。
製薬の現場で言えば、過去の審査ミス、対応の遅れ、コミュニケーションの破綻 ── これらを「自分の能力の証拠」として感情的に扱い続けると、貴重なデータは反芻のなかで埋没します。逆に、「これは何が、どう、なぜ起こったか」というデータの集合体として扱うと、同じ失敗が 次回を防ぐ知恵 に変わる。感情とデータは、同じ失敗の異なる側面 です。どちらに重みを置くかが、学習の質を決めます。
02"データに変える" とは何か
「失敗をデータに変える」と言うと、冷たく聞こえるかもしれません。実際には逆です。失敗をデータとして扱えるようになると、感情に押しつぶされる時間が短くなり、自分自身に対して、より優しく接することができるようになります。
「私が悪い」「もうダメだ」
自己評価が中心。事実はぼやけ、反応だけが膨らむ。次に活かせる情報は取り出せない。やがて自己批判だけが残る。
「何が、いつ、どうして起きたか」
事実観察が中心。原因の連鎖が見える。次回の介入ポイントが特定できる。自己評価から距離が取れる。
データ処理は、自己評価から距離を取る作業です。失敗を 自分の人格の指標 として読まず、仕組みと条件の事象 として読む。そこから、何が改善可能で、何は今回の偶発に過ぎなかったかが見えてきます。これは Dweck が言う「成長マインドセット」の中核技法でもあります。
03Dweck の固定マインドセット vs 成長マインドセット
米国の心理学者 キャロル・ドゥエック (Carol S. Dweck, 1946–) は、半世紀の研究を通じて、人間が能力をどう信じているかが、失敗からの学びに決定的な影響を与えることを示しました。2006 年の『マインドセット (Mindset)』に集約された彼女の発見です。
「固定マインドセットの人は、失敗を "自分は能力がない" の証明として読む。成長マインドセットの人は、失敗を "まだ学んでいない" のデータとして読む。同じ失敗から、まったく違うものが取り出される」── キャロル・S・ドゥエック『マインドセット』(2006) より趣旨
Dweck の研究で重要なのは、固定 / 成長のマインドセットが 生まれつき決まっているものではなく、習慣として変更可能 だという点です。「私は能力がない」と読む癖は、書き換えられる。失敗のとき、自分が無意識に下している自動評価を意識化することが、書き換えの第一歩です。
製薬の現場で「私は審査が下手だ」と固定的に結論を下す代わりに、「今回の失敗は、こういう条件で起きた。次回はこの一点を変えてみる」と問い直す。同じ失敗を、同じ言語の中で別の文法で読む ── これが成長マインドセットの実装です。
04Edmondson の三つの失敗類型 ── すべての失敗が同じではない
ハーバードビジネススクールの組織行動論の エイミー・C・エドモンドソン (Amy C. Edmondson, 1959–) は、長年の組織研究を通じて、失敗を一律に扱うことの危険性を指摘してきました。2023 年の『Right Kind of Wrong』に集約された彼女の整理では、失敗は三つに分けられます。
避けられた失敗 (Basic Failures)
既知のプロセスを守らなかった、注意散漫、手順の省略。原因は明確で、防止策も既知。製薬で言えば SOP 違反、確認の省略など。
複雑系の失敗 (Complex Failures)
複数の要因が重なって生じた、誰か一人の責任に帰せない失敗。原因連鎖が見えにくい。製薬で言えば組織横断の判断ミス、規制解釈の食い違い、複合要因によるトラブル。
賢い失敗 (Intelligent Failures)
新領域への挑戦に伴う、想定された失敗。価値の高い情報を生む。製薬で言えば未踏領域への新しい審査アプローチ、新規領域での試行錯誤。
Edmondson の整理が示すのは、すべての失敗を同じ態度で扱ってはならない という事実です。類型 1 は再発防止の対象、類型 2 は組織学習の素材、類型 3 はむしろ祝うべき投資。三つを混ぜて「全部反省」と扱うと、本来祝うべき類型 3 まで萎縮させてしまいます。製薬の現場で、まず自分の失敗がどの類型かを見立てるだけで、対応の質が変わります。
05Reason のスイスチーズモデル ── 失敗は組織的・多層的
英国の心理学者 ジェームズ・リーズン (James Reason, 1938–) は、産業事故と医療事故の研究から、スイスチーズモデル を提示しました(『Human Error』1990、『Managing the Risks of Organizational Accidents』1997)。事故は、組織の複数の防御層(チーズのスライス)に同時に穴(欠陥)が空き、それらが偶然一直線に並んだときに起きる、という比喩です。
「事故の責任を、最終の操作ミスだけに帰すのは誤りである。事故は、組織の多層の防御に空いていた、複数の "穴" が偶然並んだ結果である」── ジェームズ・リーズン『Managing the Risks of Organizational Accidents』(1997) より趣旨
