01運営者の閃きの多くは、疑問文のまま AI に届いていた
運営者が 2026 年 2 月以降に Claude と交わした依頼の記録を読むと、新しい案の多くは命令の形をしていない。「〜できるか」「〜したらどうか」「これで何ができるのか」という、問いの形をしている。
4 月の例を見る。運営者は株価予測の仕組みを組み立てていた。その途中で、数値モデルが出した結果を言語モデルに読ませ、さらに別の会社の AI に批判させる構成を思いついた。運営者はその構成を仕様書に書き起こさなかった。思いついた形のまま、疑問文で AI に渡した。
AI の返答は、組み込めること、渡すデータの量で費用が変わること、呼び出しの回数を数える必要があること、の三つだった。運営者はその返答を読み、実装すると決めた。
ここで確かめたいのは、この順序が偶然うまくいったのか、それとも誰でも繰り返せる型なのか、である。
02疑問文で渡すと、AI は答えではなく判断の材料を返す
完成した依頼を渡すと、AI はそれを実行する。疑問文を渡すと、AI はまず検討する。検討の結果として返ってくるのは、できるかどうか、何が必要か、いくらかかるか、どこで失敗しそうか、という判断の材料である。
この違いは小さくない。依頼を完成させる作業は、案が良いと決めた後でしか意味を持たない。疑問文は、その「良いかどうか」を決める材料を、作り始める前に集める手段になる。
| 見るところ | 完成した依頼で渡す | 疑問文で渡す |
|---|---|---|
| 最初に返ってくるもの | 成果物(コード・文書) | 実現性・必要なもの・費用・失敗しやすい所 |
| 案の良し悪しが分かる時点 | 作り終えた後 | 作り始める前 |
| 外れたときの損 | 作り直しになる | 捨てるのは問い 1 つ |
| 向く場面 | やり方が決まっている作業 | 目的はあるが手段が決まっていない案 |
03完成を待つと、捨てるべき案に時間を使ってしまう
閃きの段階で依頼を完成させようとすると、二つの損が出る。一つは時間である。仕様を書くには手段を決める必要がある。手段を決めるには調べる必要がある。調べた末に、案そのものが成り立たないと分かることがある。
もう一つは、閃きそのものが消えることである。完成させる手間が大きいと、試さないまま終わる案が増える。記録では、運営者は同じ週に、費用の見積もり、音声の選び方、実行環境の移し方など、性質の違う問いを次々に投げていた。問いの形なら、案を 1 つ試す手間は 1 行で済む。
Anthropic が公開している Claude Code の使い方の指針も、進め方が定まらないうちは実装させず、まず調べさせ、計画させることを勧めている。同じ指針は、探索の段階ではあいまいな問いが役に立ち、自分では思いつかなかった論点を引き出すことがある、とも書いている。
04ここでいう閃きとは、目的と手段を組み合わせた仮説である
閃きという言葉は広い。この連載では範囲を決めておく。閃きとは、「この目的に、この手段を組み合わせたら、うまくいくのではないか」という、まだ確かめていない仮説である。
目的
予測の精度、審査の手間、読者の理解など、変えたい結果。
手段
数値モデル、言語モデル、既存の記録、別の AI など。
仮説
目的と手段をつなぐ、まだ確かめていない見込み。
未確認のこと
実現性、必要なもの、費用、失敗しやすい所。
疑問文で渡すとは、この 4 つのうち、少なくとも目的と手段を 1 文に入れ、残りを AI に検討させることである。目的だけを渡すと、AI は何でも提案してしまう。手段だけを渡すと、何のための検討か分からない。
ここでいう閃きに入らないものもある。やり方が決まっていて、手を動かせば終わる作業である。その場合は疑問文にせず、完成した依頼で渡したほうが早い。
05資材審査の現場では、改善案を試す前の見積もりに効く
製薬企業の資材審査やメディカルの仕事でも、同じ型が使える。過去の指摘を分類すれば、よく出る指摘を事前に防げるのではないか。承認前の表現が紛れ込んでいないかを、AI に一次チェックさせたらどうか。こうした案は現場でよく出るが、試されないまま消えることが多い。
疑問文のまま AI に渡すと、案ごとに判断の材料が返ってくる。必要なデータがそろうか。社内の規程で AI に入れてよい情報か。何件以上なら手作業より速いか。審査の担当者が決めるべきことは、その材料を見て案を進めるかどうかであり、最初から仕様書を書くことではない。
