統計は事実を圧縮した言語だ。同じ数字でも、それが「事前に計画した一つの仮説を確かめるために出した数字」なのか、「結果を見た後に見つけた有望な傾向」なのかで、根拠の重みはまったく異なる。用語の定義を一字ずつ正確に押さえておかないと、同じ言葉を使いながら異なる強さの主張を紛れ込ませることになる。本章に登場する科学・統計の用語を、定義・意味するもの・誤読のポイントの順で整理する。
作成要領の三本柱①(誤解を塞ぐ)③(検証可能な状態を保つ)は、統計用語の正確な使い分けから始まる。「有意差あり」の一言でも、その背後にある解析の種別と文脈が変われば、読み手に与える印象は正反対になりうる。
| 用語 | 意味の核心 | 誤読・注意 |
|---|---|---|
| 検証的解析 confirmatory analysis |
試験開始前に固定した一つの仮説を確認するための解析。統計的結論の根拠になれる。 | 「解析してみたら有力だった」は検証的でない。事前計画と仮説の固定が必須条件。 |
| 探索的解析 exploratory analysis |
仮説を見つけ出すための解析。次の試験で検証すべき方向を指し示す役割。 | 「探索的だが傾向は明確」は確証ではない。どれだけ p 値が小さくても確認には使えない。 |
| p値 p-value |
帰無仮説が正しいと仮定したとき、偶然この差以上が生じる確率。 | 効果の大きさ、臨床的重要性、因果関係を語る数字ではない。小さい=「大きな効果」ではない。 |
| 名目上のp値 nominal p-value |
事前に定めた検証的解析以外の、あらゆる解析から得られるp値。 | 「多重性未調整」「参考値」と言い換えるのは誤り。定義は解析の位置づけ(計画外)であり、調整の有無ではない。 |
| 95%信頼区間 95% confidence interval |
同じ手順を繰り返したとき95%の割合で真値を含む区間。推定の精度を示す。 | 「区間内に真値がある確率が95%」ではない。因果を保証せず、単独で非劣性を主張できない。 |
| ハザード比 hazard ratio |
ある時点でのイベント発生速度を群間で比較した比率。生存時間解析で多用される。 | 「リスクが○○%低下」という表現は絶対リスク差と混同しやすい。有意差なき場合の減少率表現は禁止。 |
| メタ解析 / システマティックレビュー meta-analysis / systematic review |
複数の研究を事前に定めたプロトコルで系統的に収集・統合する手法。 | 検索源・検索式・採否基準の記載がなければ「選んで合成した」と区別できない。手法の透明性が要件。 |
| 事後解析 post-hoc analysis |
結果を見た後に行う解析。原則として探索的であり、確証には用いない。 | 「事後でも p < 0.05 だったから有意」は成立しない。結果を知った後の解析は検証的枠組みを持てない。 |
| サブグループ解析 subgroup analysis |
全体集団の一部に限定した解析。多くは探索的。 | 全体集団の結果と並記が要件。サブグループだけを前景に出す記載は不可。事前計画の有無を明記する。 |
| 統計量の種別 type of summary statistic |
平均値・中央値・幾何平均値・最小二乗推定値はそれぞれ前提が異なる。 | 凡例に種別を書かないと読み手は区別できない。調整済みの数字(最小二乗推定値)と粗の数字を混在させない。 |
| 両側5%の有意水準 two-sided 5% significance level |
帰無仮説を棄却する境界値の慣例設定。α=0.05。 | これ以外の有意水準を使った場合は必ず明記する。「有意差あり」だけでは水準が確かめられない。 |
01検証的解析と探索的解析——解析の「位置づけ」が先に決まる
検証的解析(confirmatory analysis)とは、試験を開始する前に一つの仮説を固定し、その仮説を確認するために計画された解析だ。仮説の内容、主要評価項目、検定方法、有意水準——これらはすべて試験が始まる前にプロトコルに記載されている。解析の結果として得た p 値は、設定した有意水準と比較することで、帰無仮説を棄却できるかどうかの判断材料になる。統計的な確証の根拠になれるのは、この位置づけを持つ解析から得た結果に限られる。
