作成要領 第1章1節(15)は「他社及び他社品の中傷・誹謗につながるおそれのある記載はしない」と定める。医療用医薬品の販促資材には比較試験のデータが頻繁に登場する。対照薬との差を示すことは科学的な事実の提示であり、医療者が薬を選ぶ際の判断材料になる。問題は、そのデータに書き手の解釈や評価が混ざったときだ。そこから他社中傷へ、あるいは自社礼賛へと資材の性格が変質する。本条文はその境界線を引いている。
核心は比較という事実と、優劣の判定を切り分けることにある。臨床比較試験の結果を載せることは科学の記述に属する。対照薬が「劣った」と評価したり、「不十分だった」と強調したりすることは広告の操作に属する。前者は許されるが後者は許されない。この一線を意識することで、中傷・誹謗の禁止は「競合他社への配慮」ではなく、科学的記述の規律が広告に浸食されることへの防波堤であることがわかる。序章が掲げる「誤解させず正確に伝える」という原則も、この文脈では「事実に評価を混ぜない」という形で現れる。
01結果を載せる、評価はしない
細則(a)は「臨床比較試験で対照薬の試験結果を記載する場合、評価及び結果の解説は記載しない」と定める。対照薬の結果数値を資材に示すことは原則認められる。しかし、その数値に対する解釈——「対照薬では十分な効果が得られなかった」「対照薬に比べて本薬は有意に優れる」といった言葉——は記載してはならない。
なぜか。対照薬の結果に書き手が注釈を加えた瞬間、資材は科学的記述の体裁を保ちながら、実質的に他社品を評価・批判する道具になる。特定の試験から切り取った数値と、書き手が付けた「解説」が組み合わさると、読み手は「その薬はこういう薬だ」という印象を与えられてしまう。それは他社品に関する独自の評価を資材で広める行為だ。
細則(b): 無効・不十分・不耐容の強調
細則(b)は「臨床比較試験で他社品による治療無効・効果不十分・不耐容である旨を強調した記載をしない」と定める。対照薬群で効果が得られなかった症例数や、忍容性問題による脱落例数は、試験概要の一部として事実の記録に含まれる場合がある。問題は「強調」だ。
- 太字や色付きで他社品の数字だけを際立たせる
- 「無効例が多かった」「忍容できなかった」という表現を見出しや箱囲みに使う
- 図や矢印で対照薬の不良結果を視覚的に強調する
こうした表現は、試験の事実から「対照薬は使えない」という印象へと読み手を導く。細則(a)の「解説をしない」と並べると、禁止の構造が見える。数値を並べるだけでも編集の意図で中傷になる——それを防ぐのが(b)だ。細則(a)が言語的な評価を禁じ、(b)が強調という視覚・修辞的な操作を禁じている。
02前治療薬の解説をしない
細則(c)は「前治療薬(他社品)に関する解説はしない」と定める。臨床試験では、対象患者がある薬を使ったのちに切り替えた場面が含まれることがある。「○○(他社品)で効果不十分だった患者」「○○で副作用が出た患者」という選択基準が登場することもある。これらは試験計画の事実だ。
しかしそこから踏み込んで、前治療薬がどのような薬であるか、なぜ不十分であったか、どのような副作用プロファイルを持つかについて、資材の側で説明や論評を加えることは許されない。なぜなら、それは資材の中に他社品の評価コンテンツを埋め込むことになるからだ。自社薬の成績を紹介しているように見えながら、前治療薬への批評が含まれる——これこそ細則(a)(b)が防ごうとする「事実の体裁を持つ広告的操作」の典型的なかたちだ。
前治療薬の種類や投与量が試験デザインの理解に必要な情報であれば、細則(d)の範囲で「薬剤名と投与の事実」として記すことはできる。ただしそこに解説を加えてはならない。試験の文脈を記述することと、前治療薬を論評することは別の行為だ。
03他社品は一般名で、試験の事実は正確に
細則(d)は「試験概要では使用した薬剤名(他社品は一般名)・投与期間・投与量・投与例数等を可能な限り正確に記載する」と定める。これは「記載してよい情報」の範囲と記載様式の両方を定めた規定だ。
他社品を一般名で呼ぶ意味
他社品は一般名で記す。これは慣行でなく、意図された規則だ。販売名で記せば、その製品の商標を自社資材が拡散することになる。また、特定のブランド名に強い印象を与えることで、中傷にも宣伝にもなりうる。一般名は薬理学的実体に還元する表記であり、評価の色が付きにくい。他社品に対して科学的な語彙を使うことが、比較という「事実の記述」を広告的な「評価」から守る。
なお、同一試験に自社の複数製品が登場する場合は、自社品同士であれば販売名も記せる。区別は「他社か自社か」ではなく「評価・強調につながるか否か」という原則を底流にもつ。
可能な限り正確に記す義務
「可能な限り正確に」という文言は、試験概要の記載について積極的な義務を課す。投与期間・投与量・投与例数などを曖昧に書くことは許されない。なぜか。これらの数値が省略されたり不正確だったりすると、読み手が試験の質や比較条件を正しく把握できなくなる。
- 投与量が不明なら、比較が等価な条件で行われたかどうか判断できない
- 例数が不明なら、効果の推定精度を評価できない
- 投与期間が不明なら、観察されたアウトカムの解釈が変わりうる
正確さを要求するのは、読み手が自力で試験を評価できるようにするためだ。これは序章の三本柱のひとつ、検証可能性の要請に直結する。書き手が評価を添えないかわりに、読み手が評価できるだけの情報を正確に残す——それが細則(d)の役割だ。
中傷・誹謗の禁止は、競合他社を「守る」条文ではない。科学的事実の記述と広告的な評価を混同しないことを求める、表現規律の条文だ。対照薬の結果は事実として残してよい。そこに評価・強調・解説を加えた瞬間に、事実は他社批判の道具に変わる。一般名による記述と投与条件の正確な記載は、その境界線を守るための技術的な具体策だ。
細則(a)(b)(c)(d)は順番に、「評価をするな」「強調をするな」「解説をするな」「しかし事実は正確に書け」という構造を形成している。禁止は「書かない」ことだけを求めているのではない。残すべき事実は正確に残すという積極的な責務とセットになっている。これは序章が掲げる「誤解させず正確に伝える」「検証可能性を担保する」の二要件が、比較試験の記載場面に具体的に現れたものだ。