生成 AI の効果を職場で測った研究では、顧客対応の担当者が AI の支援を受けると、1 時間あたりの解決件数が平均 14% 増え、経験の浅い担当者では 34% 増えた。同じ道具でも、効果の大きさは使う人と場面で変わる。閃きを早く確かめる使い方は、効果の出る場面を探す作業にあたる。
06疑問文は選択肢を広げるが、AI の同調も招きやすい
疑問文がうまく働く理由は、言語モデルが、与えられた前提から起こりうることを並べて検討するのを得意とするからである。目的と手段が 1 文にあれば、必要な部品、費用の単位、つまずきやすい所を順に書き出せる。
弱点もある。「〜したらどうか」という聞き方は、AI に賛成を促しやすい。言語モデルが利用者の考えに合わせた答えを返しやすい傾向は、研究でも確かめられている。Anthropic の研究者らによる 2023 年の論文は、この傾向が最新の AI アシスタントに広く見られ、利用者の考えに沿った答えを人の評価者が好むことがその一因だと報告している。
だから、疑問文で渡した案に AI が賛成したときは、その賛成をそのまま判断に使わない。賛成の理由と同じ数だけ、反対の理由を求める。そうすると、返ってくる材料の片寄りが小さくなる。
07明日からは、目的と手段を 1 文にし、四つの材料と反対の理由を返させる
手順は四つある。
- 目的と手段を 1 文にする。「〜のために、〜を使ったらどうか」と書く。仕様は書かない。
- 四つの材料を返させる。できるか、何が要るか、いくらかかるか、どこで失敗しそうか。
- 反対の理由を求める。続けて「この案をやめるべき理由を三つ」と頼む。
- 育てる・捨てる・保留を決める。育てると決めた案だけを、次の段階で完成した依頼に整える。
この四つの手順は、案 1 つにつき数分で終わる。捨てた案も、問いと返答を残しておけば、似た案が浮かんだときの材料になる。Anthropic の文書は、プロンプトを磨く前に成功の基準を決めておくことを勧めている。疑問文で返ってきた材料は、その基準を決める手がかりにもなる。
- 閃きは完成した依頼に整えなくてよい。目的と手段を 1 文にした疑問文で渡せば、AI は実現性・必要なもの・費用・失敗しやすい所を先に返す。
- 疑問文の価値は、作り始める前に案の良し悪しを判断できることにある。捨てる案に使う時間が減る。
- 疑問文は AI の同調を招きやすい。賛成の理由と同じだけ反対の理由を求め、育てるか捨てるかは人が決める。
AI と仕事をする最初の一歩は、きれいな依頼文を書くことではない。浮かんだ案を、まだ確かめていない仮説のまま問いにして渡すことである。AI はその問いに判断の材料で答え、決める役は人の側に残る。次の回からは、この問いをどう育て、どう言葉にし、どう仕組みに変えていくかを、段階を追ってたどる。
- Anthropic. Best practices for Claude Code. Claude Code Docs. https://code.claude.com/docs/en/best-practices
- Anthropic. Prompt engineering overview. Claude Developer Platform Docs. https://platform.claude.com/docs/en/build-with-claude/prompt-engineering/overview
- Sharma, M., Tong, M., Korbak, T., et al. Towards Understanding Sycophancy in Language Models. arXiv:2310.13548, 2023. https://arxiv.org/abs/2310.13548
- Brynjolfsson, E., Li, D., Raymond, L. R. Generative AI at Work. NBER Working Paper 31161, 2023(The Quarterly Journal of Economics, 2025). https://www.nber.org/papers/w31161