探索的解析(exploratory analysis)は、仮説を見つけ出すための解析だ。事前の仮説なしに、またはプロトコルに計画されていなかった問いに答えるために実施される。有望な傾向を発見する価値はあるが、それはあくまで「次に何を確かめるべきか」を示す道しるべにすぎない。どれだけ p 値が小さくても、探索的解析から得た結果は確証の根拠にならない。確証には、その仮説を主要仮説として設定した独立した新しい試験が必要だ。
混同が起きやすいのは「探索的に実施したが p < 0.05 だった」という状況だ。p 値の大きさは解析の位置づけを変えない。位置づけは試験計画の時点で決まっており、結果が出た後から変えることはできない。
02p値——何を語り、何を語らないか
p 値の定義は一つだ。「帰無仮説が正しいと仮定したとき、今回観察された差以上の差が偶然生じる確率」。この定義からはみ出た主張は p 値が保証しない。
p 値が語れないことを三点挙げる。第一に効果の大きさ。p = 0.001 は p = 0.04 より小さい差を示すわけではない。サンプルサイズが大きければ、臨床的に無視できる小差でも p = 0.001 になる。第二に臨床的重要性。統計的に有意な差と、患者にとって意味のある差は別の問いだ。第三に因果関係。観察研究の p 値は交絡因子の影響を除けない。「p < 0.05 だから効果がある」は定義から外れた読み方だ。
95%信頼区間は p 値が語らない「幅」を補う。点推定値だけでなく、不確かさの範囲がわかる。ただし信頼区間そのものも、因果関係の保証でも、区間内に真値が存在する確率の表示でもない。区間の幅は推定の精度——データが少なければ幅が広く、多ければ狭い——を示す指標だ。
03名目上のp値——定義を一字一句正確に
名目上の p 値(nominal p-value)の定義は次の通りだ。事前に定めた検証的解析以外の、あらゆる解析から得られる p 値。
この定義で重要なのは「事前に定めた検証的解析以外の」という修飾だ。解析の種類や手法の問題ではなく、解析が試験計画においてどの位置づけを持つかの問題だ。副次評価項目の解析、事後のサブグループ解析、感度解析、探索的なバイオマーカー解析——これらはすべて、事前に設定された主要な検証的解析の外側にある。そこから得られた p 値はすべて名目上の p 値だ。
名目上の p 値が確証に使えない理由は多重性にある。複数の解析を繰り返せば、差がない場合でも偶然有意な結果が生じる確率は検定の回数に応じて積み重なる。事前に検証的解析として一つの仮説を固定していなければ、「この解析では有意だった」という結果は偶然の産物と区別できない。
よくある誤定義に注意する。「多重性を調整していない参考値」「事後に多重比較補正をかけていない p 値」という説明は不正確だ。名目上のp値の本質は「多重性調整の有無」ではなく「事前に設定した検証的解析の外側にある」という解析の位置づけにある。多重性補正を施したとしても、計画外の解析から得た p 値は名目上の p 値のままだ。
資材において名目上の p 値を示すことは禁じられていない。仮説探索の参考情報として提示することはできる。ただし、検証的な結論の根拠として用いること、「有意差あり」と断言すること、優越性や非劣性の確認に使うことはいずれもできない。p 値を出す際には、どの種別の p 値かを文脈で明らかにする必要がある。
04ハザード比——相対速度の比であることを忘れない
ハザード比(hazard ratio)は、ある時点でのイベント発生の「速さ」を群間で比べた比率だ。ハザード比 = 0.7 は、治療群のイベント発生速度が対照群の 0.7 倍であることを意味する。生存時間解析でよく使われ、コックス比例ハザードモデルから推定される。
誤読が起きやすい点を二つ示す。一つは「リスクが30%低下した」という言い換えだ。ハザード比 0.7 は相対比率であり、絶対的なリスク差ではない。絶対リスク差は別に計算が必要だ。もう一つは有意差がない場合の表現だ。有意差が認められない場合に、ハザード比の値から「リスク低下の傾向」「30%の改善」と表現するのは許されない。数値を示すにとどめ、評価語は添えない。
