01BIS は AI 投資の集中を金融安定上のリスクに位置づけた

BIS が 2025 年 6 月に公表した年次報告は、AI への投資が金融安定に及ぼす影響を正面から取り上げた。大手ハイパースケーラー 5 社の AI 関連設備投資は 2025〜26 年で 1 兆ドルを超え、一部は社債発行で資金を調達している。AI は社債発行全体の約半分、ベンチャーキャピタル投資の 87% を占めるに至った。

BIS のモデリングは、競争圧力が設備投資を押し上げ続ければ、AI セクター全体の正味経済余剰がマイナスに転じうるシナリオを示した。ダイレクトレンディングファンドは過去 5 年で AI・IT セクターへの融資を 4 倍に増やし、ポートフォリオの約 15% を占める。この集中は、AI の期待が裏切られた場合に信用収縮を引き起こす経路になりうる。タスクレベルの研究では AI による生産性向上は 20〜50% とされるが、それが投資額に見合うかは未確定である。

図 1 AI 投資集中から金融安定リスクへの経路
資金需要過剰投資失望シナリオ波及ハイパースケーラー 5…社債発行・ダイレクト…AI セクターの正…期待が裏切られれば信…金融安定への波及資金需要過剰投資失望シナリオ波及ハイパースケーラー 5 社が設備投資を競う社債発行・ダイレクトレンディングで資金調達AI セクターの正味余剰がマイナスに転じうる期待が裏切られれば信用収縮金融安定への波及
BIS は競争圧力による設備投資の過熱が、期待のはく落時に信用収縮を引き起こす経路を指摘した。

02中央銀行は AI を使い始めている

AI の利用者として最も積極的なのは中央銀行自身である。BIS イノベーションハブのプロジェクト Aurora は、AI と決済データを組み合わせた国境を越えるマネーロンダリングの検知を実証し、従来のルールベースの手法と比較して検知率を最大 3 倍、誤検知の削減を最大 80% と報告した。ECB は 2022 年末から機械学習モデルをインフレ予測の分析ツールに組み込んでいる。約 60 の指標を用いてインフレ期待、コスト圧力、実体経済活動、金融環境を捉えるこのモデルは、理事会の金融政策準備に使われている。

フランス銀行、ポルトガル銀行、ドイツ連邦銀行、日本銀行は証券・デリバティブデータの異常検知に機械学習を適用している。米連邦準備制度理事会と ECB は監督報告書と消費者苦情への自然言語処理を使い、新たなリスクの早期把握に取り組んでいる。中央銀行にとって AI は研究対象であると同時に、すでに業務の道具になっている。

03FSB は監視指標を 5 領域で提案した

金融安定理事会(FSB)は 2025 年 10 月に「AI の導入状況と関連する脆弱性の監視」と題する報告書を公表した。G20 南アフリカ議長国の要請に応えたもので、直接指標と代理指標を組み合わせ、AI 導入の規模、第三者への依存度、市場の相関、サイバー脅威、モデルガバナンスの 5 領域を監視する枠組みを提案した。前年の 2024 年 11 月報告書では 4 つの脆弱性(第三者集中、市場相関、サイバーリスク、モデルリスク・データ品質)を特定しており、監視指標はその具体化である。

報告書はまた、AI のサプライチェーンに関するケーススタディを含む。少数の重要な第三者プロバイダーへの金融機関の依存がもたらす脆弱性として、不可欠性、集中度、代替困難性を挙げた。各国当局に対しては、データ共有を強化して AI の利用状況をより包括的に把握するよう求めた。

機関公表時期焦点主な提案
BIS 年次報告2025 年 6 月AI 投資の集中と金融安定設備投資の過熱と信用収縮リスクの警告
FSB 報告書2025 年 10 月AI 導入の監視手法5 領域の直接・代理指標の枠組み
IMF ブログ2026 年 7 月AI とシステミックリスクマクロプルーデンスバッファーの設計強化
ECB Lane 講演2026 年 7 月AI と金融政策の波及経路生産性・分配・自然利子率への影響分析

