012年で200億ドルが流入し、FDA承認はまだない
2024年、創薬AI領域のベンチャー投資は264ラウンド・約89億ドルに達した。2025年にはさらに加速し、348ラウンド・約110億ドルが集まった。2年間の合計は約200億ドルである。同じ期間に、AIで設計または発見された医薬品候補のうち、米国食品医薬品局(FDA)の承認を得たものはゼロだった。
この落差は異常なのか。新薬開発は10年以上かかる。AIによる創薬の最初の大型投資が集中したのは2020年前後であり、臨床試験を経て承認に至るには時間が足りない。だが、投資家はその時間差を織り込んだうえで、なお資金を投じている。問われるべきは「なぜ承認がないのか」ではなく、「承認前の段階で、資金がどのような構造で動いているのか」である。
02初期臨床の成績が資金を引き寄せている
投資が続く根拠の一つは、初期臨床試験のデータにある。BCGの研究グループが2024年に発表した査読論文によれば、AIで発見された分子のPhase I成功率は80〜90%であり、従来の手法による40〜65%を上回った。ただしPhase IIの成功率は約40%で、従来と変わらなかった。
Phase Iは主に安全性を確認する段階であり、ここでの高い成功率はAIが毒性予測に強いことを示唆する。一方、Phase IIは有効性の検証であり、生体内の複雑な応答をAIが予測しきれていない可能性がある。投資家にとって重要なのは、Phase Iの高成功率が開発効率を上げ、候補化合物あたりのコストを下げている点である。失敗が早期に安く判明するなら、ポートフォリオ全体の期待値は改善する。
2026年7月、ある創薬AI企業の候補化合物が特発性肺線維症を対象にPhase III試験に入った。AIで設計された化合物として初のPhase III到達であり、この領域の投資判断に影響を与える臨床上の到達点となった。
03VC資金の集中度が高まり、大型ラウンドが目立つ
資金の総額だけでなく、1ラウンドあたりの規模が拡大している。2024年4月、あるAI創薬スタートアップが設立と同時に10億ドルの資金調達を発表した。AI創薬領域で史上最大のデビューラウンドである。2025年3月には、別のAI創薬企業が初の外部調達で6億ドルを集めた。
こうした大型ラウンドの増加は、資金が少数の有力企業に集中していることを意味する。PitchBookのデータによれば、2025年のAIバイオテクノロジー投資額は過去2番目の水準に達したが、その多くは上位10社に集まった。初期段階の小規模スタートアップにとって、資金調達環境は必ずしも楽ではない。
04提携の主流はマイルストーン型であり、前払いは小さい
創薬AIと大手製薬企業の提携では、契約の総額が数十億ドルに達する案件が報じられる。しかし、総額の大半はマイルストーン支払いであり、契約時の前払い金は総額の数%にとどまることが多い。
マイルストーン型提携の構造を分解すると、三つの段階に分かれる。第一に研究マイルストーン。候補化合物の同定や前臨床試験の完了に対して支払われる。第二に開発マイルストーン。Phase I・II・IIIの開始や完了に連動する。第三に販売マイルストーン。承認後の売上高が一定の閾値を超えた場合に支払われる。ある大型提携では、前払い金が1.1億ドルであったのに対し、開発マイルストーンが最大16億ドル、販売マイルストーンが最大36億ドルと報じられた。契約総額は50億ドル超だが、その大半は承認と商業的成功を前提にしている。
この構造は、大手製薬企業がAIの可能性に賭けつつも、リスクをAI側に残していることを意味する。成果が出なければ支払いは発生しない。逆に言えば、AI企業にとって提携の経済的価値は、臨床試験と上市の成功にかかっている。
| 資金の型 | リスク負担 | 支払いの時期 | AI企業への含意 |
|---|---|---|---|
| VC投資 | 投資家が全額リスク | 投資実行時に一括 | 自由度は高いが、株式希薄化が進む |
| マイルストーン提携 | 成果連動で段階的にリスク分担 | 各段階の達成時 | 臨床成功が収益の条件になる |
| M&A | 買い手が引き受ける | クロージング時に一括 | 独立性を失うが、開発資金は確保される |
05M&Aは「単独ツール企業」から「統合型」への再編を映す
2025年、創薬AI関連のM&Aは99件・総額123億ドルに達した。注目すべきは、AI企業同士の統合が増えている点である。2024年には、二つの上場AI創薬企業が全株式交換で統合を発表した。取引額は約6.9億ドルであり、目的は標的探索から臨床開発まで一貫して手がける垂直統合型の企業を作ることだった。
