01「職業が消える」論は粗すぎる

AI が雇用に及ぼす影響を論じるとき、「この職業はなくなる」「この職種は安泰だ」という言い方がされやすい。しかし 2023 年に Eloundou らが発表した研究は、分析の単位を職業からタスクに切り替えた。米国の全職業について、各職業を構成する個別のタスクが大規模言語モデルによってどの程度高速化されるかを測定した結果、米国労働者の約 80%がタスクの 10%以上を曝露され、約 19%がタスクの 50%以上を曝露されると推計された。

この数字が意味するのは、AI によって丸ごと不要になる職業は少ないが、ほとんどの職業でタスクの一部が AI で置き換わるということだ。影響は「消滅か存続か」の二択ではなく、職務内容の組み替えとして現れる。

図 1 分析の単位を切り替える
「職業」単位の分析消滅か存続かの二択「タスク」単位に分解80%の労働者が一部タスクを曝露丸ごと不要になる職業は少ない代替と補完の境界が見える職務の再編として影響が現れる「職業」単位の分析消滅か存続かの二択「タスク」単位に分解80%の労働者が一部タスクを曝露丸ごと不要になる職業は少ない代替と補完の境界が見える職務の再編として影響が現れる
Eloundou らの研究は、分析の単位を職業からタスクに切り替えることで、AI の雇用への影響を代替と補完の二面構造として捉えた。

02タスク曝露の分布は賃金の高低を問わない

Eloundou らの研究で注目すべきは、タスク曝露が賃金水準に依存しない点だ。従来の自動化は、製造業の組立工程や事務の定型処理など、中間所得の反復的なタスクを置き換える傾向があった。AI、とりわけ大規模言語モデルの曝露は異なる。法務文書の起案、財務分析、翻訳、コードの生成といった高賃金・認知的なタスクにも及ぶ。

IMF の 2024 年 1 月の推計はこれを国際的に拡張した。世界全体で雇用の約 40%が AI に曝露され、先進国では 60%、新興国では 40%、低所得国では 26%とした。先進国の曝露率が高いのは、認知的なタスクの比率が高いからだ。

03代替と補完は同じ職業の中で分かれる

曝露されたタスクのすべてが「人間の代わりに AI がやる」わけではない。IMF は曝露された仕事の約半分に補完の可能性があり、残り半分に代替のリスクがあると推計した。Acemoglu は 2024 年の論文で、AI が代替できるタスクの範囲をより慎重に見積もり、今後 10 年間の GDP 押し上げ効果を 1.1〜1.6%と算定した。この数字は、AI が全タスクを自動化するのではなく、自動化可能なタスクが全体の一部にとどまることを前提にしている。

代替と補完の区別は、同じ職業の内部で生じる。たとえば薬事担当者の仕事には、規制当局への申請書類の文章作成というタスクと、当局との折衝で判断の根拠を説明するタスクがある。前者は AI による下書き生成で大幅に高速化できるが、後者は文脈に応じた判断と対人の信頼構築を要するため、AI は補助にとどまる。

図 2 同じ職業の中の代替と補完
代替されるタスク補完されるタスク文書の初稿作成データ集計・検索定型翻訳・要約規制当局との折衝医師との信頼構築申請戦略の判断代替されるタスク補完されるタスク文書の初稿作成データ集計・検索定型翻訳・要約規制当局との折衝医師との信頼構築申請戦略の判断
同じ職業の内部で、ルールが明示的で出力を検証しやすいタスクは代替され、文脈依存の判断や対人関係を含むタスクは補完される。
区分AI が代替しやすいタスクAI が補完するタスク
特徴定型的、ルールが明示的、出力の正誤が検証しやすい文脈依存、対人判断、正解が一つでない
具体例文書の初稿作成、データ集計、定型翻訳、コード生成規制当局との折衝、患者への説明、チームの意思決定
生産性への経路人手が不要になり、コスト削減人の判断の速度と精度が上がり、付加価値が増える
雇用への影響そのタスクに従事する時間が減り、配置転換の必要同じ人がより高度な仕事に集中でき、需要が維持または増加

