第1章「基本的留意事項」は、Ⅰ部・製品情報概要のなかの一章でありながら、性格が他と違う。第2章が総合製品情報概要の16項目の中身を、第3章が絞り込み版の作り方を扱うのに対し、この章はどんな資材にも等しく効く前提を置く。総合版でも特定項目版でも、専門誌広告でもその他の資材でも、ここで定めた約束を満たしていなければ先には進めない。「土台 → Ⅰ → Ⅱ → Ⅲ」と降りていく構成の、まさに足元にあたる章だ。
章は二つの節からなる。1節が文章・記載そのものの留意事項(20項目)、2節がデータ(図表を含む)の扱い(5項目)。前者は「何を、どう言葉にするか」、後者は「数字とグラフをどう載せるか」を受け持つ。両者とも、序章『はじめに』の精神——電子添文が原本で概要はその補完にすぎない、偽らないだけでなく誤解もさせない、明文のない領域も上位規範で律する——を、具体的な作業規則へ翻訳したものだ。多くの条文には【細則】が付き、抽象的な原則を「どこまでやってよいか」の線にまで落としている。本章ではその細則の水準で読み解く。
0120項目を貫く七つの問い
1節の20項目は、ばらばらの禁止令ではない。突き詰めると数本の問いに収束する。科学的に正しいか/有効性と安全性が釣り合っているか/承認の枠を出ていないか/参考の話を本筋に紛れ込ませていないか/見せ方で誇張していないか/他社を貶めていないか/最新の事実と揃っているか。以下ではこの七つの軸で20項目を束ね直し、各軸に付された細則の具体まで降りていく。
細則に踏み込む理由は単純だ。「正確・公平・客観に書く」という総論だけなら誰も反対しない。問題は、善意の書き手でも無意識に踏み越える境界がどこかにある点だ。要領はその境界を、引用の仕方・文字の大きさ・グラフの軸といった物理的な水準で名指しする。だから本章も総論で止めず、その線を一本ずつたどる。
02引用の作法——ガイドラインを歪めないための八つの線
第1項は「科学的根拠に基づき、正確・公平・客観であること」を求める。総論に見えるが、付された細則は引用——とりわけ学会の診断・治療ガイドラインの引用——に的を絞り、八つの具体線を引く。引用は本来、自分の主張を第三者の権威で裏づける行為であり、それゆえ抜き出し方ひとつで読者の像が歪む。だからこの欄に最も濃い細則が置かれている。
細則:引用で守るべきこと
- 引用は原文のまま記載する。図表を含む解説からの引用も、ガイドラインの主旨を忠実に反映する。
- 自社に都合のよい箇所だけを引かない。複数箇所から引くなら、そうとわかるよう引用箇所を明示する。
- 自社に関連する部分を色や太字で強調しない。
- 自社の承認外の記載が含まれるガイドラインは掲載しない。他社品の承認外記載が含まれる場合は、改変せずそのまま載せ「承認外である旨」を注記し、承認外内容を推奨する書き方にしない。
- 他社・他社品の中傷誹謗にならないようにする。
- 国内外に類似のガイドラインがあれば、原則として国内を優先して引用する。海外版を和訳してよいが正確に。
「色や太字で強調しない」まで明記するのは、技法として一つの嘘も含まないまま誤った印象を残せてしまうからだ。原文を一字も変えずとも、自社に有利な一文だけを太くすれば、読者の視線と記憶はそこへ偏る。引用の細則は、序章のいう「事実だが誤解させる」を塞ぐ最も素朴な実装である。
03バランスと承認の枠——文字サイズという物理量で守る
第2項は有効性と安全性のバランスを、第3・9項は承認の範囲を扱う。いずれも序章の中心思想が、版面と承認情報の二つの面で具体化された箇所だ。
細則:有効性と安全性のバランス
臨床成績で有効性を書くなら、安全性も必ず書く。そして安全性の記載は、有効性本文と同じか、それ以上の文字サイズでなければならない。文字の大小という物理量にまで踏み込むのは体裁の話ではない。読み手の視線が最初に向かう先を、安全性から逸らさせないための仕掛けだ。安全性は自社に不利でも開示するという非対称な義務——第11項は「安全性に関わる重要情報は、未公表データであっても記載する」とまで言う——を、版面の設計で担保している。
承認の範囲——効能・用法ともに一歩も出ない
効能効果も用法用量も、承認の範囲外を書かない。範囲を限定する条件(いわゆるしばり表現)は、その条件まで含めて正確に伝わるよう写す。用法用量に「適宜増減」とあっても、明記された範囲のなかにとどめる。電磁的媒体で提供する場合も、紙と同様に内容が明確に理解できるようにする。この縛りの根は序章の一語「補完」にある。概要は電子添文の下位文書であり、承認の範囲を一字でも超えれば、それは補完ではなく逸脱になる。
04参考情報の隔離——副次・QOL・薬理を本筋から分ける
承認範囲内の治療で副次的に得られた結果、効能との関連が十分明らかでない薬理作用は、『参考情報』として明確に区別し、効能を誤解させない。そして第8項が線を引く——『参考情報』は特徴(性)として記載しない。副次的な所見が、読者のなかで主たる効能と地続きに見えるのを防ぐためだ。情報の格付けを版面の上で可視化する、という発想である。