04EU AI 法は 2026 年 8 月に高リスク AI の完全適用を迎える

EU AI 法(Regulation (EU) 2024/1689)は段階的に適用されてきた。2025 年 2 月に禁止される AI 利用(受け入れがたいリスク)の規定が発効し、同年中に汎用 AI モデルやガバナンスに関する章が適用された。2026 年 8 月 2 日に、高リスク AI システムに対する義務が完全に適用される。金融で一般的な信用スコアリング、融資審査、不正検知、マネーロンダリングリスクのプロファイリング、自動化された意思決定は、高リスク AI に分類されている。

高リスク AI システムに課される要件は、リスク管理体制、人間による監視、透明性、監査可能性、継続的な監視にわたる。欧州銀行監督機構(EBA)は 2026〜27 年に AI 法の銀行・決済部門への実施を支援する活動を行い、各国監督当局の間で共通の監督アプローチを促進する計画を示した。AI 法と DORA の二重適用は、金融機関に AI のガバナンスとオペレーショナルレジリエンスの両面で体制整備を迫る。

図 2 EU AI 法と DORA の二重適用
AI ガバナンスオペレーショナルレジリエ…EU AI 法2026 年 8 月完全適用高リスク AI の要件説明可能性・人間の監視EBA が銀行部門の実施を支援DORA2025 年 1 月適用開始ICT リスク管理・インシデント報告CTPP 19 社の直接監督AI ガバナンスオペレーショナルレジリエンスEU AI 法2026 年 8 月完全適用高リスク AI の要件説明可能性・人間の監視EBA が銀行部門の実施を支援DORA2025 年 1 月適用開始ICT リスク管理・インシデント報告CTPP 19 社の直接監督
金融機関は AI のガバナンスとオペレーショナルレジリエンスの両面で同時に体制整備を求められている。

05日本の金融庁は対話型の監督を選んでいる

金融庁は 2025 年 3 月に「AI 討議資料」第 1 版を公表し、2026 年 3 月に第 1.1 版に更新した。EU のような拘束力のある規則ではなく、金融機関との対話を通じて AI の健全な利用を促す方針である。2025 年 3 月時点の調査で、金融機関の 70% 以上が従業員に生成 AI の利用を広く認めていた。約半数は汎用の生成 AI ツールをほぼそのまま使っており、自社データに合わせた調整は限定的だった。

金融庁が主催するタスクフォースには日本銀行、内閣サイバーセキュリティセンター、三大銀行、日本取引所グループが参加する。金融庁の関心は、信用スコアリングにおける勾配ブースティングなどの機械学習モデルが監査要件を満たすかどうか、外部ベンダーの大規模言語モデルをモデルリスク管理の枠組みにどう位置づけるか、という実務上の論点に集中している。

06IMF は 3 つの政策優先事項を示した

IMF は 2026 年 7 月、中央銀行が AI 加速下の金融安定リスクをどう抑えるべきかについてブログを公表した。第一の優先事項は、AI 関連のシステミックリスクの蓄積に対する可視性の向上である。エクスポージャーが集中または高度に相関している箇所を把握することが前提になる。第二はマクロプルーデンスバッファーの設計と配備の強化、第三は銀行とシステム上重要なノンバンク金融機関におけるレバレッジと過度なリスクテイクの抑制である。

IMF はまた、AI がサイバーリスクを増幅する経路にも言及した。高度な AI モデルは脆弱性の発見と攻撃に要する時間とコストを大幅に下げる。広く使われるシステムの弱点が AI によって同時に発見・攻撃されるリスクは、共有インフラの集中度が高いほど大きい。ECB は 2026 年 10 月 31 日までにユーロ圏の銀行に対し、AI によるサイバー脅威への対応計画の提出を命じた。これは他の主要中央銀行よりも具体的な指示である。