Reason のモデルが示すのは、失敗の責任を個人に集中させすぎると、組織的な穴を見落とす ということです。同時に、組織だけの責任にしても、個人の判断は改善されません。スイスチーズモデルは、両方の層を同時に観るための道具です。
製薬の資材審査でも同じです。一つの判断ミスは、しばしば ── 個人の認知バイアス + 部門のレビュー手順の欠落 + 経営の優先順位の混乱 + 規制解釈の曖昧さ ── という複数のチーズの穴が並んで生じます。「私のミス」と感情処理するのは、自分の責任を引き受ける姿勢として尊いですが、それだけでは、組織の穴は塞がりません。感情ではなく、層構造で失敗を観る ── これが Reason の遺した実用的な道具です。
06Just Culture ── 失敗から学ぶ文化のデザイン
Reason の延長で、医療安全と航空安全の領域で発展したのが Just Culture (公正な文化) という組織文化のデザインです。シドニー・デッカー (Sidney Dekker, 1969–) らが体系化しました。中核命題は、こうです。
「失敗を報告できる文化なくして、失敗から学べる組織はない。報告を可能にするのは "非難しないこと" ではなく、"何が非難に値し、何が学習に値するかの線引きが公正であること" だ」── シドニー・デッカー『Just Culture』(2007) より趣旨
Just Culture が示すのは、失敗の科学化は、個人の心の中だけでなく、組織の文化と仕組みのなかでも進める必要がある という事実です。本シリーズは個人の自己変革を扱うので、組織文化までは直接扱いません。しかし、自分一人で失敗を科学する作業は、組織の Just Culture がなければ持続しません。自分の周囲に、失敗を報告できる仕組みがあるか。報告された失敗が、責任追及ではなく学びに変換される文脈があるか。個人の失敗の科学化は、組織の Just Culture と共鳴して、初めて持続する ── これが現代の安全科学の到達点です。
07畑村洋太郎『失敗学のすすめ』── 日本独自の失敗学
日本の工学者 畑村洋太郎 (1941–) は、2000 年の『失敗学のすすめ』で、独立した学問領域として 失敗学 を提唱しました。福島原発事故の事故調査検証委員会の委員長も務めた人物です。畑村の失敗学が示す中核命題は、こうです。
「失敗は、隠さず、責めず、原因を解剖し、知識として残せ。失敗の情報は、共有することで初めて、次の失敗を防ぐ。隠された失敗は、必ず同じ形で繰り返される」── 畑村洋太郎『失敗学のすすめ』(2000) より趣旨を凝縮
畑村の失敗学が、日本の文脈で特に重要なのは、失敗を隠す文化 が日本社会に根強く存在することへの応答だからです。隠された失敗は、データになりません。データにならない失敗は、組織にも個人にも、次の判断のための知恵を残しません。失敗を科学化するとは、まず失敗を "存在する事実" として扱える文化を、自分の中で作ること です。隠す前に、見る。責める前に、解剖する。記憶する前に、書き残す。
製薬の現場では、過去の薬害がこの命題を厳しく裏付けてきました。隠された不備、共有されなかったヒヤリハット、書き残されなかった判断 ── これらが、後日大きな帰結を生んできた歴史があります。畑村の失敗学は、産業全体の歴史的教訓を、個人の作法に翻訳する道具です。
08Popper の反証可能性 ── 仮説と失敗の認識論
哲学の系譜では、科学哲学者 カール・ポパー (Karl R. Popper, 1902–1994) が、1934 年の『科学的発見の論理』で、知識を進める論理の中核を 反証可能性 (Falsifiability) に置きました。良い理論とは「正しいことが証明できる理論」ではなく、「間違いを発見できる構造を持つ理論」 です。
「あらゆる経験的な科学的言明は、反証可能なものでなければならない。反証不可能な命題は、科学の領域に属さない」── カール・R・ポパー『科学的発見の論理』(1934)
これは失敗とどう関係するのか。Popper の認識論を個人の学びに移すと、こうなります。自分の判断や仕事のやり方を、"間違いを発見できる構造" として持つ。「これで完璧」と思っているうちは、自分の判断は科学の対象になりません。「ここが間違っていたら、こう修正する」と仮説化したとき、初めて失敗は 仮説の検証材料 になります。失敗は否定すべきものではなく、仮説のフィードバック として歓迎すべきもの ── これが Popper 的な失敗観です。
09王陽明「致良知」── 失敗の中に "本来の知" を取り戻す
東洋の系譜でも、失敗と学びの関係を独自に整理した思想家がいました。明の儒学者 王陽明 (1472–1529) の 致良知 (ちりょうち) の思想です。第 1 回でも触れた知行合一の延長線上にあります。
