01上位 3 社が企業向け AI 売上の 9 割を占める

Menlo Ventures の 2025 年中間報告によると、企業向け基盤モデル市場で OpenAI・Anthropic・Google の 3 社が売上の約 90% を占めた。2023 年には OpenAI が単独で 50% を持っていたが、2025 年末にはその比率が 27% に下がり、代わりに Anthropic が 40% に伸びた。上位の顔ぶれは変わったが、3 社合計の占有率はほぼ動いていない。市場は成長しながら集中を維持している。

なぜ基盤モデル市場は集中するのか。その構造を決めている要素は 3 つある。計算資源、データ、人材だ。

02訓練費用の指数的な上昇が参入障壁を作る

Epoch AI の推計では、最先端モデルの訓練に必要な計算量は 2020 年以降、年 5 倍の速度で増えている。費用に換算すると、年 2.4 倍のペースで上昇してきた。Stanford の 2025 AI Index Report は GPT-4 の訓練費用を約 7,800 万ドル、Google の Gemini Ultra を約 1 億 9,200 万ドルと算出した。2017 年の Transformer の訓練費用が約 670 ドルだったことと比べると、7 年で 28 万倍に膨らんだ。

この費用構造は参入障壁として機能する。訓練に 1 億ドル超を投じられる組織は限られ、その資金を支えているのは大手クラウド事業者の設備投資か、数十億ドル規模の資金調達だ。RAND の 2024 年の研究は、基盤モデル市場が自然独占の条件を満たしつつあると結論づけた。

図 1 基盤モデルの訓練費用の推移
28 万倍2.5 倍推計2017 年Transformer: 約670 ドル2023 年GPT-4: 約 7,800万ドル2023 年Gemini Ultra: 約1.9 億ドル2027 年以降10 億ドル超の推計28 万倍2.5 倍推計2017 年Transformer: 約 670 ドル2023 年GPT-4: 約 7,800 万ドル2023 年Gemini Ultra: 約 1.9 億ドル2027 年以降10 億ドル超の推計
最先端モデルの訓練費用は 7 年で 28 万倍に膨張し、後発の参入障壁として機能している。

03集中は 3 つの層で同時に起きている

市場集中の要因は訓練費用だけではない。計算資源・データ・人材の 3 層で、それぞれ集中の力が働いている。

集中の実態参入障壁の性質
計算資源NVIDIA が AI 訓練用チップの約 80% を供給。5 社のクラウド事業者が世界の AI 計算能力の 3 分の 2 超を保有半導体設計・製造の技術蓄積と設備投資(1 GW のデータセンター建設に約 380 億ドル)
データ大規模な Web クロールデータを保有する検索エンジン事業者とSNS事業者に集中。学術論文・書籍・コード等の高品質データは有限データの囲い込み契約、著作権訴訟による法的不確実性
人材Transformer 論文の著者 8 名のうち複数が独立して起業。最先端の研究者は数百人規模に限られる報酬競争(年収 100 万ドル超が一般的)、地理的集中(米西海岸・ロンドン)

3 つの層は相互に強化しあう。計算資源を持つ企業は大量のデータで訓練を回せる。その成果が人材を引き寄せ、人材がさらに効率的な訓練手法を開発する。この循環が、後発の参入をいっそう難しくする。

04米 FTC・英 CMA・公取委は同じ構造を異なる角度で問うている

2024 年以降、主要国の競争当局が基盤モデル市場の調査結果を相次いで公表した。

米国の FTC は 2025 年 1 月、6(b) 調査権限に基づく報告書を公表した。大手クラウド事業者と AI 開発企業の間の出資・提携関係を調査し、提携条件が計算資源と人材へのアクセスを特定の企業に偏らせていると指摘した。クラウド事業者が出資先の AI 企業から得る技術的・営業上の機密情報が、他の AI 開発企業に対して不利に働く可能性も問題にした。

英国の CMA は 2024 年 4 月の更新報告書で、計算資源・データ・専門知識の 3 要素が競争上のリスクを生んでいると整理した。基盤モデルの開発者が下流市場を支配し、基盤モデルを持たない企業が統合から排除される危険を挙げた。CMA はデジタル規制協力フォーラムを通じて 200 人規模の監視体制を構築している。

