
2026年9月26日、AI が書いた文章の目印として最もよく挙げられてきた em ダッシュが、Claude Opus 5.5 で 1,000 語あたり 15.2 から 0.8 へ落ちたと報じられた。書き手の癖で AI を見分ける手が使えなくなったとき、書かれたものは何で確かめるのか。文体では確かめられない。記載の一つ一つに引用元があり、その引用元を第三者が検証できるかという、人が書いた資材に求めてきた基準へ戻るだけである。
01emダッシュが消えた分だけ、文体で見分ける方法は根拠を失った
Arena の分析によると、Opus 5 は 1,000 語あたり 15.2 個の em ダッシュを使い、Opus 5.5 は 0.8 個まで落とした。減り方は 95% にあたる。セミコロンも 6.10 から 1.64 へ下がった。
この数字が示すのは、モデルの書き癖が版の切り替えで動くということである。ある記号の多さを AI の目印として覚えた読者は、次の版が出た日にその目印を失う。一つの版の切り替えで、覚えた目印はもう目印でなくなった。
では何が残るのか。記載の一つ一つに引用元が付いていて、その引用元を自分でたどれるかである。この確かめ方は、書いたのが人でも AI でも同じ手数で済む。書き手を当てる工程が要らないからだ。
資材の審査は、もともとこの位置で確かめている。だから今回の数字は、審査の手順を何も変えない。変わったのは、文体を手がかりにしようとしていた側の足場だけである。
02四つの数字はどれも、癖が版ごとに動くことを示している
Arena は 2026年8月から9月の Text Arena の回答を集めて分析した。動いた数字は一つではない。em ダッシュが 15.2 から 0.8、セミコロンが 6.10 から 1.64、平均文長が 12.14 語から 10.03 語、平均回答長が 453 語から 481 語である。12 の指標のうち 10 が改善の方向へ動いたと評価されている。
ここで見落としやすいのは最後の数字である。文は短くなったのに、回答の総量は伸びた。短い文をより多く並べた形になっている。文の短さだけを見て、読む量が減ったとは言えない。
四つのうち三つは減り、回答の長さだけが増えている。記号を減らす調整が、回答の長さにも同じ向きの影響を与えたわけではない。
| 測ったところ | Opus 5 | Opus 5.5 |
|---|---|---|
| em ダッシュ(1,000語あたり) | 15.2 | 0.8 |
| セミコロン(1,000語あたり) | 6.10 | 1.64 |
| 平均文長 | 12.14 語 | 10.03 語 |
| 平均回答長 | 453 語 | 481 語 |
なお、この分析が対象にしたのは Text Arena に集まった回答である。一般の利用でも同じ分布になるとは、この資料からは言えない。
03資材の審査は、もともと文体を見ていない
四つの数字がどう動いても、癖を見ていない場所では何も起きない。資材の審査がその場所にあたる。
販売情報提供活動ガイドラインは、資材等に引用される情報について引用元を明記させ、その科学的根拠は元データを含めて第三者が客観的に評価し検証できるもの、または査読などの審査を経たものに限っている。医薬品等適正広告基準の解説は、愛用者の感謝状や「私も使っています」という使用経験の紹介は客観的な裏付けにならないと書く。
この二つに共通するのは、審査が見ているのが文章の運びではないということである。誰がどんな言い回しで書いたかを問わず、その記載を支える資料へたどれるかを問う。だから下書きが AI から出てきても、審査の側でやることは増えない。
引用元の明記
資材に引用された情報は、その引用元が書かれていること。書かれていなければ、記載そのものが使えない。
検証できる根拠
科学的根拠は元データを含めて第三者が検証できるもの、または査読などの審査を経たものに限る。
裏付けの有無
感謝の言葉や使用経験の紹介は、客観的な裏付けとして扱わない。読み心地の良さは判定に入らない。
04検出器は使えないと、2023年に開発元自身が公表していた
審査が文章の運びを見てこなかったのは、方針の選択だけではない。文体から書き手を当てる道具が、公表された数字の上では働いていなかったからである。
OpenAI は自社の AI Text Classifier を 2023年7月20日に取り下げた。理由として挙げたのは精度の低さである。AI が書いた文を正しく AI と判定できたのは 26%、人が書いた文を誤って AI と判定したのは 9% だった。取り下げの際には、文章の出所を記録する方法の研究へ関心を移すとも述べている。
26% という数字は、四つのうち三つを見落とすという意味になる。9% のほうは、人が書いた文を十一本に一本ほど疑うという意味になる。どちらも、判定を読む側に置いた設計から出た結果である。
この二つの数字は、癖が版ごとに動くという今回の話より三年前のものである。文体の統計は、動く前から足りていなかった。
05EUは見分けの根拠を、読む側から作る側の標示へ移した
26% と 9% が示したのは、読む側に判定を預けたこの形が働かなかったということだった。法の側は、判定ではなく標示の義務を作る側に課す形をとっている。
EU AI 法の第50条2項は、合成の音声・画像・映像・文章を生成する提供者に対し、出力を機械可読の形で標示し、人工的に生成されたものだと検出できるようにすることを課している。汎用の AI システムも対象に含まれる。読む人が記号の数を数える作業は、この形の中には無い。
ただし移ったのは義務の置き場所であって、確かめる作業そのものではない。標示が付いていても、その文章が何を根拠にしているかは分からない。