図 3 金融と製薬に共通する AI ガバナンスの 3 課題
AI ガバナンスの共通課題モデルの説明可能性判断根拠の開示義務第三者集中リスククラウド・モデル提供者の寡占国際的な規制の収斂FSB 共通指標 / FDA-EMA 共同原則AI ガバナンスの共通課題モデルの説明可能性判断根拠の開示義務第三者集中リスククラウド・モデル提供者の寡占国際的な規制の収斂FSB 共通指標 / FDA-EMA 共同原則
金融規制で先行する議論は、製薬の AI ガバナンス設計に直接応用できる構造を持つ。

07製薬の AI ガバナンスは金融の議論と同じ構造を持つ

金融規制当局が直面する AI の課題は、製薬・医療の規制と構造的に重なる。FDA と EMA は 2026 年 1 月に医薬品開発における AI の適正利用に関する共同原則を公表した。「AI のブラックボックスを解消する」方針のもと、企業には AI の限界と基礎データを平易な言葉で説明することが求められる。EU AI 法のもとでは、医薬品製造の品質管理や工程管理に使われる AI システムも「高リスク」に分類され、リスク評価、人間による監視、透明性の確保が義務づけられる。

金融と製薬に共通する論点は 3 つある。第一にモデルの説明可能性。信用スコアリングの根拠を説明する義務と、AI が創薬候補を選んだ根拠を規制当局に説明する義務は同じ構造にある。第二に第三者集中リスク。治験データの管理や安全性情報のデータベースは金融と同じ少数のクラウド基盤上で動いている。第三に国際的な規制の収斂。金融では FSB が各国の監視を共通の枠組みに乗せようとしており、製薬では FDA と EMA の共同原則がこれに相当する。金融規制の議論から製薬の実務家が学べるのは、規制は後からではなく技術の導入と同時に進むという現実である。

01

モデルの説明可能性

説明する

信用スコアリングでも創薬 AI でも、判断の根拠を規制当局と顧客に対して平易に説明する義務が生じている。

02

第三者集中の監視

把握する

クラウドとモデル提供者への依存度を定量的に測定し、代替手段を確保する。金融の DORA と同じ発想が製薬にも適用可能である。

03

国際的な規制の収斂

合わせる

FSB の共通監視指標と FDA・EMA の共同原則は、各国ばらばらの規制を一つの方向に揃える動きである。

04

導入と規制の同時進行

備える

技術を先に導入して規制を後で追いかける時代は終わりつつある。AI ガバナンスの体制は導入計画と同時に設計する。

08ECB Lane は AI が金融政策の波及経路を変えうると論じた

ECB 専務理事 Philip R. Lane は 2026 年 7 月の講演で、AI が金融政策に影響する 3 つの経路を整理した。第一は生産性の上昇を通じた所得と支出への影響だが、家計と企業が生産性向上を即座に支出に反映するかは不確実である。第二は所得分配への影響で、AI が資本増強型であれば不平等が拡大し、需要拡大とインフレ圧力を抑える方向に作用する。第三はエネルギー需要への影響で、AI データセンターが電力需要を大幅に押し上げ、導入期にはエネルギー価格への上方圧力が生じる。

Lane はまた、AI への持続的な楽観が自然利子率を押し上げる可能性と、所得分配の不確実性が予備的貯蓄を増やして自然利子率の上昇を限定する可能性の両方に言及した。中央銀行にとっての課題は、AI の経済的影響が不確実な段階で金融政策をどう調整するかという点に集約される。BIS の 2024 年 6 月の指摘、「AI の普及により企業がマクロ経済の変化に応じてより速く価格を調整するようになれば、インフレの動態に影響を及ぼす」は、この文脈で具体性を帯びる。

09AI 規制は「許容と監視の同時進行」で進む

金融の AI 規制を一つの方向に要約すれば、「使うことは止めないが、見えるようにせよ」である。中央銀行は AI を自ら使い、その有用性を認めている。同時に、投資の集中が生むバブルのリスク、モデルの均一性が生む市場の相関、AI が増幅するサイバー脅威という 3 つの脆弱性に対し、監視と情報共有の枠組みを構築している。