日本の公正取引委員会は 2024 年 10 月のディスカッションペーパーに続き、2025 年 6 月に実態調査報告書 ver.1.0、2026 年 4 月に ver.2.0 を公表した。市場をインフラ・モデル・アプリケーションの 3 層に分け、クラウド事業者による抱き合わせ販売やアクセス制限が独占禁止法上の問題になりうると指摘した。

図 2 各国競争当局の対象と手法の比較
対象手法FTC出資・提携関係CMA3 要素のリスク公取委3 層の独禁法分析EUゲートキーパー指定6(b) 調査権限情報収集・勧告市場調査原則提示・監視実態調査報告書・指針DMA制裁金・行為規制対象手法FTC出資・提携関係CMA3 要素のリスク公取委3 層の独禁法分析EUゲートキーパー指定6(b) 調査権限情報収集・勧告市場調査原則提示・監視実態調査報告書・指針DMA制裁金・行為規制
4 つの当局はいずれも計算資源とデータの集中を問題視しているが、調査手法と執行力は異なる。
FTC

提携・出資の精査

6(b) 調査権限

クラウド事業者と AI 開発企業の出資関係が計算資源と人材のアクセスを歪めていないかを調査。2025 年 1 月に報告書公表。

CMA

3 要素のリスク評価

AI 基盤モデル市場調査

計算資源・データ・専門知識への集中が競争を阻害するリスクを特定。6 原則を提示し、200 人体制で監視。

公取委

3 層構造の実態調査

生成 AI 実態調査報告書

インフラ・モデル・アプリの 3 層で独禁法上の問題を整理。抱き合わせ販売やアクセス制限を指摘。ver.2.0 は 2026 年 4 月公表。

EU

デジタル市場法との接続

DMA のゲートキーパー規制

AI は現時点で中核プラットフォームサービスの対象外だが、クラウドへのゲートキーパー指定の調査が 2025 年 11 月に開始された。

05製薬産業では AI プラットフォームへの依存が集中リスクになる

製薬産業は基盤モデルを自社で開発するのではなく、クラウド事業者やAIベンダーのサービスを利用する立場にある。創薬AIの市場は 2025 年に約 45 億ドルと推計され、年 20〜30% で成長しているが、その基盤となる計算インフラは少数のクラウド事業者に依存している。

この依存構造には具体的なリスクがある。クラウド事業者が基盤モデルと計算環境を抱き合わせて提供する場合、製薬企業は特定のプラットフォームに固定されやすい。訓練済みモデルの移行にはデータの再整備と検証が必要で、切り替え費用が高い。臨床試験の解析に使うモデルを途中で変更すれば、規制当局への申請書類にも影響する。

公正取引委員会の ver.2.0 報告書が指摘した抱き合わせ販売の問題は、製薬産業の AI 利用にそのまま当てはまる。特定のクラウド環境でしか動かない AI ツールを導入すると、計算資源の価格交渉力が失われる。

06規制は先行者を固定する力学を持つ

競争政策には意図せず先行者の優位を固定する力学がある。規制に対応するための費用は固定費として働くため、売上規模の大きい企業ほど 1 単位あたりの負担が小さい。

EU の AI 規制(AI Act、2024 年 8 月施行)は高リスク AI に適合性評価を義務づけた。この評価体制の構築には法務・技術の両面で初期投資が要る。大手はその費用を既存の売上で吸収できるが、新興企業にとっては参入費用の上乗せになる。同じ構造は、デジタル市場法のゲートキーパー規制にも見られる。2025 年 3 月にゲートキーパー 2 社に合計 7 億ユーロの制裁金が課されたが、これは年間売上の数パーセントに過ぎない。

米国でも、FTC が出資・提携関係を精査すること自体が、すでに投資を受けた企業には過去の取引として認められ、新規の出資・提携には萎縮効果を及ぼしうる。規制の対象を過去に向けるか未来に向けるかで、先行者と後発者への影響は反転する。

Korinek と Vipra は 2025 年の論文で、競争当局には 2 つの課題があると指摘した。市場の競合可能性を確保するための戦略的行動の監視と、最先端モデルの品質基準の設定だ。前者は集中を抑え、後者は集中を助長する可能性がある。この二律背反が規制設計の核心にある。

図 3 規制が先行者を固定する力学
固定費を分散負担が集中選択肢の縮小規制の導入大手企業既存売上で費用を吸収新興企業参入費用の上乗せ利用企業乗り換え費用の上昇規制の導入大手企業既存売上で費用を吸収新興企業参入費用の上乗せ利用企業乗り換え費用の上昇
規制対応の費用は固定費として働き、売上規模の大きい先行者ほど有利になる。利用企業の選択肢も狭まる。

