01記録の最初の週に、運営者は仕事を 3 役に分けて渡していた
運営者は 2023 年 3 月から生成 AI を仕事に使っている。手元に残る記録は 2026 年 2 月以降の Claude とのやり取りだけだが、その記録の最初の週(2026 年 2 月 8 日)に、すでに仕事を役割で分けて渡す型が現れている。
頼んだ内容はこうだった。エージェントを 3 人に分け、1 人目に要件の整理、2 人目に実装の方針、3 人目にテストの観点を担当させ、最後にそれらを統合せよ。1 回の依頼の中に、分業と統合の両方が入っている。
注目すべきは、この分け方が記録の最初に出てくることである。運営者にとって役割で分ける発想は新しい実験ではなく、すでに身についた型だった。では、この型は何をもたらすのか。
02役割を分けると、出力ごとに「何を確かめるか」が決まる
3 役に分けたことの直接の効果は、出力の確かめやすさである。要件整理の出力には「抜けがないか」、実装方針の出力には「要件と矛盾しないか」、テスト観点の出力には「実装方針の弱点を突いているか」という、それぞれ異なる判断基準が対応する。
1 つの塊で渡すと、出力も 1 つの塊で返ってくる。どこから読み、何を基準に良し悪しを判断するかは、受け取った側が自分で決めなければならない。役割を分けると、判断基準があらかじめ決まるので、確かめる作業の負担が減る。
| 見るところ | 1 つの塊で渡す | 役割を分けて渡す |
|---|---|---|
| 出力の単位 | 1 つの長い回答 | 役割ごとの回答 |
| 判断基準 | 受け取った側が自分で決める | 役割が決めた時点で決まる |
| やり直しの範囲 | 全体を作り直す | 問題のある役だけ作り直す |
03確かめられない出力は、どれだけ長くても判断できない
AI の出力が長くなるほど、全体を通して読む時間が増える。読んだとしても、何を基準に良し悪しを判断すればよいか分からなければ、結局「それらしく見える」で終わる。これは AI を使う側にとって大きな損である。時間を使った割に、判断の根拠が残らない。
Anthropic が公開している Claude Code の使い方の指針は、AI に仕事をさせるときは「AI が自分で確かめられる手段を与えよ」と書いている。テスト、検査、画面の比較など、合否を返す仕組みがあれば、AI 自身が結果を読んで直せる。仕組みがなければ、「できたように見える」が唯一の信号になり、確かめる役は人に戻る。
役割を分けることは、この「確かめられる手段」を人の側で作る方法の一つである。各役の出力に判断基準を対応させれば、AI の出力を合否で評価できる。
04ここでいう役割とは、判断基準が 1 つに定まる仕事の単位である
役割という言葉は広い。この連載では、判断基準が 1 つに定まる仕事の単位を役割と呼ぶ。運営者の 3 役はこの定義に合っている。
要件整理
判断基準: 必要な条件に抜けがないか。
実装方針
判断基準: 要件と矛盾しないか、実現できるか。
テスト観点
判断基準: 実装方針の弱点を突いているか。
統合
判断基準: 矛盾なくつながっているか。
判断基準が複数ある仕事を 1 つの役に押し込むと、出力のどこが良くてどこが悪いかが分かりにくくなる。逆に、基準が明確な単位まで分ければ、各出力に合否を付けられる。
計算機科学者の Edsger Dijkstra は 1974 年の論文で、ある問題を一度に全部考えるのではなく、側面ごとに分けて考えることが「思考を秩序立てる唯一の手段」だと書いた。AI への仕事の渡し方でも、同じ原則が当てはまる。
05資材審査では、表現の適否と根拠の整合を分けて渡せる
製薬企業の資材審査で AI を使う場面を考える。広告資材の一次確認を AI に任せたいとき、「この資材を審査せよ」と丸ごと渡すこともできる。しかし、返ってくる出力は長く、何を基準に読めばよいか分からない。
役割を分ける場合はこうなる。1 役目に「承認前の表現が含まれていないか」を、2 役目に「記載された数値が引用元と一致しているか」を、3 役目に「義務表示の記載に欠けがないか」を渡す。各役の出力は、はい・いいえで判定できる。
この分け方は、審査の実務で人がすでに行っている確認の手順に近い。表現の適否、数値の根拠との整合、義務表示の有無は、審査担当者が別々に確かめている項目である。AI に渡す仕事も、人が確かめている単位で分ければ、出力の良し悪しを既存の基準で判断できる。
06役割を分けると、作った側と確かめる側が分離する
