統計量はそれ自体では無色だ。同じ数字が、記載の仕方一つで「科学的に検証された効果」にも「探索的な参考値」にもなる。要領の第1章2節が統計・作図に費やすのはこの一点を塞ぐためだ。どの数字を出すか以上に、どの文脈で出すか、何を示せて何を示せないかを明記すること——これが序章の三本柱「電子添文を原本とし、誤解させず正確に伝え、検証可能な状態を保つ」を統計の現場に落とし込んだ姿だ。
01統計解析結果の記載——何を、どこまで書くか
統計解析の結果を資材に載せるとき、統計解析手法と、その結果である信頼区間(=推定値が入りうる幅)・p値(=その差が偶然で起きる確率の目安)等を記載する。有意水準(=「偶然ではない」と判断する確率の境目)は慣例として両側5%が前提とされているが、それ以外の水準を用いた場合はその値を必ず明示する。「有意差あり」の文字だけでは読み手が確かめる術がない。方法と水準を書いて初めて、結果は検証可能になる。
細則a:調整した解析は「何で調整したか」を結果に添える
共変量(=結果に影響しうる背景因子・予後因子)や層別因子(=対象を年齢・重症度などで層に分けて比べるときの分け方)で調整した場合、調整した変数を結果の記載に明記する。これは多変量解析(=複数の要因の影響を同時に差し引いて比べる手法)でも、層別ログランク・コックス検定(=層ごとに分けて生存期間や発症までの時間を比べる手法)でも同じだ。調整変数を書かなければ、読み手は粗の比較なのか補正済みの推定なのかを区別できない。単純な数字と調整済みの数字が同じ表の中に並ぶとき、どちらがどちらかを示すのは書き手の義務だ。
細則b:名前のない統計モデルはモデル式を添える
一般的な名称が与えられていない統計モデルを使った場合、モデル式(=計算の手順を数式で書いたもの)を結果に記載する。「ベイズ階層モデル」(=データを階層に分けて確率的に推定する手法)「修正ポアソン回帰」(=割合やリスク比を推定する回帰手法)のように確立した名称があれば引用元や文献で補足できる。一方、独自に組んだモデルや一般に流通していない拡張モデルは、名前だけでは再現も検証もできない。式を示すことが検証可能性の最低条件になる。
細則c:欠損値補完は補完方法を記載する
欠損値(=測定できなかった・記録が抜けたデータ)を補完して集計・解析した場合は、補完の方法を記載する。単純代入(=一つの値で穴埋めする方法)か多重代入(=複数の候補値で穴埋めしてばらつきも見込む方法)か、最終観察値補完(LOCF=最後に測れた値をその後も使い続ける方法)か混合効果反復測定モデル(MMRM=繰り返し測定したデータをまとめて扱う統計モデル)か——補完の前提が違えば推定値は変わる。方法を書かない補完済みデータは「試験で観察された数字」と区別がつかない。どこまでが観測でどこからが推定かを明かすのが、正確に伝えるということだ。
02統計量が「語れること」と「語れないこと」
p値は「帰無仮説(=『差はない』という仮の前提)が正しいと仮定したとき、観察された差以上の差が偶然生じる確率」にすぎない。効果の大きさ、臨床的な意義、再現可能性を直接語る数字ではない。信頼区間は推定の精度を示すが、それ自体が因果(=原因と結果の関係)を保証しない。そして名目上のp値(=事前に定めた検証的解析以外の、あらゆる解析から得られるp値)は、多数の解析を繰り返した結果として得られうるため、検証的な結論の根拠にはできない。
この三者を混同すると、同じ数字が三種類の「強さ」に見えてしまう。事前に計画された仮説検定から得た検証的なp値、事後に見つけた有望な傾向としての名目p値、そして参考として示す信頼区間は、それぞれ根拠の重みが違う。資材上でこの区別を読み手に伝えることが、要領の要求する「誤解させない記載」の核心だ。
| 統計量 | 語れること | 語れないこと |
|---|---|---|
| 検証的解析のp値 (事前計画・仮説固定) |
帰無仮説を棄却または保留できるか。設定した有意水準との比較。 | 効果の大きさ・臨床的重要性・因果関係。「安全だ」という主張。 |
| 名目上のp値 (事前計画外のすべての解析) |
仮説探索の参考情報として提示できる。 | 検証的結論。「有意差あり」と断言すること。優越性・非劣性の確認。 |
| 95%信頼区間 | 推定の精度(区間の幅)。効果量の点推定値と不確かさの範囲。 | 区間の外に真値がないことの保証。因果推論。単独での非劣性主張。 |
| ハザード比・オッズ比等 | 群間の相対的な大きさの比較(計画された解析の範囲で)。 | 有意差がない場合のリスク減少率表記。「優れている」という評価語。 |
有意差が認められなかった場合、または統計学的解析が行われていない場合は、結果の数値を示すのみにとどめる。「差がなかった」「有意ではなかった」に見えて実は大きな絶対差を伴うケースも、逆に臨床的には無視できる小差のケースもある。数値だけを置いて判断を読み手に委ねるのが、書き手が踏み込める限界だ。
03サブグループ解析——探索の性格を正直に示す