この動きは、創薬AIの産業構造が変わりつつあることを示している。初期には、分子設計や標的同定など特定の工程にAIを適用する「ツール企業」が多数生まれた。しかし、ツール単体では収益化が難しい。ライセンス料やSaaS型の課金では、製薬企業が自前でAI能力を構築し始めると競争力を失う。統合型への移行は、AI企業が自ら臨床パイプラインを持ち、成功時の経済的リターンを確保しようとする戦略である。
2026年半ばの時点で、臨床パイプラインの規模が大きい上位2社は、いずれも統合型であり、合計で40以上の臨床・前臨床プログラムを抱えている。
06製薬企業の会計処理がAI投資の見え方を変える
マイルストーン型提携は、製薬企業の財務報告に特有の影響を与える。IFRS 15の5ステップモデルに基づく収益認識では、変動対価としてのマイルストーン支払いは「非常に高い確率で重大な戻入れが生じない」と見込まれる範囲でのみ取引価格に含められる。Phase IIIの成功や販売目標の達成を前提とするマイルストーンは、多くの場合、契約時点では取引価格に含められない。
つまり、報道される「50億ドルの提携」の大部分は、契約時点では両社の財務諸表に計上されない。投資家が公開情報から提携の経済的価値を推定するには、どのマイルストーンがどの段階にあり、達成確率をどう見積もるかという判断が必要になる。
AI企業側では、マイルストーン収入が研究開発費を賄う時期と金額が不確実なため、資金繰りの予測が難しい。前払いが小さい提携に依存するAI企業は、VC資金やIPOで開発費を調達しつづける必要がある。この構造が、創薬AI企業の資金調達が継続的に大型化する一因である。
07パイプラインの数は急増したが、後期臨床は1件だけ
AIで発見・設計された医薬品候補の臨床試験プログラム数は、2023年末の約24件から2026年初頭には173件超に急増した。約18か月で7倍になった計算である。しかし、その大半はPhase Iまたはそれ以前の段階にある。ASCO/JCO(米国臨床腫瘍学会/Journal of Clinical Oncology)の分析によれば、2025年12月時点で63社・117の候補資産が臨床試験中だったが、Phase IIを完了したのは8件、Phase IIIに到達したのは1件だけだった。
この分布は、創薬AIがまだ「大量の初期候補を生む段階」にあることを示す。Phase IIの壁は、AIの予測精度だけでなく、臨床試験のデザイン、患者集団の選定、バイオマーカーの設定といった従来型の開発能力に依存する。AIが分子を設計する速度がどれだけ上がっても、臨床試験にかかる時間と費用は大きくは変わらない。
173件超の臨床プログラム
2023年末の約24件から18か月で7倍に増加。ただし大半はPhase I以前の初期段階にある。
Phase I成功率 80〜90%
従来手法の40〜65%を上回る。AIの毒性予測能力が安全性確認の効率を高めている。
Phase II成功率は従来並み
有効性の壁はAIでもまだ越えられていない。生体内の複雑な応答の予測が課題である。
Phase III到達は1件
AIで設計された化合物として初めてPhase IIIに入った。承認までにはさらに数年を要する。
08投資判断に必要な三つの距離を測る
創薬AI投資を読むうえで、測るべき距離は三つある。第一に、資金と成果の距離。200億ドルが投じられたが、FDA承認はまだない。Phase Iの高い成功率は肯定的な兆候だが、Phase IIの壁は従来と変わらない。この距離が縮まるかどうかは、今後2〜3年のPhase II・III結果に依存する。
第二に、報道と実態の距離。「50億ドルの提携」は、前払い・マイルストーン・販売ロイヤリティの合算であり、その多くは臨床的・商業的成功を前提にしている。契約総額と、契約時点で確定している経済的価値は大きく異なる。
第三に、初期パイプラインと後期臨床の距離。173件のプログラムがあっても、Phase IIIに到達したのは1件である。パイプラインの量は投資家の期待を反映するが、承認の見通しを直接示すものではない。McKinseyは生成AIが製薬のR&D全体で年間500億ドル以上の価値を生む可能性があると推計しているが、その実現は臨床段階の成功にかかっている。
- 2024〜2025年の2年間で創薬AIへのベンチャー投資は約200億ドルに達したが、AIで発見された医薬品のFDA承認は2026年半ばの時点でゼロである。Phase Iの成功率は80〜90%と従来を上回る一方、Phase IIは約40%で従来と変わらない。