05メタ解析とシステマティックレビュー——透明性が要件
システマティックレビューは、事前に定めた検索戦略と採否基準に従い、ある問いに関連する研究を系統的に収集・評価する手法だ。メタ解析は、収集した複数の研究の結果を統計的に統合して全体の推定値を算出する手法であり、システマティックレビューの一部として実施されることが多い。
これらを資材に引用するとき、記載に必要な要素がある。どのデータベースを検索したか(検索源)、どのような検索式を使ったか(検索キーワードと組み合わせ)、研究をどのような基準で採否したか(採否理由)——この三点が明記されていなければ、「系統的に収集した」という主張は確かめようがない。検索の透明性は、選択バイアスを読み手が評価するための最低条件だ。
06事後解析とサブグループ解析——探索の性格を明示する
事後解析(post-hoc analysis)は、試験の結果を見た後に計画・実施された解析の総称だ。結果を知った後に検定を設計することで、研究者の意識的・無意識的な選択が入り込む余地が生まれる。これが確証に使えない根本的な理由だ。「仮説を立てて確かめた」のではなく、「結果から仮説を後付けした」構造になるためだ。
サブグループ解析は、全体集団の一部に限定して実施する解析だ。サブグループの多くは探索的にとどまる。全体解析の有意水準をそのままサブグループに適用すると、多数のサブグループを繰り返し検定することで偶然有意になる確率が上がる。試験計画に事前記載されており、かつ科学的妥当性があるサブグループ解析であれば資材に載せることができるが、その場合は全体集団の結果と並べて記載する。サブグループの結果だけを取り出して前景に出すことは、たとえ数字が良くても許されない。
07統計量の種別——凡例の一語が意味を変える
同じ「平均」と呼ばれても、使う統計量によって数字は変わる。
平均値(mean)は全データの和を件数で割った値だ。外れ値の影響を受けやすく、分布が歪んでいると実態から離れる。中央値(median)はデータを順に並べたときの中央の値だ。外れ値に左右されにくく、歪んだ分布では平均値より実態に近いことが多い。幾何平均値(geometric mean)は対数変換後に算術平均を取り、逆変換した値だ。薬物動態の AUC や Cmax など対数正規分布に従うデータに用いられる。最小二乗推定値(least-squares mean / LS mean)は、共変量で調整した後のモデルに基づく推定値だ。粗の観察値ではなく調整済みの数字であることを明記しないと、観察値と混同される。
図表の凡例に種別を書かないと、読み手はどの統計量かを確かめられない。「Mean ± SD」なのか「Median (IQR)」なのかで、同じ棒グラフの解釈は変わる。有意差の有無を示す場合は使用した統計解析手法も添える。
08両側5%の有意水準——既定値であり唯一の正解ではない
有意水準 α = 0.05(両側 5%)は、医薬品の臨床試験において長年の慣例として広く採用されている既定値だ。帰無仮説が正しい場合に、この水準を超える p 値が得られる確率を 5% に設定する。両側検定は、治療群が対照群より上にも下にも差がありうるとして検定する方法で、一方向だけの差に限らない場面で標準的に用いられる。
ただしこれは唯一の設定ではない。適応拡大試験、安全性評価、用量設定試験など、試験の目的と設計によっては異なる有意水準を設定することがある。その場合は、資材に用いた有意水準を必ず明記する。「有意差あり」とだけ書かれた結果は、読み手がどの水準と比較すればよいかわからない。検証可能な記載のための最低条件は、使用した有意水準を明示することだ。
ここに挙げた11の用語は、どれも「意味の似た別の言葉」に置き換えてはいけない言葉だ。とりわけ名目上のp値は「多重性未調整」と言い換えることで定義の核心——「事前に定めた検証的解析以外の解析から得られる」という位置づけ——が失われる。統計量が「語れること/語れないこと」の境界は、用語の定義を正確に押さえることで初めて守られる。誤解させない記載は、正確な用語の選択から始まる。