01数字で見る 2025-2026 ── AI 創薬の現在地

173+臨床試験中 AI 由来候補
80-90%早期 Phase I 成功率 (従来 52%)
$2.6B市場規模 (2026 予測)
1000xAlphaFold3 結合予測高速化

ここで言う「Phase(フェーズ)」とは、薬を人で試すときの段階のことです。少人数で主に安全性を見るのが Phase I、もう少し人数を増やして効くかどうかを見始めるのが Phase IIa、最後に大人数で本当に効くかを確かめるのが Phase III です。番号が大きいほど後の段階で、患者さんの数も多くなります。

注目したいのは、最初の Phase I を通過する割合が 80〜90% という数字です。これまでの薬づくりでは Phase I を通過できるのは半分ほど(52% 程度)でした。AI が候補を選ぶ精度を高めた結果、最初から 「人で効きそうな見込みの高いもの」だけが選ばれている、ということを表しています。

02Insilico Medicine ── 生成 AI 創薬の最前線

過去 1 年で最も象徴的な進展が、Insilico Medicine の rentosertib です。

これは「薬が 1 つ成功した」だけの話ではありません。AI が、薬で狙う相手を見つける(標的を探す)→ その相手に合う候補のもとになる物質(リード化合物)を設計する → 人で試す候補を選ぶ、までを担当し、人間の研究者は後半の確認作業に集中するという、新しい薬づくりのやり方が、初めて表に出た成功例なのです。

03大手製薬の動き ── 提携と買収の活発化

2025〜2026 年は、大手の製薬会社が AI 創薬を「様子見」から「本格的に使う」へ切り替えた 1 年でもありました。下に主な提携・買収を並べます。

Pfizer × Boltz

大型の AI モデルでの提携。Boltz が持つ「タンパク質の立体的な形を予測する AI」を、Pfizer の薬づくりの流れに組み込みました。タンパク質の形が分かると、そこに合う薬を設計しやすくなります。

Bayer × Cradle

Cradle の「タンパク質を設計する AI」を採用。狙った働きをするタンパク質を作りやすくなり、抗体(体内で異物を捕まえるタンパク質)を使う薬の候補を、より広く探せるようになりました。

Eli Lilly × NVIDIA

薬づくり専用の大型計算設備(AI ファクトリー)を一緒につくる連携。NVIDIA の高性能な計算チップ(H100/H200 GPU)をたくさん並べ、AI を高速に動かすための土台を整えました。

Recursion × Exscientia (買収)

2025 年に Recursion が Exscientia を買収しました。AI で薬を探す会社どうしが一つになったことで、AI で薬の候補を設計する力と、「表現型スクリーニング(細胞に候補を片っ端から試して、見た目や働きの変化から効きそうなものを探す方法)」の力を合わせた、大きな研究体制が生まれました。業界の再編を象徴する動きです。

04技術的ブレークスルー ── AlphaFold3 / OpenFold3

AlphaFold3(Google DeepMind / Isomorphic Labs が開発)と、その公開版にあたる OpenFold3 は、2024 年後半に発表され、2025 年から研究現場で本格的に使われ始めました。これらは「タンパク質などの分子がどんな立体的な形になるか」を AI で予測する道具です。

この結果、AI は 狙う相手を見つける → 候補を磨き込む → 人での試験を設計するまでを、ひとつながりで速められる段階に入りました。

05残る課題 ── Phase III データと規制承認

課題現状解決見込み
Phase III データ不足Phase IIa 成功まで多数、Phase III 完了は限定的2026-2027 年に複数の Phase III 結果が出る見通し
初の "完全 AI" 承認FDA 等の承認に AI 由来であることの明確な記載例はまだない2026-2027 年に最初の事例予測
規制ガイドラインFDA、EMA、PMDA で AI 由来創薬の評価フレームを整備中2026-2027 年に各国でガイドライン確定
データバイアス訓練データの偏りが特定患者集団で効果差を生む懸念多様性データセット構築の取り組み進行中
IP・特許の扱いAI が設計した化合物の特許性に法的議論ありUSPTO 等で判例蓄積中

業界予測では、2025-2030 年に 200 以上の AI 関連承認 が見込まれ、製薬の R&D パラダイムを根本から変革すると見られています。

意義: 開発期間短縮 (従来 10-15 年 → AI 由来は 5-7 年予測) とコスト低減 (1 化合物開発が従来 $1-2B → AI 由来で $300-500M 予測) の効果は明らか。これが現実化すれば、希少疾患・難治疾患への投資判断が大きく変わります。

06製薬業界の構造変化 ── R&D パラダイムの再定義

AI 創薬の進展は、製薬業界の R&D 構造そのものを変えつつあります。

日本の製薬企業への示唆: 武田、第一三共、アステラスなどは AI 創薬への投資を本格化させていますが、米国・中国に比べると速度で見劣りします。提携先選定、社内 AI 研究組織の構築、規制当局との対話 ── 今後 2-3 年で、業界内のポジションが決まります。

07関連動向との接続

AI 創薬は、他の動向と接続しています。

結びに

過去 1 年は、AI 創薬が "実験段階" から "臨床検証段階" へ移行した、業界にとって決定的な 1 年でした。Insilico の rentosertib Phase IIa 成功は、生成 AI が設計した分子が実際に人体で動くことを示した、最初の公開された事例です。

製薬業界にとって AI は、もはや "作業を速くする道具" にとどまりません。"薬づくりの仕組みそのものを作り直す変化" です。開発に 10 年、数十億ドルかかり、しかも失敗が多い ── という従来の薬づくりが、AI によって期間も費用も大きく下がる。その時代が本格的に来た、というのが過去 1 年の結論です。

次の 5 年で、業界内の構造的地位が決まります。AI 創薬への投資、提携、社内体制構築 ── これらの判断を今行えるか否かが、5 年後の景色を決めます。

参考情報源

  1. HUSPI 「AI Drug Discovery State of the Art 2026」
  2. Drug Target Review 「AI in Drug Discovery: 2025 Annual Report」
  3. Insilico Medicine 公式発表 (rentosertib Phase IIa 結果)
  4. 各社プレスリリース (Pfizer-Boltz, Bayer-Cradle, Eli Lilly-NVIDIA)
  5. Google DeepMind / Isomorphic Labs (AlphaFold3 発表 2024)