01資料作成の作業構造が、AI で変わった
従来、資料作成の時間配分は次のような形でした。
- 構成を考える: 15%
- 初稿を書く: 60%
- 図解を作る: 15%
- 推敲する: 10%
AI 登場後、構造は次のように変わりました。
- AI に何を書かせるかを設計する: 30%
- AI が書いたものを読み、判断する: 25%
- 図解を構想し、AI に下書きさせ、整える: 25%
- "なぜそう書くか" の理由を磨く: 20%
注目すべきは 「書く時間」が消え、「考える・判断する時間」が増えた ことです。AI は下書きを 1 分で吐き出します。だから残った時間は、"どう構成し、どう判断し、どう説明するか" に集中する形に再分配されます。
AI に書かせる時代の資料作成は、"書く" 作業の代行ではなく、"考える" 作業の拡張です。
02図解の本質 ── "言葉で説明できないことを描く" のではない
図解について、よくある誤解があります。"言葉で説明しにくいことを図にする" ── これは間違いです。本来の図解は、"言葉で説明できることを、より速く頭に入れるための補助" です。
順序が大事です。
- まず、言葉で完全に説明できる状態 にする
- その説明を、図にするとどの部分が短縮できるかを考える
- その部分だけを、図にする
逆順 ── 「言葉でうまく説明できないから、図にしよう」 ── は、図解が言語化の不足を覆い隠す形になります。読み手は図を見て "なんとなくわかった気" になりますが、書き手自身が説明できないなら、その図は実は何も説明していません。
03図解で頻出する 4 つのパターンと、AI への指示
製薬の資料で頻出する図解は、大きく 4 パターンです。それぞれ、AI に指示するときの定型句があります。
| パターン | 用途 | AI への指示例 |
|---|---|---|
| 階層構造 | 規制ピラミッド、組織構造、原則の階層 | "下記の 5 要素を、上から下に階層的に並べた構造図を Mermaid 記法で生成してください。各層の役割を 1 行で説明してください" |
| フロー (流れ) | 意思決定プロセス、業務フロー、患者経路 | "下記の 4 ステップを、左→右のフローチャートにしてください。各ステップで分岐がある場合は明示してください" |
| 対比 (比較) | NG / OK、Before / After、競合比較 | "下記 2 つを、2 列で対比表として整理してください。各行で対応関係が明確になるように" |
| 関係 (網) | ステークホルダー関係、原因関係、概念マップ | "下記の 6 要素間の関係を、ネットワーク図 (Mermaid graph) として描いてください。矢印には関係の種類を記載してください" |
AI に図解を指示するとき、コツは "出力形式を Mermaid 記法または SVG コードに限定する" ことです。Mermaid なら、出力をそのまま Mermaid Live Editor に貼って図化できます。SVG なら、HTML に埋め込めばすぐ表示可能。AI に "画像を作ってください" と頼むのではなく、"テキストとして表現可能な図記法" を引き出すのが現代的な使い方です。
04"説明できる人" になるための 3 つの原則
AI が下書きを書く時代、差別化要因は "説明できるかどうか" に集約されます。説明できる人になるための、3 つの原則を提示します。
原則 1 ── "なぜ" を 3 階層で持つ
資料の各セクションについて、3 階層の "なぜ" を準備します。
- 表層の Why: なぜこの順序か (構成上の理由)
- 中層の Why: なぜこの内容か (聴衆との関係)
- 深層の Why: なぜこのテーマか (組織・業界・社会との関係)
3 階層を持っていると、どんな質問にも 1 階層ずらすことで応答できます。表層を問われたら表層で答え、深層を問われたら深層で答える。"説明できる人" は、Why の階層を行き来できる人 です。
原則 2 ── "AI が書いた" と "私が判断した" を分ける
AI が書いた文を、自分が書いたかのように発表する人は、説明能力が育ちません。"この部分は AI に書かせて、私はこう判断した" と内的に切り分ける習慣を持つと、判断力が育ちます。
具体的には、資料の各セクションについて、自分用のメモに (AI / 私) のラベルを残します。発表時は混ぜて良いですが、内的には常に分けておく。
原則 3 ── "削る" 訓練を、AI に手伝わせる
多くの資料が読まれない理由は、量が多すぎることです。AI に書かせると、量は簡単に増えます。だから、AI 時代の差別化は "削る能力" になります。AI に "この資料の核心を 30% に絞ってください" と何度も指示する。何が残り、何が消えるかを観察すると、自分の中で "本当に伝えたいこと" が明確化します。
"削る" は AI の最も難しい作業ではない。最も難しいのは、削った後に残ったものを "これで十分" と判断する人間の側です。AI 時代の説明能力は、削った後の判断の重みに宿る。
Claude 4.8 を使うと、ここまでできる
Anthropic の最新モデル Claude 4.8 (2026 年 5 月 28 日リリース) は、資料作成の文脈で、これまでにない能力を実現します。
