薬害の歴史 ── 世界の薬害事件を、規制と教訓の視点から読む
薬害は、ただの "失敗" ではなく、その後の医薬品規制を形づくった出来事です。 どの事件が、何を変えたのか。海外の古典 → 日本の薬害の歴史 → 現代のスキャンダルの順で並べた項目一覧から、業界の "なぜ今こうなっているのか" を逆引きできるように作っています。 各項目の解説は、検証を通過したものから順次このページ上で公開予定。
海外古典 — 規制の土台を作った事件
01
スルファニラミドエリキシル事件1937 / 米国
ジエチレングリコールを溶媒に使ったシロップ薬で 100 名以上が死亡。連邦食品医薬品化粧品法 (FDCA, 1938) の成立を促した、近代医薬品規制の出発点。
古典
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02
サリドマイド事件1957–1962 / 世界
睡眠薬・つわり止めとして世界 46 か国で処方され、約 10,000 名の胎児に四肢欠損 (アザラシ肢症) が発生。1962 年 Kefauver-Harris 修正 (米) と 1979 年薬事法大改正 (日本) を生んだ、史上最大の薬害事件。
古典
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03
DES (ジエチルスチルベストロール) 事件1940s–1971 / 米国ほか
流産防止薬として処方された合成エストロゲン。胎内曝露を受けた女児に若年性の腟明細胞腺癌が多発したことが後年判明。世代を超える毒性 (transgenerational harm) という概念を社会に突きつけた。
古典
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日本の薬害の歴史
04
スモン (SMON) 事件1955–1970年代 / 日本
整腸剤キノホルムによる亜急性脊髄視神経症。約 11,000 名の被害者を出し、日本の薬事行政・市販後安全対策 (PMS) の制度設計の原点となった事件。
日本
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05
薬害エイズ事件1980年代 / 日本
非加熱血液凝固因子製剤に HIV が混入し、血友病患者約 1,800 名が感染。行政・企業・医師の不作為が問われた、日本の薬害の歴史で最大級の社会的衝撃。
日本
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06
薬害肝炎事件1980年代–2000年代 / 日本
出産時止血等に使われたフィブリノゲン製剤などから C 型肝炎ウイルスが感染。被害者は 1 万人規模と推定。救済法制定 (2008) と、生物由来製品の規制強化につながった。
日本
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07
薬害ヤコブ病事件1980年代–1990年代 / 日本
脳神経外科手術で用いられたヒト乾燥硬膜 (ライオデュラ) から、致死性のクロイツフェルト・ヤコブ病が伝播。日本は世界最多の患者を出し、生物由来製品の感染症リスク管理の出発点となった。
日本
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08
イレッサ (ゲフィチニブ) 事件2002年– / 日本
「副作用の少ない夢の新薬」として承認された肺がんの分子標的薬。間質性肺炎による死亡が相次ぎ、市販直後調査 (EPPV) の強化につながった。司法は最終的に国・企業の責任を認めず。
日本
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現代の薬害・スキャンダル
09
Vioxx (ロフェコキシブ) 事件1999–2004 / 米国
COX-2 選択的阻害薬。心血管リスクを示すデータの開示が遅れ、世界で数万人規模の心筋梗塞・死亡を招いたとされる。企業のデータ開示倫理の象徴的事件。
現代
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10
オピオイド危機1996年– / 米国
Purdue Pharma の OxyContin 等、強力なオピオイド系鎮痛薬の積極販売により、米国で年間 8 万人超のオピオイド関連死。企業の販促姿勢と規制当局の限界が同時に問われ続けている。
現代
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