- 製薬企業との提携は契約総額が数十億ドル規模になるが、その大半は臨床・商業的成功を条件とするマイルストーン支払いであり、前払い金は総額の数%にとどまる。IFRS 15の変動対価の取り扱いにより、報道される総額と財務諸表上の計上額には大きな乖離がある。
- AIで発見された候補の臨床プログラムは173件超に急増したが、Phase III到達は1件のみである。AI企業同士のM&Aが進み、ツール型から垂直統合型への産業再編が始まっている。
200億ドルという資金は、AIが新薬開発の効率を変えるという仮説に対する市場の評価である。仮説を支えるのはPhase Iの高い成功率と、候補化合物の設計にかかる時間の短縮。仮説を揺るがすのはPhase IIの壁とFDA承認ゼロという現実。提携の構造がマイルストーン型に傾いているのは、大手製薬企業がこの仮説を全面的には受け入れていないことの表れである。投資の全体像を読むには、契約総額ではなく前払い金の規模を見ること、パイプラインの数ではなくPhase IIの結果を追うこと、そしてM&Aの方向が統合型に向かっている理由を考えることが必要になる。
- PitchBook. AI biotechs fetch big premiums as investors pile into drug discovery startups. 2025. https://pitchbook.com/news/articles/ai-biotechs-fetch-big-premiums-as-investors-pile-into-drug-discovery-startups
- DealForma. AI-ML Drug Discovery and Licensing R&D, M&A, Ventures and IPOs - 2025 Review. 2026. https://dealforma.com/ai-ml-drug-discovery-and-licensing-rd-ma-ventures-and-ipos-2025-review/
- BCG (Jayatunga et al.). How successful are AI-discovered drugs in clinical trials? A first analysis and emerging lessons. Drug Discovery Today, 2024. https://www.researchgate.net/publication/380223979
- Clinical Trial Vanguard. AI Drug Discovery Has $8.9 Billion in Hype and Zero FDA Approvals. 2025. https://www.clinicaltrialvanguard.com/opinion/ai-drug-discovery-has-8-9-billion-in-hype-and-zero-fda-approvals-when-does-the-bill-come-due/
- IntuitionLabs. AI-Discovered Drugs in Clinical Trials 2026: Full Pipeline. 2026. https://intuitionlabs.ai/articles/ai-discovered-drugs-clinical-trials-2026
- McKinsey & Company. Faster, smarter trials: modernizing biopharma's R&D IT applications. 2024. https://www.mckinsey.com/industries/life-sciences/our-insights/faster-smarter-trials-modernizing-biopharmas-r-and-d-it-applications
- Nature / Biopharma Dealmakers. Biotech trends driving the deals of 2025. 2025. https://www.nature.com/articles/d43747-025-00113-2
- Pharmaphorum. AI biotechs Exscientia and Recursion agree $688m merger. 2024. https://pharmaphorum.com/news/ai-biotechs-exscientia-and-recursion-agree-688m-merger