役割を分けることには、もう一つの効果がある。作った出力を、作った本人ではない別の役が確かめる構造になることである。
運営者の 3 役では、テスト観点の役が、実装方針の役の出力を検査する位置にある。実装方針を考えた役が自分でテスト観点も考えると、自分の方針に沿ったテストだけを書きやすい。別の役にテスト観点を担当させれば、方針の弱点を外から突ける。
Anthropic の指針は、AI が自分の出力を自分で検証するのではなく、別のエージェントに差分と基準を渡して確認させる方法を勧めている。作った側の文脈を持たない検証者は、結果だけを見て判断するので、作る過程で生じた思い込みに引きずられにくい。Du らの 2023 年の研究では、複数の言語モデルに回答と推論を提示し合い議論させると、事実の正確さと推論の質が向上することが確かめられている。
同じ原理は人の仕事にもある。資材審査の現場では、作成者と審査者を分けることが品質管理の基本である。AI に仕事を渡すときも、作る役と確かめる役を同じエージェントに兼ねさせないことで、出力の信頼度が上がる。
07明日からは、仕事を「判断基準が 1 つに定まる単位」に分けて渡す
手順は三つある。
- 仕事を判断基準の数だけ分ける。渡したい仕事に、確かめたい基準がいくつあるかを数える。基準の数だけ役を作る。
- 各役に担当と判断基準を書く。「あなたは要件整理の担当。出力は、必要な条件に抜けがないかで判断する」のように、役と基準を一文ずつで書く。
- 最後に統合を頼み、矛盾がないか確かめる。各役の出力がそろったら、統合の役に矛盾の有無を確かめさせる。矛盾があれば、該当する役だけやり直す。
Anthropic の指針は、作業を始める前にまず探索と計画を分け、計画ができてから実装に入ることを勧めている。役割を分けて渡す型は、この「探索 → 計画 → 実装」の分離と同じ考え方である。MetaGPT の研究(Hong ら、2023 年)でも、標準化された手順で各エージェントに専門の役割を割り当て、途中の成果物を相互に検証させると、役割を分けずに言語モデルをつなげた場合に比べて、誤りの連鎖が減ることが報告されている。
- 仕事を役割で分けて AI に渡すと、各役の出力に「何を確かめるか」が対応し、判断基準が明確になる。
- 役割を分ける基準は「判断基準が 1 つに定まるかどうか」である。基準が複数ある仕事は、さらに分ける。
- 作る役と確かめる役を分けると、作った側の思い込みに引きずられにくくなり、出力の信頼度が上がる。
AI に仕事を渡す最初の設計は、何を頼むかではなく、どう分けるかである。判断基準が明確な単位に分ければ、出力を合否で評価でき、問題があれば該当する役だけをやり直せる。この型は、次の回で扱う「既存のものを探す」や「定義から始める」と組み合わせることで、閃きを仕組みに変える経路になる。
- Anthropic. Best practices for Claude Code. Claude Code Docs. https://code.claude.com/docs/en/best-practices
- Anthropic. Prompting best practices. Claude Developer Platform Docs. https://platform.claude.com/docs/en/build-with-claude/prompt-engineering/claude-prompting-best-practices
- Dijkstra, E. W. On the role of scientific thought. 1974. https://www.cs.utexas.edu/~EWD/transcriptions/EWD04xx/EWD447.html
- Hong, S., Zhuge, M., et al. MetaGPT: Meta Programming for A Multi-Agent Collaborative Framework. arXiv:2308.00352, 2023. https://arxiv.org/abs/2308.00352
- Du, Y., Li, S., Torralba, A., Tenenbaum, J. B., Mordatch, I. Improving Factuality and Reasoning in Language Models through Multiagent Debate. arXiv:2305.14325, 2023. https://arxiv.org/abs/2305.14325