2026年9月2日、米ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)は、企業が導入する AI の生産性監視システムに「良い働き手」と判定されることが、働く人の評価を左右し始めたと報じた。AI が働きぶりを採点するとき、測られているのは仕事の質なのか、それとも働いているように見えることなのか。答えを先に言えば、活動量を採点の目標にした時点で、人は見え方を装い、指標は質を映さなくなる。監視が役に立つのは、何をなぜ測るかを先に決めて示すときだけだ。

01AIが働きぶりを採点し、社員は採点に合わせて振る舞いを変えている

WSJ のカラム・ボーチャーズ記者の記事は、一つの認識から始まる。企業が入れた AI に良い働き手と見なされることが、いまの職場では重要になっている。記事はそのうえで、優秀に見せるための多少の駆け引きを、働く側の現実的な対応として扱う。

監視の広がりは、調査でも確かめられる。米国心理学会(APA)は2023年、米国の働く成人 2,515 人に尋ねた。51% が、勤務中に雇用主が技術で自分を監視していると答えた。半数の人にとって、監視は職場の前提になっている。

ここで確かめたいのは、駆け引きの上手下手ではない。AI が点数にしているのは、仕事の質なのか。それとも、働いているように見えることなのか。点数が質を映しているなら、駆け引きで点数を上げる余地は小さい。駆け引きが語られること自体が、点数が質以外のものを拾っている手がかりになる。

02活動量が目標になった時点で、指標は仕事の質を映さなくなる

測れるものを目標にしたとき何が起きるかは、半世紀前から書かれてきた。英国の経済学者チャールズ・グッドハートは1970年代にこう述べた。観察された統計上の規則性は、管理の目的で圧力をかけた途端に崩れる傾向がある。人類学者マリリン・ストラザーンは、これを一般化した。指標が目標になると、それは良い指標でなくなる。

社会科学者ドナルド・キャンベルも、同じ現象を別の言葉で書いた。量的な指標が社会の意思決定に使われるほど、指標はゆがめる圧力を受ける。そして、測ろうとした過程そのものをゆがめる。

AI の業務監視は、この現象が起きる条件をそろえている。端末の操作、在席、送ったメッセージの数は、どれも機械で数えやすい。数えやすい活動が点数になり、点数が処遇に使われる。すると、仕事を良くするより点数を上げるほうが早い場面が生まれる。

図 1 活動の採点が目標になるまで
目標になる活動量をAIが採点操作・在席・連絡処遇に使われる見え方を装う操作の擬装など指標が質を映さない評価と判断を誤る目標になる活動量をAIが採点操作・在席・連絡処遇に使われる見え方を装う操作の擬装など指標が質を映さない評価と判断を誤る
採点そのものより、採点が処遇に使われて目標になる段で行動が変わる。変わった行動が指標を満たすほど、指標は仕事の質から離れる。

点数を上げる行動は、すでに記録に残っている。米金融大手ウェルズ・ファーゴは2024年、十数人の社員を解雇した。キーボードの操作を模して働いているように見せかけた、との申し立てを調べたうえでの処分だった。米国の証券業の自主規制機関 FINRA への届出にそう記され、業界紙 AdvisorHub が報じた。マウスを自動で動かす機器を使ったかどうかは、分かっていない。分かっているのは、活動の記録そのものを装う行動が起き、解雇にまで至ったことだ。

03監視が成果を上げる証拠は乏しく、不信とストレスの証拠は多い

装う行動が起きても、監視が全体として成果を上げるなら、費用として割り切る考え方もありうる。しかし、監視を入れる側の期待を研究と突き合わせると、その前提は支えられていない。

中心になる証拠は、2023年に学術誌 Personnel Psychology に載ったメタ分析である。米国の研究者らは、電子的な業績監視の研究から 94 の独立した標本を集めて統合した。一つの職場の事例ではない。多数の研究をまとめた結果である。

見るところ監視を入れる側の期待調査・研究が示したこと
成果監視すれば成果が上がる94 標本・延べ 23,461 人の統合で、成果が上がる証拠は見つからなかった(監視下の本人の 57% は「生産性が上がる」と自己申告)
信頼見えれば安心して任せられる監視されている人の 51% が、信頼されていないと感じている
規則監視が違反を抑える監視された社員のほうが、無断の休憩や指示の無視などの違反が多かった
負担想定されていない監視があること自体が、やり方にかかわらずストレスの増加と結びつく(監視下の 48% がストレスを感じる)

表で最も重いのは、規則の行である。監視は、違反を抑えるために入れられることが多い。ところがハーバード・ビジネス・レビューに載った研究は、逆の向きを示した。導入の理由として最も説明しやすい期待が、最も強く否定されている。

この突き合わせが今要るのは、監視が記録から AI の推定と採点へ移り、規制がその段を名指しし始めたからだ。同じメタ分析は、透明で踏み込みの少ない監視ほど、働く人の態度が良いことも示した。結果を分けるのは、監視の有無より設計である。

