01AI Agent とは何か ── マーケティング文脈で正確に定義する

この回で扱う「AI Agent(エージェント)」を、最初にはっきり決めておきます。エージェントとは「代理人」という意味です。マーケティングの文脈で AI Agent とは、あなたの代わりに、Web サイトやアプリ、API(ソフト同士がデータをやり取りする窓口)を相手にやり取りし、調べる・くらべる・決める・実際に手続きする、までを一気に進める AI のことです。決まった答えを返すだけの「チャットボット」とも、決まった作業をくり返す「自動化スクリプト」とも違います。何がどう違うのか、四点に整理します。

違い 1 ── 自分で段取りを組む
ただの自動化は「決められた手順をくり返す」だけ。AI Agent は「与えられたゴールを自分で小さな作業に分け、順番を考えて進める」。たとえば「来月の Web 広告を最適化せよ」という大ざっぱな指示を、媒体えらび → 広告の入稿 → 入札額の調整 → 配信結果の確認、へと自分で分けていく。
違い 2 ── 自分で手を動かす
これまでの AI は「質問に答える」だけ。Agent は「ブラウザを開き、入力欄を埋め、支払いまで実行する」。Anthropic(クロードを作る会社)の Computer Use や、OpenAI(チャットGPTを作る会社)の Operator は、文字どおり画面に映ったものを読み取って、マウスやキーボードの操作を返す。
違い 3 ── 覚えていて、次に活かす
会話が終わっても記憶を持ち越し、過去の購入や値段交渉のやり取り、好みを覚えていて、次の判断に使う。顧客管理(CRM=顧客情報をためる仕組み)の相手が「お客さん本人」から「お客さんのエージェント」に変わっていく。
違い 4 ── 誰が責任を負うのか
Agent が下した判断は、利用者・サービス提供者・Agent を作った会社 (Anthropic/OpenAI/Google) のうち、誰が責任を持つのか。これまでの「責任の線引き」では割り切れない新しい問題が出てくる。第 8 節でくわしく扱う。

この四点がそろって初めて「AI Agent」と呼ぶ意味があります。逆に、これらを満たさないものまで「Agent」と呼ぶと話が混乱します。このシリーズでは、段取り+実行+記憶+責任 の四つがそろった AI だけを Agent と呼びます。

02Agentic Commerce ── Claude / Operator / Mariner が描いた現実

2024 年 10 月、Anthropic が Computer Use を公開しました。これは、AI(Claude 3.5 Sonnet の新版)に「画面のスクリーンショットを見て、どこをクリックするかを返す」力を与えたものです。ほぼ同じ時期に、OpenAI は ChatGPT Operator(有料プラン向け、2025 年 1 月)、Google は Project Mariner(ブラウザに追加して使う拡張機能、2024 年 12 月)を発表しました。大手三社がそろって「ブラウザを自分で操作する AI」を実際のサービスとして売り出したのです。これは試作デモではなく、お金を払えば使える商品です。

その先で、買い物そのものを Agent に任せる動きが Agentic Commerce(エージェントによる商取引) として始まっています。Amazon の Rufus は商品さがしを会話形式に置きかえ、Salesforce の Agentforce は企業向け営業の最初の接触を Agent に任せます。決済サービスの Stripe が 2025 年に公開した Agent Toolkit と、Anthropic の Claude Agent SDK を組み合わせると、Agent が支払いの窓口(決済 API)を自分で呼び出して会計まで済ませる作りが、当たり前になりつつあります。

この流れは、マーケティングをする側に四つの新しい現実を突きつけます。

現実 1 ── 訪問者の中身が変わる
Web サイトに来るのが「人」だけでなく、「Agent がページの中身を機械的に読み取る」ケースが増える。Agent は人と違って、ページの滞在時間や見た目の演出を気にしない。機械が正確に読み取れる情報の作り方 が、そのまま成約(CV=サイトで実際に申し込み・購入してもらうこと)に効くようになる。
現実 2 ── くらべる作業が自動化される
Agent は数秒で 50 サイトをくらべられる。値段・性能・口コミの要点をまとめ、人には「上位 3 つ」だけ見せる。Agent の評価のものさしに引っかからない商品は、人の目に触れる前に消えてしまう。
現実 3 ── 決定そのものを任せる
「ホテル予約」「日用品の買い足し」「保険の見直し」くらいなら、Agent だけで終わる場面が増える。人が間に入らない取引が増える。すると、マーケティングが説得すべき相手は、人と Agent の両方になる。
現実 4 ── 評価のされ方が変わる
Agent は文章よりも、整理されたデータ(構造化データ=項目ごとにきちんと分けて機械が読める形にしたもの)を好む。検索対策(SEO)の狙いは「人の検索結果に出る」から「Agent が参考にするネタ元に選ばれる」へと変わる。AI が読み取りやすいコンテンツが、長い目で見た訪問者数を決める。