| 見るところ | 読む側が判定する | 作る側が標示する |
|---|---|---|
| 根拠 | 文体の統計 | 機械可読の印 |
| 誤りの向き | 見落としと誤判定の両方 | 印が無い場合の判断は残る |
| 責任の位置 | 読んだ人 | 生成した提供者 |
この義務がいつから誰にどこまで及ぶかは、私にはまだ追い切れていない。ここで確かなのは向きだけである。
06確かめられるのは癖ではなく、引用元と標示と作成の記録である
義務の置き場所が移っても、受け取った文書を読む作業は残る。残るものを三つに分けて見る。
第一に、書き癖は基準に使えない。これで変わるのは、判定の土台が版ごとに崩れることである。そう言えるのは、Arena が測った 12 の指標のうち 10 が一つの版の切り替えで動いたからだ。基準にするなら、版が上がるたびに作り直すことになる。
第二に、引用元は書き手が誰であっても同じ形で確かめられる。変わるのは、確かめる手順が書き手に左右されなくなることである。ガイドラインが求めているのは引用元の明記と第三者による検証の可能性であって、その要求に書き手の種類は入っていない。
第三に、標示は作る側の義務である。変わるのは責任の位置であって、受け取った側の仕事の量ではない。受け取る側にできるのは、印が付いているかを見ることと、印の有無にかかわらず引用元をたどることである。
07標示が付いても、記載の裏取りは一つも減らない
三つのうち、標示だけは自分の手の外にある。だから標示に期待できる範囲は狭い。
機械可読の印が製品にどこまで入っているかを示す公表資料は、私が探した範囲では見つからない。貼り付けや書き換えで印が失われた文章をどう扱うかも、まだ定まっていない。この二つが決まらないうちは、印の有無を確かめる作業は答えの一部にしかならない。
残るのは、記載と引用元の対応を一件ずつ見る作業である。これは 2018年のガイドラインが求めていたことで、Opus 5.5 の数字が出た後も変わらない。減る作業は一つも無い。
標示の実装
機械可読の印がどの製品にどこまで入っているかを示す公表資料は見つからない。
印が消えた文章
貼り付けや書き換えで標示が失われた文章の扱いは、まだ定まっていない。
- Opus 5.5 では em ダッシュが 1,000 語あたり 15.2 から 0.8 へ落ち、セミコロンも 6.10 から 1.64 へ減った。癖を基準にした判定は、版が上がるたびに作り直さなければ成り立たない。
- OpenAI は 2023年に自社の判定器を取り下げ、AI の文を正しく当てたのは 26%、人の文を誤って AI としたのは 9% だったと示した。読む側に判定を置く設計は、癖が変わる前から持っていなかった。
- EU AI 法の第50条2項は機械可読の標示を生成した提供者に課し、販売情報提供活動ガイドラインは引用元の明記と第三者による検証の可能性を求めている。受け取る側に残るのは、印の有無を見ることと引用元をたどることである。
文体の手がかりが消えたことで失われたものは無い。em ダッシュを数えて書き手を当てる作業に、当たっているという裏付けは最初から無かった。
書かれたものを確かめる基準は、記載の一つ一つに検証できる引用元があるかである。この基準は 2018年のガイドラインが書いていて、書き手が AI でも人でも同じように働く。
AI が書いたかどうかを読んで当てようとする時間があるなら、引用元を一件たどるほうが早い。当てる作業には正解の確かめようが無く、たどる作業には終わりがある。
- BleepingComputer. Claude Opus 5.5 uses 95% fewer em dashes, but its answers are getting longer. 2026年9月26日.(Opus 5 が 1,000 語あたり 15.2、Opus 5.5 が 0.8。セミコロンは 6.10 から 1.64。平均回答長は 453 語から 481 語)
- Inquirer(technology.inquirer.net). OpenAI shuts down AI detector due to low accuracy. 2023年7月26日.(2023年7月20日に AI Text Classifier を提供終了。AI が書いた文の正判定 26%、人が書いた文の誤判定 9%)
- TechCrunch. OpenAI scuttles AI-written text detector over "low rate of accuracy". 2023年7月25日.(取り下げの理由と、文章の出所を記録する方法の研究へ関心を移した旨)
- Regulation (EU) 2024/1689(EU AI Act)第50条2項. Article 50: Transparency Obligations for Providers and Deployers of Certain AI Systems. 2024年7月12日.(合成の音声・画像・映像・文章を生成する提供者に、出力を機械可読の形で標示する義務)
- 厚生労働省医薬・生活衛生局長通知 薬生発0925第1号. 医療用医薬品の販売情報提供活動に関するガイドライン. 2018年9月25日.(引用元の明記、科学的根拠は元データを含め第三者による客観的評価と検証が可能なもの、または査読等を経たもの)
- 厚生労働省医薬・生活衛生局監視指導・麻薬対策課長通知 薬生監麻発0929第5号. 医薬品等適正広告基準の解説及び留意事項等について. 2017年9月29日.(愛用者の感謝状や使用経験の紹介は客観的裏付けとはなりえないこと)