知行合一、致良知。
── 知ることと行うことを合一させ、本来そなわっている良知(正しさを見分ける心)に至る。(『伝習録』より要旨)
王陽明の致良知は、しばしば抽象的な道徳論として読まれます。しかし、失敗論として読むと、別の含意が浮かびます。失敗とは、自分の中にある "本来の知" から行為がずれた地点であり、その地点を観ることで、本来の知が再び明確になる。失敗は、本来の自分から離れた距離を測定する目盛りです。距離が見えれば、戻る方向もわかる。
製薬の現場で言えば、「あのとき、本当は何を守るべきだったか」── 失敗のあとに静かに問い直すと、患者を思う心、誠実な仕事への希求、組織の倫理規範など、自分の中にすでにあった "良知" が再び輪郭を取り戻します。失敗を、本来の自分の輪郭を再確認するための座標として読む ── これが東洋哲学の遺した、もう一つの失敗の科学です。
10失敗をデータに変える 4 つの問い
六つの伝統が指し示した同じ場所を、日々の実践に落とすための 4 つの問いを置きます。失敗の直後に、感情の波が引いた頃に、ノートの隅でも紙ナプキンでも、書き出してみてください。
これはどの類型の失敗か
Edmondson の三類型 ── 避けられた失敗 (Basic) / 複雑系 / 賢い失敗 (Intelligent)。類型で対応の質が変わる。
どのチーズの穴が並んだか
Reason のスイスチーズ ── 個人 × 部門 × 組織 × 規制環境のどの層に穴があったか。多層で見る。
どの仮説が反証されたか
Popper 的問い ── 自分が暗黙に持っていた仮説のうち、今回反証されたものは何か。それを明示化する。
本来の知から、何が離れたか
王陽明の致良知 ── 自分の中の本来の判断基準から、今回の行為はどう離れたか。離れ方を観ることで、戻り方が見えてくる。
失敗は、感情の出来事として処理されているうちは、自分をすり減らすだけです。データに変えた瞬間に、同じ失敗が、次の判断を支える知恵に変わります。Dweck の成長マインドセット、Edmondson の三類型、Reason のスイスチーズ、Just Culture、畑村の失敗学、Popper の反証可能性、王陽明の致良知 ── 六つの伝統が、別々の言葉で同じ場所を指していました。
失敗の直後、感情の波が高い瞬間には、何も書かなくていい。波が引いた頃に、四つの問いを静かに書き出す。失敗の数だけ、自分の地図は精密になっていく。失敗を、味方にしてください。
- 失敗には三類型(避けられた / 複雑系 / 賢い失敗)があり、それぞれに別の対応が要る。すべてを同じ態度で扱うと、本来祝うべき賢い失敗まで萎縮させる。
- 失敗は個人の心の中だけで起きるのではなく、Reason のスイスチーズのように多層構造で生じる。個人の責任と組織の責任を、同時に観る視座が要る。
- 4 つの問い(類型は / チーズの穴は / 反証された仮説は / 本来の知からの距離は)で、感情の出来事を学びのデータに変換できる。
- Dweck, Carol S. Mindset: The New Psychology of Success. New York: Random House, 2006. (邦訳: 今西康子訳『マインドセット ── 「やればできる!」の研究』草思社, 2016)
- Edmondson, Amy C. Right Kind of Wrong: The Science of Failing Well. New York: Atria Books, 2023. (邦訳: 野津智子訳『失敗の科学』英治出版, 2024)
- Reason, James. Human Error. Cambridge: Cambridge University Press, 1990. (邦訳: 林喜男監訳『ヒューマンエラー』海文堂出版, 1994)
- Reason, James. Managing the Risks of Organizational Accidents. Aldershot: Ashgate, 1997. (邦訳: 塩見弘監訳『組織事故』日科技連出版社, 1999)
- Dekker, Sidney. Just Culture: Balancing Safety and Accountability. Aldershot: Ashgate, 2007.
- 畑村洋太郎『失敗学のすすめ』講談社, 2000.
- Popper, Karl R. Logik der Forschung. Wien: Julius Springer, 1934. (英訳: The Logic of Scientific Discovery, 1959 / 邦訳: 大内義一・森博訳『科学的発見の論理』恒星社厚生閣, 1971)
- 王陽明『伝習録』(中国, 1518). 致良知の章. (邦訳: 溝口雄三訳注『伝習録』中公クラシックス, 2005)