04EUは職場の感情推定を禁じ、業績の監視を高リスクに分類した

ここでいう AI の業務監視は、活動を記録するだけの仕組みではない。記録から働きぶりを推定し、点数や順位にする。その点数を、評価や仕事の割り振りに使う。記録の段と推定の段を分けると、規制がどこに線を引いたかが見える。

最も明確な線を引いたのは EU である。2024年に成立した AI 法は、職場と教育機関で人の感情を推定する AI の使用を禁じた。医療や安全のための用途は除く。この禁止は2025年2月2日から適用されている。違反には、最大 3,500 万ユーロか、企業なら世界の年間売上高の 7% の、高いほうの制裁金が科されうる。

感情の推定に至らない監視は、禁止ではなく管理の対象になる。AI 法は、働く人の業績や行動を監視・評価する AI を高リスクに分類した。行動や性格にもとづいて仕事を割り振る AI も同じである。こうした AI を職場で使う雇用主は、使い始める前に、労働者の代表と対象の働く人に知らせなければならない。この義務は当初、2026年8月2日から適用される予定だった。2026年7月に官報に載った改正規則で、2027年12月2日に延びた。

日本

個人情報保護委員会が、個人データを扱う従業者のモニタリングの留意点を Q&A で示している。重要な事項を定めるときは、労働組合などに通知し、必要に応じて協議することが望ましいとする。

米ニューヨーク州

2022年5月7日から、電子的な監視を行う雇用主は、採用時に書面で知らせ、本人の確認を得て、目に付く場所に掲示しなければならない。違反には 1 回目 500 ドルからの民事罰がある。

三つの法域に共通するのは、順番である。何を測ってよいかを細かく決める前に、越えてはならない線と、対象の人に知らせる手順を置いた。AI が何を点数にしているかを働く人が知る手がかりを、制度として用意しようとしている。

05資材審査のモニタリングは、活動の量ではなく適切さを見る

製薬企業で販促資材を作り、審査し、使う人にとって、モニタリングは新しい言葉ではない。厚生労働省は2018年、「医療用医薬品の販売情報提供活動に関するガイドライン」を出した。ガイドラインは、資材と活動の適切性をモニタリングする部門を、担当部門から独立させて社内に置くよう求めている。資材は使われる前にこの監督部門の審査を受け、審査・監督委員会の助言を踏まえて承認される。

見るところ活動量の監視販提 G のモニタリング
見る対象端末の操作・在席・連絡の記録資材と情報提供活動の適切性
見る人導入したシステムと管理者担当部門から独立した監督部門
評価への反映活動の多さ適切な活動を行ったか、行わせたか

二つは同じ言葉で呼ばれるが、目的が違う。ガイドラインが役員と従業員の評価に反映させるのは、適切に行ったかどうかである。どれだけ活動したかではない。AI の業務監視が審査の現場に入るとき、この区別が消えれば、審査の仕事は活動量で測られる。

活動量で測ると、審査の仕事の中心がこぼれ落ちる。審査担当者は、資材の表現と根拠の論文を読み、承認された範囲とのずれを判断する。その多くは、機械で数えやすい活動として現れない。

根拠を読む時間

文献を読んでいる間、端末の操作はほとんど生じない。数えれば、最も重要な時間が空白になる。

差し戻しの判断

半日かけて根拠を確かめた一件も、件数では一件と数えられる。

見逃しの有無

重要な見逃しは、指摘の件数にも処理の速さにも表れない。

懸念は、AI が審査担当者を怠けていると誤って判定するかどうかではない。活動量で採点された審査部門では、速く多く処理する行動が報われる。時間をかけて見逃しを減らす行動は報われない。これは、ガイドラインが監督部門に求める役割と逆の向きである。AI リテラシーとして持っておきたいのは、一つの習慣だ。AI の点数を見たら、それがどの信号から作られたかを確かめる。

06質が見えにくい仕事ほど、見えやすい活動が代わりに採点される

活動量が採点される理由は、評価する側が仕事の質を直接見られないことにある。Microsoft は2022年、11 か国の 20,006 人を調べた。経営者の 85% は、ハイブリッド勤務への移行で、社員が生産的かどうか確信を持ちにくくなったと答えた。社員の 87% は、自分は生産的だと答えた。報告は、労働時間や会議の数といった活動の指標が、むしろ増えていたことも示した。一部の組織が、影響ではなく活動を追跡しているとも指摘している。

質が見えない相手に成果を示すには、見える活動を増やすのが早い。評価する側は見える活動で判断し、評価される側は見える活動を増やす。キャンベルが書いたとおり、指標が処遇に使われるほど、指標は測ろうとした過程をゆがめる。

図 2 一つの設計から出る三つの副作用
活動量で処遇を決める活動の擬装操作を装い解雇に至った例規則破りが増えるHBR 2022 の研究不信とストレスAPA 2023 の調査活動量で処遇を決める活動の擬装操作を装い解雇に至った例規則破りが増えるHBR 2022 の研究不信とストレスAPA 2023 の調査
三つはどれも、監視の精度ではなく、活動量を処遇に結びつける設計から出ている。