細則:日常活動性・QOLの扱い
日常活動性やQOLは、原則として参考情報として扱う。ただし評価指標やスコアの定義が明確で一般化されたものは参考情報に当たらない——とはいえその場合も、効能効果を誤解させる表現はしない。「参考情報か否か」は資材内の置き場所を決めるだけでなく、その所見をどれだけ強く語ってよいかの上限をも決める。
05誇大と中傷の禁止——虚偽の一歩先を塞ぐ
第10〜16項は、虚偽ではないのに誤解を生む表現群を名指しで封じる。誇大の禁止は虚偽の禁止より一歩進んだ要求だ——一つの嘘も含まないまま、誤った印象だけを残す技法を対象にするからである。
| 禁じられる表現 | 具体例(細則より) |
|---|---|
| 安全の強調・保証 | 「安全である」と強調・保証しない。警告・禁忌を含む注意事項等情報と齟齬する記載をしない |
| 権威づけ | 医療関係者等の肖像写真を主体とした紙面構成の資材を作らない |
| 非臨床の臨床への直結 | 動物試験・in vitro試験の結果を、臨床の有効性・安全性に直接結びつける表現をしない |
| 一般化 | 例外的・限定的なデータを、一般的事実であるかのように見せない |
| 品位・情動への訴え | 不安・恐怖・不快を与える表現、医薬品の信用を傷つける表現、品位を損なうキャッチフレーズ・写真・イラストを使わない |
細則:中傷・誹謗につながる記載
他社・他社品の中傷誹謗につながる記載はしない。臨床比較試験では、線引きが具体的だ。
- 対照薬の試験結果を載せてよいが、その評価や結果の解説は書かない。
- 他社品による治療無効・効果不十分・不耐容である旨を強調した記載をしない。
- 前治療薬(他社品)に関する解説をしない。
- 試験概要では、使用した薬剤名(他社品は一般名)・投与期間・投与量・投与例数を、可能な限り正確に記す。
「対照薬の結果は載せてよいが論評はしない」——この線が要点だ。比較という事実は科学に属するが、その優劣の判定は広告に属する。両者を切り分けることで、比較データが自社礼賛や他社中傷の道具になるのを防ぐ。事実は共有し、評価は読み手に委ねる、という構えである。
06整合と更新——刷った瞬間から古びる資材を縛る
第17〜20項は時間の軸を扱う。新医薬品は、薬事・食品衛生審議会の審議経過を十分に考慮して記す。承認時に条件や指示事項が付された場合は、関係する項目との整合をとる。作成にあたっては最新の電子添文・審査報告書・再審査再評価結果と整合させ、効能効果・用法用量・警告禁忌を含む注意事項等情報のうち特に注意すべき事項が改訂されたら、速やかに製品情報概要を改訂する。そして薬機法・医薬品等適正広告基準などの関連法規、製薬協コード・製薬協通知などの自主規範を当然に遵守する。
資材は印刷された瞬間から古び始める。最新版との同期を義務づけることは、序章の掲げた検証可能性——いつの時点の情報かを後から辿れる状態——を、運用の側面から支えるものだ。
072節 データ(図表)——どの結果なら載せてよいか
1節が言葉を、2節は数字とグラフを扱う。ここは科学の規律がほぼそのまま規則になっている領域で、信頼性・正確性・統計・作図・引用の五つに分かれる。まず入口——「載せてよいデータの範囲」を決める信頼性から。
細則:信頼性の確保
- 統計解析結果を載せるのは、事前規定された解析かつ科学的妥当性のある結果に限る。主要・副次評価項目やサブグループ解析を載せるなら、解析計画に統計解析手法を記載してあること。
- 事後解析(=試験が終わった後に思いついて行う追加の分析)でも提供が重要な場合(重要な副作用のリスク因子を示唆する結果、有意性を示しにくいオーファン薬(=患者数がごく少ない希少疾患の薬)等で有効性根拠とされた集計など)は、当該成績の冒頭に「事後解析である旨とその掲載理由」を記したうえで、控えめな表現にとどめる。
- メタ解析(=複数の試験結果を一つに統合して評価する手法)は、システマティックレビュー(=あらかじめ決めた手順で文献を網羅的に集めて評価する方式)であること。検索ソース・検索キーワード・特定された文献レコード数・適格性を評価した全文献数・除外文献数と除外理由までを記載する。
- 承認申請時の臨床試験が論文化される際、当初の解析計画と異なる再解析を行ったものは、論文化されていても事後解析になるため用いない。
「論文化されているのだから事前規定と同格」という思い込みが落とし穴になる。査読を通った事実と、その解析が事前に計画されていたかは別の話だ。後から都合よく切り出した分析は、活字になっても事後は事後——この一点を取り違えると、結論の確からしさを実態以上に語ってしまう。事前に決めた一つの仮説を確かめる検証的解析と、仮説を探す探索的解析を厳格に区別する統計の作法が、ここでは採否の条件そのものになっている。
細則:正確なもの(歪めない)