- 長文の文脈保持: 添付文書 PDF・治験プロトコル・過去資材を全て一括で読み込み、整合性を取った起案ができる
- 4 層規制チェックの自動化: 薬機法 §66/§68 → 適正広告基準 → 販提G の階層を理解し、4 層通過点検を AI 内で完結できる
- Dynamic Workflows: 1 つの指示から、最大 1,000 のサブエージェントが並列で資材ドラフトを生成可能。10 製品の MR 資料を 1 時間で同時起案できる
- 図解の構造提案: テキスト原稿から、最適な図解形式 (階層 / フロー / 対比 / 関係) を選択し、Mermaid 記法で出力
- Effort Control:
/effort xhighで推論深度を最大化。複雑な解釈の整合性を要する資材で、人による事前審査の質に近づく - Honesty / 反論シミュレーション: 4.8 は前世代より honesty 評価が高く、自分の出力に対する厳しい反論を AI 自身に生成させやすい
ただし、Claude 4.8 を使っても、最後の判断は人間です。"何を採用し、何を棄却するか" ── そこに資材審査担当の専門性が残ります。AI は判断の 選択肢 を増やしますが、判断そのもの は人間が引き受けます。
05実例 ── 1 つの図解を、AI と作り上げる
具体例として、第 2 回 (資材審査) の 5 層ピラミッドを、AI とゼロから作る過程を見せます。
ステップ 1 ── 自分で言葉化
まず自分の頭の中だけで、説明したい内容を箇条書きにします。
# 言葉化メモ
- 製薬広告には 5 つの規制が関係する
- すべて守らなければならない
- ただし、違反したときのリスクは異なる
- 上から: 薬機法、適正広告基準、販提G、製薬協コード、社内 SOP
- 上ほど "違反したら結果が大きい"
- 下ほど "細かい運用"
- だから、階層構造として捉えるのが現場感覚
ステップ 2 ── AI に図解の選択肢を出させる
プロンプト:
上記の言葉化メモを基に、次の 3 つの図解候補を提示してください:
(1) ピラミッド型 (積み上げ階層)
(2) 同心円型 (内→外)
(3) フローチャート型 (上→下)
それぞれのメリット・デメリットを 3 行ずつ。
ステップ 3 ── 自分で選び、なぜを書く
AI の提案を見て、ピラミッド型を選ぶ。なぜピラミッド型か を 1 行で書く: 「上位の "リスクの大きさ" が物理的に上に見える、視覚的直感が運用に合う」。
ステップ 4 ── AI に Mermaid コードを書かせる
プロンプト:
ピラミッド型の図を、HTML + CSS で実装してください。
- 上から L1〜L5 の 5 層
- 各層に規制名 + 1 行の役割
- 上層ほど色が濃い (リスクの大きさを示唆)
- レスポンシブ対応 (モバイルでも崩れない)
ステップ 5 ── 自分で説明文を書く
図が完成したら、図の周辺の説明文は 自分で書きます。なぜなら、説明文こそが "なぜこの図か" を語る場だからです。AI に書かせると一般論になり、その資料固有の意図が失われます。
06陥りやすい 4 つの罠
AI を使った資料作成で、よく見られる失敗パターンを 4 つ整理します。
- 罠 1 ── "AI に書かせて、そのまま使う": 一般論が増え、その組織・案件固有の主張が消える。AI の出力を 素材 として扱い、最終形には自分の言葉を必ず混ぜる
- 罠 2 ── "図を増やしすぎる": AI で図解が簡単に作れるため、無闇に図が増える。1 つの図解について 30 秒で "なぜこの図か" を説明できないなら、削除する
- 罠 3 ── "規制チェックを AI 任せにする": AI は §66 の暗示判定をある程度こなせるが、業界固有のニュアンス・最新事例・組織内の解釈は把握しきれない。最終確認は人が必ず行う
- 罠 4 ── "推敲のループに入る": AI と何度も往復しているうちに、初稿よりも悪い資料になることがある。AI とのやりとりは最大 5 ターンで打ち切るルールを持つ
07明日からの実践 ── 3 つの習慣
- 資料作成の最初の 5 分を "AI に何を書かせるかの設計" に使う ── いきなり AI に書かせず、構成と判断軸を先に決める
- 図解の前に、必ず言葉で完全に説明できる状態にする ── 図解は言語化の代替ではなく、補助。順序を逆にしない
- 提出前に "なぜ" の 3 階層を 1 ページに書き出す ── 質疑応答の準備が同時に終わる。発表前の "説明準備" の時間が短くなる
資料を AI に書かせる時代は、"書ける人" の価値が消える時代 ではありません。むしろ、"なぜそう書くか" を語れる人の価値が、これまで以上に際立つ時代 です。
AI が下書きを書けるようになったとき、3 種類の人が現れました。一つ目は、AI に書かせてそのまま出す人。二つ目は、AI に書かせたものを直して使う人。三つ目は、AI に書かせたうえで "なぜそうしたか" を語れる人。最初の二者は近い将来、AI に置き換わる可能性があります。三つ目だけが、AI 時代の "説明できる人" です。
次回 (準備中) は、AI と対話してデータを解釈する作法 ── データ分析と AI 活用の交点を扱います。