013,000体から約2万体へ
2026年1月、ダボス会議の前後、マッキンゼーのCEO Bob Sternfelsは自社の現状についてある数字を口にした。社内に約4万人の人間がいる。そして約2万体のAIエージェントがいる。1年半前、人間の数はほぼ同じで、エージェントは約3,000体だった。報道によっては2.5万体とも伝えられるが、CEOの発言ベースで約3,000から約2万という変化が18か月のあいだに起きたことは確かだ。
この数字を聞いて、まず思ったのは「比率」のことだった。ほぼ2対1。人間2人に対してAIエージェント1体という割合が、18か月でゼロに近いところから突然成立した。単なる自動化ツールの導入ではない。組織の構成員として数えられる存在が、人間の半数に達したという話だ。
2023年7月に全社展開された社内プラットフォーム「Lilli」は、その基盤にある。膨大な社内ナレッジと外部データを統合し、社員の約72%が日常業務で使う。エージェント数の急増は、このプラットフォームの上に積み上がった実用の厚みを示している。
02「1週間の答え」が「1時間の答え」になった
マッキンゼーでテクノロジー・AIのグローバルリーダーを務めるKate Smajeは、変化をこう表現した。従来、コンサルタントが最初の仮説を出すのに1週間かかっていた。それが今は1時間で出る。彼女は「week-one answer」が「hour-one answer」になったと言う。
この表現には、スピードの話だけでなく、思考の順序が変わったという含意がある。以前は仮説を立てる前に、データ収集・整理・可視化にかなりの時間を費やしていた。今はAIがその下準備を引き受けることで、人間が「問いを立てる」ところから着手できる。作業の量が減ったのではなく、作業の性質が変わった。
week-one answer が hour-one answer になった。 ── Kate Smaje, McKinsey Global Leader, Tech & AI
03PowerPointは「最終成果物」へ後退した
Kate Smajeはまた、PowerPointの利用が数か月で大きく変化したとも語っている。ただしニュアンスは重要で、「PPTが消えた」ではない。PPTは最終的に顧客に届ける成果物として残る。変わったのは、その手前にある実作業がAIツール上に移ったことだ。思考し、議論し、論点を整理する場所が変わった。
スライドを作ることは、一時期「コンサルタントの本業」と見なされていた。考えながらスライドを組む、という作り方が、実際に思考を鍛える側面もあったかもしれない。だが裏を返せば、スライドのレイアウトや体裁に費やす時間が、本来の思考から人を遠ざけてもいた。その均衡が今、崩れはじめている。
04スライドの束をウェブサイトに替えたコンサルタント
ある事例が印象に残っている。北米のケーブル会社を担当したコンサルタントが、分析・グラフ・表・テキストを束ねた数十のHTMLファイルを、AIの助けを借りてひとつの「クライアント可視化ハブ」として構築した。バージョンが乱立しがちな大量のスライドデッキの代わりに、リアルタイムで更新・共有できるウェブサイトを作ったわけだ。
これは単なる形式の話ではない。PowerPointのデッキは、送った瞬間に静止する。手元に届いたファイルと、次の会議の前夜に手直しした版が乖離する。そのズレを管理するコストは、誰も正直に計上してこなかった。可視化ハブはその問題を根本から変える試みだ。顧客とコンサルタントが同じ情報の上に立って対話できる。
05製薬の現場に引き寄せると
私がこの話に引っかかりを覚えるのは、製薬・医療の仕事との類似があまりに大きいからだ。メディカルアフェアーズの資材作成、規制当局への提出文書、社内の承認フロー。これらはすべて、大量の「スライドとWord文書」の上で動いている。そのかなりの部分が、データの整形・表の作成・体裁の統一に費やされている。
もし製薬の現場でも同じ転換が起きたとしたら、最初に変わるのはMSLがデータを引いて解釈を加える作業、メディカルライターが論文情報を要約して適応外使用の文脈に置く作業、あるいは安全性資料のバージョン管理だろう。「作業者」から「問いを立てる人」への移行は、製薬でも同じ方向に向かっているように見える。
06検証と記録という医療固有の重み
ただし、製薬・医療には一般のコンサルティングにはない制約がある。規制上の文書には版管理・電子署名・監査証跡が求められる。AIが生成した要約が最終的な医薬品情報として流通する場合、その生成プロセスが検証可能でなければならない。「AIが整理したから正しい」は医療の世界では通じない。
逆に言えば、AIが下準備を引き受けることで、人間の目がより深く「内容の正確さ」に向けられる可能性がある。書式と体裁に追われていた時間が、科学的根拠の吟味に使われるなら、それは患者にとっての利益でもある。問題はその移行をどう設計するかであり、AIに任せた部分とそうでない部分の境界をどこに引くか、だ。
製薬の監査で問われるのは「誰が決めたか」だ。AIエージェントの数がどれだけ増えても、その点は変わらない。人間が責任の主体であることは、医療の文脈では原理的に揺るがない前提でなければならない。
07「考える時間」を何に使うか
マッキンゼーの転換が示す最大の問いは、解放された時間をどう使うか、だと私は思う。「hour-one answer」が手に入るなら、残りの時間で何をするか。より深い問いを立てるか、より多くのクライアントを抱えるか、それとも単に短時間で同じ成果を出すことを良しとするか。
医療の現場でも、同じ三択が来る。AIが資材の草案を出してくれたとき、その時間で患者の文脈をより丁寧に考えるか、承認フローを早めることだけに使うか。問いの立て方次第で、同じ技術が全く異なる意味を持つ。
08コラム、問いを手放さずに
マッキンゼーの話は、規模も文脈も自分の職場とは違う。だが「スライドを作る仕事」に費やしてきた時間の意味を問い直すきっかけとして、これほど具体的な事例はなかなかない。3,000から2万という数字は、スペックでも広告でもなく、ある組織の働き方が実際に変わったという記録だ。
変化を「脅威」と読むか「問い直しの契機」と読むかは、読む側にかかっている。私はできれば後者でいたい。考えること、問い直すこと、その力を手放さないこと。それが、どんな時代であれ、コラムの核にあると思っている。