監視された社員ほど規則を破ったという研究がある。監視下の半数が信頼されていないと感じるという調査もある。別々の研究だが、同じ向きを指している。監視は働く人の側で不信の表明として受け取られ、その受け止めが次の行動を変える。擬装も規則破りもストレスも、監視の精度を上げれば片づく課題ではない。活動量を処遇に結びつける一つの設計から、三つが同時に出ている。

07測る目的を先に書いて示し、読む時間を非活動と数えない

監視を入れる組織が踏む順番は、次の図になる。個人情報保護委員会の Q&A が挙げる留意点に、審査部門が自分で足すべき一段を加えたものである。

図 3 監視を入れる組織が踏む手順
目的を特定する規程に書き本人に示す質の指標を選ぶ読む時間を除外しない運用を確かめる結果を本人に返す目的を特定する規程に書き本人に示す質の指標を選ぶ読む時間を除外しない運用を確かめる結果を本人に返す
目的・規程・運用の確認は個人情報保護委員会の Q&A が挙げる点で、質の指標を選ぶ段はそこに無い。審査の部門が自分で足す段になる。

足した一段は、仕事の質の指標を選ぶ段である。審査部門なら、候補は三つある。指摘は妥当だったか。承認後に見逃しが見つかったか。差し戻した点が、次の資材で繰り返されていないか。読む時間を非活動と数える指標は、候補から外す。AI の点数は、人がこれらを確かめる材料にとどめ、それだけで処遇を決めない。

働く側にも決めておくことがある。審査の判断とその根拠を記録に書くことは、評価する人に質を見えるようにする行動である。装うこととは違う。一方で、活動の信号そのものを作り出せば、記録を偽ったのと同じ扱いを受けうる。ウェルズ・ファーゴの件が示したのは、その帰結である。

点数が仕事と合わないと感じたら、装うのではなく尋ねる。何が、どの目的で測られているのか。尋ねる先は、規程と責任者である。私は、駆け引きを磨くより、この質問を職場で口にできることのほうが、AI と働く時代の実務の力だと考える。知らせる義務は、前の節で見た制度がすでに定め始めている。

Key Points ── 持ち帰る 3 つ
  1. AI の業務監視が測りやすいのは活動量で、仕事の質ではない。活動量が評価の目標になると人は見え方を装い、指標は質を映さなくなる。94 の標本を統合した研究も、監視が成果を上げる証拠を見つけていない。
  2. 規制は、禁止の線と知らせる義務から固まりつつある。EU は職場の感情推定を禁じ、業績の監視・評価に使う AI を高リスクとした。その義務は改正で2027年12月2日から適用される。日本では個人情報保護委員会が、目的の特定と明示を含む留意点を示している。
  3. 販売情報提供活動ガイドラインのモニタリングは、活動の量ではなく適切さを見る。審査の質を守るには、読む時間を非活動と数える指標を入れず、結果の質で評価し、働く側は信号を装わずに測られている中身を尋ねる。
結語

AI が採点しているのは、多くの場合、仕事の質ではなく働いているように見えることだ。見え方を装う駆け引きは、質を測れない監視の設計に対する反応である。答えは、装う技術の上達ではない。何をなぜ測るかを先に決め、対象になる人に示すことだ。資材審査の部門にとっては、それが審査の質を点数から守る条件になる。

出典·参考文献
  1. The Wall Street Journal(日本版). AIによる業務監視、従業員が出し抜くには(Callum Borchers). 2026-09-02.(本コラムの起点。有料記事のため、前提の要約にとどめた)
  2. American Psychological Association / The Harris Poll. 2023 Work in America Survey: topline data. 2023.(米国の働く成人 2,515 人。監視されている割合と、監視下の人の受け止め)
  3. Ravid, D. M., White, J. C., Tomczak, D. L., Miles, A. F., & Behrend, T. S. A meta-analysis of the effects of electronic performance monitoring on work outcomes. Personnel Psychology, 76, 5–40. 2023.(94 標本・23,461 人のメタ分析)
  4. Thiel, C., Bonner, J. M., Bush, J., Welsh, D., & Garud, N. Monitoring Employees Makes Them More Likely to Break Rules. Harvard Business Review. 2022-06-27.(監視された社員の規則違反。アリゾナ州立大学の要約で内容を確認)
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  8. 欧州連合. Regulation (EU) 2024/1689(AI 法)第 5 条 1 項 (f)・第 26 条 7 項・第 99 条 3 項・附属書 III 第 4 項、および改正規則 (EU) 2026/1744(Digital Omnibus on AI). 官報 2024-07-12/2026-07-24.(職場の感情推定の禁止、高リスクの分類と通知義務、適用日の延期)
  9. 個人情報保護委員会. 「個人情報の保護に関する法律についてのガイドライン」に関する Q&A(Q5-7). 2026-09-12 閲覧.(従業者のモニタリングの留意点)
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  11. New York State Senate. New York Civil Rights Law § 52-c (Employers engaged in electronic monitoring). 2022-05-07 施行.(採用時の書面通知・本人の確認・掲示)