01類推と第一原理──二つの思考の重さ
マスクは思考の方法を二つに分ける。一つは「類推(analogy)による思考」。既存のものを参照し、少しだけ変えて適用する。認知負荷は低く、日常のほとんどはこれで足りる。もう一つが「第一原理(first principles)による思考」。物事をこれ以上分解できない基本事実まで砕き、そこからゼロで積み上げる。負荷は高いが、本質に至る。
類推思考を否定するつもりはない。先行事例の蓄積は知識の基盤であり、医療の世界でいえば既存のエビデンスを参照することは安全の要でもある。ただ、類推だけに頼ると「昔からそうだから今後もそう」という惰性が温存される。マスクが問題にするのはその惰性だ。
02バッテリー 600 ドル、素材に戻せば 80 ドル
有名な例がある。電気自動車のバッテリーパックは当時 1 kWh あたり約 600 ドルとされ、業界では「高い、昔からそうだ、今後もそうだ」という空気が支配していた。マスクはそこで立ち止まり、問い方を変えた。「バッテリーの構成素材は何か。コバルト、ニッケル、アルミ、炭素、セパレータ用ポリマー、鋼の缶──それぞれをロンドン金属取引所(LME)で調達したら合計いくらか」と。
計算すると、素材ベースのコストは約 80 ドル/kWh だった。600 ドルと 80 ドルの差は物理の制約ではなく、製造工程の問題だ、とマスクは見抜いた。その後、EVバッテリーパック価格は実際に大きく下落し、2023 年には約 128 ドル/kWh まで下がっている。第一原理に基づく「下げられるはずだ」という読みは、少なくとも方向として正しかった。
ここで重要なのは、マスクが「バッテリーは高い」という命題を物理法則と混同しなかった点だ。それは誰も問い直さなかった結果として成立していた前提に過ぎない。前提と物理法則の区別──これが第一原理思考の核心にある。
「価格などの『当然の前提』は物理法則ではなく、誰も問い直さなかった結果にすぎない。前提を疑い、基本事実から再構築せよ。」 ── イーロン・マスク(Startup Archive)
03製薬実務に引きつけると
「添付文書にそう書いてあるから」という言葉を、私は何度聞いただろう。それ自体は正しい態度だ。規制文書は慎重に読む必要があるし、逸脱は患者への危害につながる。ただ、添付文書の記載がなぜそうなっているのか──どの試験デザインで、どのサンプルサイズで、どの主要評価項目で導かれた結論なのか──を遡って問うことと、記載を単に遵守することは、別の行為だ。
エビデンスの根拠を素材レベルまで分解する姿勢は、第一原理思考そのものと言える。「A薬は〇〇に有効」という命題も、試験集団・投与量・追跡期間・アウトカム定義という構成要素に砕いてみると、適用範囲の限界が見えてくる。バッテリーを素材に戻したように、エビデンスを試験設計に戻すことで初めて「この前提は一般化できるか」を問える。
04資材構成と「昔からこうだった」
医療コミュニケーションの実務でも同様の惰性はある。製品説明会の資材構成、情報提供の順序、使用するグラフの形式──「昔からこうだったから」という理由で継続されているものが少なくない。それは類推思考の積み重ねだ。
第一原理で問い直すなら、「この医師に今この情報を届けることの目的は何か」「そのためにこの順序と形式は最適か」から始まる。目的から逆算して構成を再設計する機会は、リソースと時間が許す範囲でなら持てるはずだ。ガイドラインの根拠を一次文献まで遡り、「なぜこの推奨なのか」を理解した上で資材を組む──そういった姿勢の積み重ねが、類推の惰性からの脱却につながると思っている。
05コストと摩擦──第一原理思考の現実
ただし、美化するつもりはない。第一原理思考にはコストがかかる。バッテリーの素材コストを計算するためにも、時間と専門知識と計算が必要だった。すべての前提を毎回ゼロから問い直していたら、組織は動かない。
現実の業務では、どこに第一原理のコストをかけるかを選ぶ判断そのものが重要になる。また、組織の中で第一原理的な問いを立てると「なぜ余計なことを掘り返すのか」という摩擦が生じることもある。マスクが語るのは個人の思考法だが、組織で実践するには社会的なコストも伴う。その点を見落とすと、第一原理思考は单なる反論の道具に堕ちる。
06濫用の危うさ──「基本に戻れ」の罠
さらに注意が必要なのは、「第一原理」という言葉の濫用だ。何かを変えたいときに「これは誰も問い直していない前提だ」と言えば、それだけで既存の知見やルールを無効化できるような印象を与えることがある。しかし、医療においては積み上げられたエビデンスと規制の枠組み自体が、過去の失敗から学んだ結果として存在している。
素材コストの計算と、臨床試験のデザイン基準は、分解の性質が異なる。前者は物理・化学の計算で直接検証できる。後者は倫理、統計的妥当性、患者安全という複数の制約が絡み合っており、「原理に戻れば簡単にできるはず」という論理には必ずしも従わない。第一原理思考は強力な問い直しの道具だが、既存の慣行がなぜそこに至ったのかの理解なしに振りかざすと、本質ではなくノイズを切り始める。
07問いの粒度を持つということ
結局のところ、マスクの思考法から学べる最も実践的なことは、「問いの粒度を持つ」という習慣ではないかと思う。「高い」という結論ではなく、「何がどの程度の割合でそのコストを構成しているか」を問う。「有効だ」という結論ではなく、「どのエンドポイントでどの集団で有効だったのか」を問う。
そのような問いを立てる力は、製薬・医療の仕事でも地道に使える。一度すべてを疑う必要はなく、疑うべき箇所を選ぶことの方が現実的だ。たまに立ち止まり、ある前提が物理法則なのか惰性なのかを問い直す──その習慣だけでも、思考の解像度はかなり変わる。
コラム。問いを持って日々を過ごすことが、少しずつ視界を開いてくれると信じている。