元となる情報を意図的に歪めない。さまざまな解析を試して、解釈に都合のよい結果だけを提示しない。原著論文の図表から、自社に有利な部分だけを切り取って見せない。当たり前のようでいて、グラフの軸の取り方ひとつ、抜き出す区間ひとつで印象は大きく動く。「事実だが誤解させる」を塞ぐ原則が、ここでは作図と提示の作法として現れている。
082節 統計と作図——手法・限界・尺度を縛る
第2項以降は、統計の書き方とグラフの作り方を具体的に定める。統計解析結果を載せるなら、統計解析手法とその結果(信頼区間・p値等)を併記し、両側5%以外の有意水準を使ったならその水準も明記する。
細則:統計解析を記載する場合
- 共変量(=結果に影響しうる患者側の条件。年齢・重症度・既往など。背景因子・予後因子等)や層別因子(=あらかじめグループ分けの基準にした要因)で結果を調整したなら、それを結果に明記する。
- 一般的な名称のない統計モデルで検定・推定したなら、モデル式(=データの関係を表す計算式)を結果に明記する。
- 欠損値(=測定できなかった・欠けたデータ)を補完して、つまり推定で埋めて集計・解析したなら、その補完方法を結果に記載する。
- サブグループ解析は探索的にとどまることが多いため、当初から試験計画に記載され科学的妥当性のあるものに限る。全体集団の解析があるなら、全体集団の結果とともに併記する。
統計量が「何を語れて、何を語れないか」を取り違えると、同じ数字が過大な結論に化ける。要領が手法と限界の併記を求めるのは、この取り違えを版面の上で防ぐためだ。
| 統計量 | 語れること | 語れないこと(誤読の典型) |
|---|---|---|
| p値 | 差がないと仮定したとき、偶然この差以上が出る確率 | 効果の大きさや臨床的な価値。小さいp値=大きな効果、ではない |
| 95%信頼区間 | 効果がどの範囲にありそうか(推定の精度) | 区間が点推定の一点に効果を保証するわけではない |
| 有意差 | 統計的に偶然では説明しにくい差があること | 臨床的な意義。大規模試験では僅差でも有意になり、有意差なしは同等の証明ではない |
| 名目上のp値 (=事前計画外の解析で出た、参考扱いのp値) | 事前に定めた検証的解析以外の、あらゆる解析から得られるp値 | 検証的な結論。これを根拠に「証明された」とは言えない |
細則:グラフ・表で結果を示す
作図には、印象操作を塞ぐための具体線が並ぶ。
- 数値を示すときは、それが平均値・中央値・幾何平均値(=何倍何倍と掛け算で平均をとる値。比率や濃度のように倍々で動くデータに使う)・最小二乗推定値(=ばらつきを最小にするよう統計モデルで計算した推定値)のどれかを、わかりやすい場所に明記する。
- グラフや表で有意差の有無を示すなら、用いた統計解析手法をわかりやすいところに記す。
- 試験条件の異なる、別々に得られたデータを同じグラフ・表に合成しない。
- 縦軸・横軸の尺度を必要以上に変えるなど、差を強調する作図をしない。
- 対照薬(プラセボを含む)との比較や投与前後の違いを示す図表で、矢印等を用いて差を強調しない。文字の大きさや色使いでも差を強調しない。
- 根拠なく形容詞で差の大きさを脚色しない。
とりわけ重い一線がある——有意差が認められなかった場合、または統計学的解析が行われていない場合は、結果の数値を示すにとどめる。差がないところに矢印や形容詞を添えれば、「差がある」かのような像が立ち上がる。だから差を語る装飾そのものを禁じ、数字だけを残す。同じデータでも、相対リスク減少率だけを大書きすれば劇的に見え、絶対差を併記すれば現実的な大きさが伝わる。2節の細かな要求は、書き手が(意図せずとも)前者へ流れるのを防ぐ歯止めの束である。
細則:原著論文からの引用
原著論文からデータを引くときは、内容が正確に伝わるように記し、結論が自社製品に優位な部分のみを抜粋せず、原著の真意を損なわないよう配慮し、出典を明示する。1節の引用細則(02節)と同じ思想が、データの世界でもう一度繰り返されている——切り取りは、原文を一字も変えずに像を歪める。
第1章は派手な禁止令の列ではない。科学的に正しく、有効性と安全性を釣り合わせ、承認の枠を守り、参考の話を隔離し、誇張せず、他社を貶めず、最新と揃える——そして数字には手法と限界を添える。20項目と細則、2節の信頼性・統計・作図は、どれも序章の三本柱、すなわち「事実だが誤解させる」を塞ぐ・バランスを版面に実装する・検証可能性を構造で担保するの具体化にほかならない。
この土台は、第2章(総合製品情報概要)で各項目の細則へ、第3章(特定項目)で絞り込み版の作法へと展開される。関連する考え方は適正広告基準(/compliance/03-ad-standards.html)と製薬協コード(/compliance/06-jpma-code.html)にも通じ、第1章はそれらの原則を「資材をどう作るか」へ落とし込む最初の関門である。