04日本の労働市場は先進国の中で独自の条件を持つ

日本の労働市場に AI の影響を当てはめるとき、二つの構造的条件が効いてくる。第一に、人口構造だ。2023 年時点で 65 歳以上の人口比率は 29%と世界最高であり、生産年齢人口は 1995 年の 8,730 万人から 2024 年の 7,370 万人へと 16%減少した。労働力の絶対数が減り続ける中で、AI によるタスクの代替は「人を減らす脅威」ではなく「不足を補う手段」として機能しうる。

第二に、AI の導入速度だ。OECD の 2024 年の日本に関する報告書は、日本の労働者の AI 曝露度が他の先進国と比べて低い傾向にあると指摘した。AI 利用者のうち再教育や技能向上に取り組んだと回答した割合は 34.7%にとどまり、中高年層では AI 導入後の業務改善を実感する比率が他国より低い。人口減少が AI の需要を高める一方で、導入と活用の速度が制約になっている。

05製薬の 3 職種はタスクの組み替えで変わる

製薬業界の主要職種に、タスク単位の分析を適用する。

MR(医薬情報担当者)の仕事は、医師への情報提供、面談の準備、CRM への記録、社内報告書の作成など複数のタスクで構成される。情報の検索・要約・報告書の起案は AI で高速化できるタスクだ。一方、医師との信頼関係の構築や、処方動向を踏まえた個別の提案は、対人判断を含むため補完の領域にとどまる。日本の MR 数は 2013 年度の 65,752 人をピークに 10 年連続で減少し、2023 年度末には 46,179 人となった。この減少は AI だけが原因ではなく、情報提供チャネルの多様化が背景にあるが、AI はこの再編をさらに加速させる。

薬事担当者のタスクには、申請書類の起案、規制情報の収集と整理、照会事項への回答案の作成がある。文書の初稿生成や規制情報のモニタリングは AI が代替しやすいタスクだ。しかし、当局の審査方針を読み取り、申請戦略を組み立てる判断は、制度の運用実態への理解を必要とし、補完の領域に入る。

メディカル・アフェアーズでは、文献レビュー、医学的問い合わせへの回答案の作成、KOL の特定といったタスクが AI で効率化される。一方、臨床試験のデザインに対する医学的助言や、KOL との長期的な学術関係の維持は、専門的判断と対人関係に依存するため、AI は補助的な役割にとどまる。

職種 01

MR

代替: 情報検索・要約・報告起案

AI が面談準備や社内報告の起案を担うことで、医師との対話や提案策定に充てる時間が増える。人数減の中で一人あたりの対応範囲が広がる。

職種 02

薬事

代替: 規制情報収集・文書初稿

申請書類の初稿生成や各国規制の差分整理は AI が担う。申請戦略の判断や当局との折衝は人の領域として残る。

職種 03

メディカル・アフェアーズ

代替: 文献レビュー・回答案作成

大量の文献から必要な知見を抽出する作業は AI が高速化する。KOL との関係構築や医学的判断は人が担い続ける。

共通

補完の条件

判断・信頼・文脈の読み取り

3 職種に共通して、AI が補完にとどまるタスクは「正解が一つでない判断」「対人の信頼構築」「制度や臨床の文脈の読み取り」を含む。

06タスクの代替が生産性に変わる条件は三つある

AI がタスクを代替しても、それが組織の生産性に直結するとは限らない。Brynjolfsson らの 2023 年の研究は、カスタマーサポートに生成 AI ツールを導入した結果、1 時間あたりの処理件数が平均 14%増加し、経験の浅い担当者では 34%増加したことを示した。この研究が示す条件は三つある。

第一に、代替されたタスクの時間が他のタスクに振り向けられること。AI で報告書の起案が速くなっても、空いた時間が別の付加価値ある活動に充てられなければ、生産性は上がらない。第二に、AI の出力を検証する力が組織に備わっていること。AI の生成した文書をそのまま使うのではなく、誤りや不適切な表現を見分ける能力が必要だ。第三に、業務プロセスが AI の導入に合わせて再設計されること。既存の手順にそのまま AI を挿入するだけでは効果は限定的で、タスクの順序や役割分担を見直す必要がある。

07製薬企業が今取り組める三つの手順

タスク単位の分析を自社に適用するには、次の手順が有効だ。

第一に、職務のタスク分解を行う。各職種の業務を、判断・作成・検索・対話・記録・調整といったタスクに分解し、それぞれについて AI による代替の可能性と補完の可能性を評価する。Eloundou らの方法論では、各タスクについて「AI ツールを使うことで時間を 50%以上短縮できるか」を判定基準にしている。