この方向は製薬にも当てはまる。FDA と EMA は AI の医薬品開発への利用を奨励しつつ、説明可能性と透明性の原則を定めた。金融庁の対話型アプローチ、EU の法的拘束力のあるアプローチ、FDA の柔軟なアプローチは手法が異なるが、「AI の利用を認めつつガバナンスを求める」という結論は共通する。規制の枠組みが固まる前に AI の導入を進めた組織は、後から体制を整備するコストを負う。金融規制の動向を観察することは、製薬の AI ガバナンス設計にとって先行指標を得ることに等しい。

Key Points ── 持ち帰る 3 つ
  1. BIS はハイパースケーラー 5 社の AI 設備投資が 2025〜26 年で 1 兆ドルを超えると指摘し、投資集中が信用収縮に転じるリスクを警告した。FSB は 2025 年 10 月に AI 導入の監視指標を 5 領域で提案し、各国当局に共通の枠組みでの監視を促した。
  2. 中央銀行は AI を自ら使っている。BIS の Aurora はマネーロンダリング検知率を最大 3 倍に向上させ、ECB は機械学習をインフレ予測に組み込んだ。一方で IMF は AI がサイバーリスクを増幅する経路を指摘し、ECB はユーロ圏銀行に AI サイバー脅威への対応計画の提出を命じた。
  3. 金融と製薬の AI 規制は構造的に同じ課題を共有する。モデルの説明可能性、第三者集中リスク、国際的な規制の収斂の 3 点で、金融の議論は製薬の AI ガバナンス設計にとって先行指標になる。
結語

中央銀行と規制当局は AI を禁じる立場にない。AI はすでに金融政策の分析ツールであり、監督の道具であり、金融機関の日常業務の一部である。規制が向かっているのは、AI の利用を止めることではなく、利用の実態を見えるようにし、集中と均一性がもたらすシステミックな脆弱性を監視可能にすることである。製薬の実務家にとって、金融規制の動向を追う意味はここにある。AI ガバナンスの体制を導入後に整えるのではなく、導入と同時に設計することが、規制コストを下げる唯一の方法になりつつある。

出典·参考文献
  1. Bank for International Settlements. Annual Economic Report 2025. June 2025. https://www.bis.org/publ/arpdf/ar2025e.pdf
  2. Bank for International Settlements. Central banks must prepare for AI's profound impact on economy and financial system (press release). June 25, 2024. https://www.bis.org/press/p240625.htm
  3. Financial Stability Board. Monitoring Adoption of Artificial Intelligence and Related Vulnerabilities in the Financial Sector. October 2025. https://www.fsb.org/2025/10/monitoring-adoption-of-artificial-intelligence-and-related-vulnerabilities-in-the-financial-sector/
  4. International Monetary Fund. How Central Banks Can Contain Financial Stability Risks as AI Accelerates Change. July 23, 2026. https://www.imf.org/en/blogs/articles/2026/07/23/how-central-banks-can-contain-financial-stability-risks-as-ai-accelerates-change
  5. European Central Bank. Philip R. Lane, AI and monetary policy (speech). July 6, 2026. https://www.ecb.europa.eu/press/key/date/2026/html/ecb.sp260706~b81aa4e329.en.html
  6. Financial Services Agency of Japan. AI Discussion Paper (Version 1.1). March 3, 2026. https://www.fsa.go.jp/en/news/2026/20260303/aidp.html
  7. Bank of England. Sarah Breeden, Agents of change (speech at ECB Forum). June 2026. https://www.bankofengland.co.uk/speech/2026/june/sarah-breeden-panel-at-the-european-central-bank-forum-on-central-banking-2026
  8. Bird & Bird. Recent developments on the interplay between AI and financial institutions. 2026. https://www.twobirds.com/en/insights/2026/recent-developments-on-the-interplay-between-ai-and-financial-institutions
  9. Fortune. BIS sees a $1 trillion AI investment boom headed for a reckoning. June 29, 2026. https://fortune.com/2026/06/29/bis-central-bank-warning-hyperscaler-data-center-1-trillion-gamble-recession/