07オープンモデルと垂直統合の緊張が競争の軸になる

集中への対抗軸として、オープンウェイトモデルの存在がある。Meta の Llama は企業向け基盤モデル市場の約 9% を占め、無償で利用可能な重みを公開している。DeepSeek は 2025 年 1 月に公開したモデルで注目を集め、少ない計算資源で高い性能を示した。

だがオープンモデルにも限界がある。訓練には依然として大規模な計算資源が必要であり、重みの公開は訓練費用の負担を開発元に集中させる。また、オープンモデルを微調整して商用利用する場合も、推論にはクラウドの計算資源が必要で、インフラ層の集中からは逃れられない。

一方、大手クラウド事業者は「計算資源の提供 → 基盤モデルの開発 → アプリケーションの展開」を垂直に統合する方向に動いている。この垂直統合が進むと、プラットフォーム間の乗り換え費用が上がり、下流の利用者は選択肢を失う。公取委が 3 層構造で整理したのは、この垂直統合を独禁法の枠組みで分析するためだ。

製薬産業にとっての対応は、複数のクラウド環境に分散してAIワークロードを配置すること、契約段階でデータのポータビリティと移行条件を確保すること、そして社内に AI モデルの評価・選定能力を持つことだ。特定のプラットフォームに全面依存しない体制が、計算資源の価格変動とサービス品質の変化に対する耐性になる。

Key Points ── 持ち帰る 3 つ
  1. 基盤モデル市場の集中は計算資源・データ・人材の 3 要素が相互に強化しあう構造から生じている。上位 3 社の企業向け売上占有率は約 9 割で、訓練費用の指数的な上昇が後発の参入を阻んでいる。
  2. 米 FTC・英 CMA・公取委・EU はそれぞれ異なる角度から同じ集中構造を問うている。だが規制対応の固定費が大きいほど、先行者の優位がかえって固定される力学があり、規制設計の精度が競争の帰趨を左右する。
  3. 製薬産業は AI の「買い手」として集中リスクの影響を受ける。特定のクラウド環境への依存を避け、データのポータビリティを確保し、モデルの評価・選定能力を社内に持つことが対応の核になる。
結語

基盤モデル市場は自然独占に近い構造を持ち、各国の競争当局はその力学に介入し始めた。だが規制は万能ではない。対応費用が固定費として働く限り、規制は先行者を守る盾にもなりうる。製薬産業を含む AI の利用者にとっての実務上の問いは、特定のプラットフォームにどこまで依存するかという設計判断だ。計算資源の分散、データの移行可能性、モデル評価の内製化。この 3 つが、集中する市場で選択肢を残すための条件になる。

出典·参考文献
  1. Menlo Ventures. 2025 Mid-Year LLM Market Update: Foundation Model Landscape + Economics. Menlo Ventures, 2025. https://menlovc.com/perspective/2025-mid-year-llm-market-update/
  2. Epoch AI. How much does it cost to train frontier AI models? Epoch AI, 2024. https://epoch.ai/blog/how-much-does-it-cost-to-train-frontier-ai-models
  3. RAND Corporation. Evaluating Natural Monopoly Conditions in the AI Foundation Model Market. RAND, 2024. https://www.rand.org/pubs/research_reports/RRA3415-1.html
  4. FTC. Behind the FTC's 6(b) Report on Large AI Partnerships & Investments. FTC, 2025. https://www.ftc.gov/policy/advocacy-research/tech-at-ftc/2025/01/behind-ftcs-6b-report-large-ai-partnerships-investments
  5. CMA. AI Foundation Models: Update paper. GOV.UK, 2024. https://www.gov.uk/government/publications/ai-foundation-models-update-paper
  6. 公正取引委員会. 生成AIに関する実態調査報告書 ver.2.0. 公正取引委員会, 2026. https://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/2026/apr/260416_generativeai.html
  7. Korinek, A. and Vipra, J. Concentrating Intelligence: Scaling and Market Structure in Artificial Intelligence. Economic Policy, 2025. https://academic.oup.com/economicpolicy/article-abstract/40/121/225/7905140
  8. European Commission. Digital Markets Act. European Commission, 2024. https://digital-markets-act.ec.europa.eu/index_en