第二に、代替されたタスクの時間の再配分を設計する。AI で短縮された時間をどの活動に振り向けるかを事前に決める。MR であれば、報告書の起案に費やしていた時間を、医師との面談回数の増加や、個別化された情報提供の準備に充てる設計が考えられる。

第三に、AI 出力の検証体制を組み込む。製薬では、AI が生成した文書が規制要件を満たすかどうかの確認は不可欠だ。薬事や資材審査の工程に AI の出力を検証するステップを明示的に組み込み、承認前の文書に未検証の AI 出力が混入しない体制を整える。

図 3 タスク再編の 3 ステップ
職務をタスクに分解代替・補完を評価空いた時間の再配分を設計AI 出力の検証体制を組み込む未検証の出力を排除生産性の向上人と AI の役割が明確化職務をタスクに分解代替・補完を評価空いた時間の再配分を設計AI 出力の検証体制を組み込む未検証の出力を排除生産性の向上人と AI の役割が明確化
AI 導入の効果は、タスク分解・時間の再配分・検証体制の 3 段階を経て初めて生産性に変わる。
Key Points ── 持ち帰る 3 つ
  1. AI の雇用への影響は職業単位でなくタスク単位で見る。米国労働者の 80%がタスクの 10%以上を AI に曝露され、先進国では雇用の 60%が曝露されるが、その約半分は代替でなく補完である。
  2. 日本では人口減少が AI の需要を高める一方、導入速度と再教育の遅れが制約になっている。AI は「人を減らす脅威」より「不足を補う手段」として機能する条件が揃いつつある。
  3. 製薬の MR・薬事・メディカル・アフェアーズでは、情報検索・文書起案・文献レビューが代替される一方、規制判断・対人信頼・医学的判断は補完の領域に残る。生産性向上には、空いた時間の再配分と AI 出力の検証体制が必要だ。
結語

AI が仕事を奪うか否かという問いは、立て方が粗い。タスク単位で見れば、同じ職業の中に代替されるタスクと補完されるタスクが併存する。その比率と境界は、技術の進歩だけでなく、組織がタスクをどう再編し、AI の出力をどう検証するかで決まる。日本の製薬企業にとって、この再編は人口減少下の労働力確保と直結する実務の課題だ。

出典·参考文献
  1. Eloundou, T., Manning, S., Mishkin, P. & Rock, D. GPTs are GPTs: An Early Look at the Labor Market Impact Potential of Large Language Models. Science, 2024. https://www.science.org/doi/10.1126/science.adj0998
  2. Cazzaniga, M., Jaumotte, F., Li, L. et al. Gen-AI: Artificial Intelligence and the Future of Work. IMF Staff Discussion Note SDN/2024/001, 2024. https://www.imf.org/en/Publications/Staff-Discussion-Notes/Issues/2024/01/14/Gen-AI-Artificial-Intelligence-and-the-Future-of-Work-542379
  3. Acemoglu, D. The Simple Macroeconomics of AI. Economic Policy, 2024. https://academic.oup.com/economicpolicy/article-abstract/40/121/13/7728473
  4. Brynjolfsson, E., Li, D. & Raymond, L.R. Generative AI at Work. NBER Working Paper 31161, 2023. https://www.nber.org/papers/w31161
  5. OECD. Artificial Intelligence and the Labour Market in Japan. OECD, 2024. https://www.oecd.org/en/publications/artificial-intelligence-and-the-labour-market-in-japan_b825563e-en/full-report/preparing-for-the-impact-of-ai-on-job-quantity-and-skills-needs_28862d25.html
  6. IMF. The Impact of Aging and AI on Japan's Labor Market: Challenges and Opportunities. IMF Working Paper WP/25/184, 2025. https://www.elibrary.imf.org/view/journals/001/2025/184/article-A001-en.xml
  7. MR 認定センター. 2024 年版 MR 白書. 2024. https://www.mre.or.jp/mre_info/Investigation/whitepaper/
  8. Acemoglu, D. & Restrepo, P. Tasks, Automation, and the Rise in U.S. Wage Inequality. Econometrica, 2022. https://economics.mit.edu/sites/default/files/2022-08/Tasks%2C%20Automation%2C%20and%20the%20Rise%20in%20US%20Wage%20Inequality.pdf