サブグループ解析(=患者を年齢や病型などの一部の集団に絞って分析すること)の多くは探索的(=結論ではなく「手がかり探し」の段階)にとどまる。これは統計的な現実だ。全体解析で設定した有意水準をそのままサブグループに当てはめると、複数の部分集団を繰り返し検定することで偶然有意になる確率が上がる。事前に計画されていないサブグループ解析は、多重性(=検定を何度も繰り返すと偶然の「当たり」が増える問題)を抱えたまま結果を強調する手段になりやすい。
だから要領は条件を設ける。サブグループ解析を資材に載せるには、当初の試験計画に記載されており、かつ科学的妥当性があるものでなければならない。そのうえで全体集団の解析を実施しているなら、全体集団の結果とともにサブグループの結果を記載する。サブグループの結果だけを抜き出して前景に押し出すことは、たとえその部分集団で数字が良くても許されない。
「事後に見つけたサブグループで有意差あり」は名目上のp値の典型だ。計画外の部分集団を選んで比較を繰り返せば、偶然有意差が生じる確率は検定の回数分だけ積み重なる。こうして生まれた数字を探索的な参考値として示すことはできるが、「この患者群では特に有効」と断言する根拠にはなれない。位置づけを書かないまま示すことは、誤解を招く記載そのものだ。
04グラフと表——視覚が数字を上書きしないために
グラフや表は数字を圧縮して伝える道具だが、同時に数字にはない印象を付け加える力を持つ。縦軸の始点を0から外せば小さな差が大きく見える。矢印を引けば目が差に引き寄せられる。色と文字の重みで一方が目立てば、読み手はもう一方を脇に置いて読んでしまう。要領が図表の細則にこれほど紙幅を割くのは、視覚による誤解が数値の誤記よりも気づかれにくいからだ。
何の数値を示しているかを明記する
平均値・中央値(=大きさ順に並べた真ん中の値)・幾何平均値(=かけ合わせて求める平均で、比率データ向き)・最小二乗推定値(=背景要因を補正して求めた値)など、どの統計量を用いているかを必ず図表に明記する。平均値と中央値は分布の歪みで大きく離れ、最小二乗推定値は調整済みの数字だ。凡例に「Mean ± SD(=平均±標準偏差、ばらつきの幅)」とあるか「Median (IQR)(=中央値と四分位範囲、真ん中50%の散らばり)」とあるかで、同じ棒グラフの意味は変わる。有意差の有無を示すなら、使用した統計解析手法を明記する。
5つの禁止事項——差を膨らませる視覚操作
①条件の異なる別々のデータを同じグラフ・表に合成しない。投与量が違う試験、対象集団が異なる試験を一つのグラフに乗せれば、比較しているように見えても実は異なる状況の数字を並べているだけだ。②縦軸・横軸の尺度を必要以上に変えて差を強調しない。③対照薬(プラセボを含む)比較や投与前後で矢印などを使って差を視覚的に強調しない。④文字の大きさや色使いによって一方の数字を強調しない。⑤根拠のない形容詞で差の大きさを脚色しない——「顕著に」「大幅に」「明らかに」は数値が語っていないことを言葉で補う操作だ。
これらは同じ目標を指している。図表は「数字の代理」であって「解釈の先出し」ではない、という原則だ。読み手が図表を見て自分で判断を形成する前に、作り手が視覚で判断を誘導してはならない。有意差なし・解析なしの場合に数値だけを置いて評価語を添えない細則は、同じ原則が言葉の側で表れたものだ。
05原著論文からの引用——切り取りが真意を損なう
原著論文からデータを引用する場合、内容が正確に伝わるよう記載し、結論が自社製品に優位な部分のみを抜粋せず、原著の真意を損なわないよう配慮し、出典を明示する。この一文は短いが、陥りやすい問題を三層に分けて塞いでいる。
一層目は「正確に伝わるよう記載」だ。図の部分だけを切り取って文脈を失わせること、追跡期間や主要評価項目(=試験で最も重視すると事前に決めた評価指標)を別の試験のものと混在させることはこれに反する。二層目は「優位な部分のみを抜粋しない」だ。同じ論文に不利なサブグループ解析や副次評価項目(=主要評価項目を補う二次的な指標)の不一致があれば、それを伏せて有利な数字だけを示すことはできない。三層目は「原著の真意を損なわない」だ。著者が「探索的な知見にとどまる」と結論に書いた試験を、確認された効果として引用することは真意の改竄だ。
出典の明示は検証可能性の一部だ。論文タイトル・雑誌名・発行年・巻号頁を揃えれば、読み手は原著に戻って全体を確かめられる。引用は部分を見せながら全体を保証する行為であり、保証の根拠を示さない引用は保証の体裁を借りた選択だ。
統計と作図の規定が要求するのは「数字の正直さ」だけではない。どの文脈で生まれた数字か、何を示せて何を示せないか、視覚がどう意味を変えうるかを書き手が自覚し、それを記載に組み込むことだ。検証的p値・名目p値・信頼区間の区別を示すこと、サブグループ解析に計画の有無を添えること、軸や矢印や形容詞で差を増幅しないこと——どれも「事実だが誤解させる」という隙を具体的に塞ぐ手立てだ。
同じ数字が資材の書き方次第で重くも軽くもなる。序章の「誤解させず正確に伝える」はこの領域でこそ試される。