製薬の現場でいえば、医師や薬剤師が「○○という薬の効くしくみをくらべたい」と AI Agent(たとえば Claude や ChatGPT の Operator モード)に頼んだとき、その Agent が見に行くのは PMDA(医薬品医療機器総合機構)の添付文書、各社の製品サイト、医学論文 (PubMed)、製薬協のガイドラインです。Agent にきちんと見つけてもらい、機械が読める形で正しく読み取られるか。この作り込みが、これからの医療従事者向け Web で最優先の課題になります。

03Agent-to-Agent (A2A) マーケティング ── 新しい交渉の場

第 2 節までで「人 → Agent → 商品」という流れが見えました。その先には、「あなたの Agent ↔ 売り手の Agent」がじかにやり取りする 世界 ── A2A(Agent-to-Agent、エージェント同士)の世界が始まっています。Anthropic が 2024 年 11 月に公開した MCP(Model Context Protocol) は、Agent が外部の情報やツールに安全につながるための共通ルール(コンセント口のような規格)です。Google が 2025 年に発表した A2A プロトコル は、Agent 同士が情報をやり取りして会話するための共通ルールです。どちらも、機械同士が同じ作法で話せるように決めた約束ごとと考えてください。

A2A マーケティングの典型例を、製薬の文脈に翻訳します。

シナリオ A ── 病院の購買 Agent
病院で薬を仕入れる部門が AI Agent を動かし、メーカー各社の Agent と、値段・納期・在庫を毎週やり取りする。MR(製薬会社の営業)が訪問する代わりに、Agent 同士が短時間で複数の案をくらべ、薬剤部に最終 3 案を見せる。MR の仕事は「Agent では拾えない事情」(その医師の治療上の好み、臨床試験の進み具合) を補う役割に変わる。
シナリオ B ── 医師の判断を助ける Agent
医師が患者のカルテを見ながら AI Agent に「この患者に合う治療の選択肢をくらべて」と頼む。Agent はガイドライン、最新の論文、自社・他社の添付文書を機械的に読みくらべ、選択肢を出す。製薬会社の伝えたいことは、医師に届く前に Agent というふるいを一度通る
シナリオ C ── 患者の服薬を支える Agent
患者が「副作用がつらい」と相談すると、Agent は (1) 添付文書の警告を確認 (2) 担当医に連絡を送る (3) 同じ症状の他の患者の対処法を名前を伏せてまとめる。製薬会社の患者支援プログラム(Patient Support Program)は、Agent とデータをやり取りできる作り(API 連携)が欠かせない条件になる。
シナリオ D ── 規制対応の Agent
製薬会社の法令順守(コンプライアンス)担当 Agent が、PMDA からの問い合わせ、業界の自主ルールの更新、競合の販促物をたえず見張り、自社の販促物とズレがないかを自動でチェックする。資材審査の担当者は「Agent では判断しきれない、倫理的にきわどい部分」に力を注ぐようになる。

こうした Agent 同士のやり取りが当たり前になると、マーケティング担当者の仕事は 人が読む販促物を作ること から Agent が読む情報の窓口やデータの作り込み(API、機械が読める構造化データ、MCP サーバなど)へと重心が移ります。これは大げさな未来予想ではなく、Amazon・Shopify・Salesforce がすでに取り組んでいる現実です。

04SGE と AI Overview ── 検索が「回答」になる地殻変動

Agent の話に入る前に、もう一つの大きな変化がすでに起きています。Google が 2024 年に広げた AI Overview(検索したときに AI が答えの要約を上に出す機能。以前は SGE=Search Generative Experience と呼ばれた)、OpenAI の ChatGPT search(以前の SearchGPT、2024 年 10 月に統合)、Perplexity などの登場で、検索結果が「リンクの一覧」から「その場の答え」へ変わりました。Agent が広まる前のこの段階で、人がサイトにたどり着く道すじはもう大きく書き換わっています。

これが何を意味するか、具体的に見ていきます。

含意 1 ── クリックされない検索が普通になる
「○○薬の副作用」と検索すると、AI Overview がその場で要約を出すので、人はサイトまで来ない。製薬会社のサイトへの訪問は仕組み上どんどん減る。逆に、その要約のネタ元として AI に引用されるかどうかが、ブランドが目に触れる量を左右する。
含意 2 ── 「引用される側」になる競争
AI Overview がどのサイトを引用するかは、内容の信頼性・新しさ・データの整い方で決まる。製薬会社の公式サイトは、添付文書が最新か、Q&A をもれなく載せているか、根拠(エビデンス)を隠さず示しているかで評価される。検索対策(SEO)は 「引用されるための SEO」 へと変わる。
含意 3 ── 横並びでくらべられる
AI Overview は「A 社・B 社・C 社のくらべ」を一画面で出す。製薬会社の勝負は「自社サイトに来てもらう」ことから「AI の比較表でフェアに評価される」ことへ移る。情報の質・わかりやすさ・更新の頻度が、そのまま差になる。
含意 4 ── 患者向け情報の信頼が揺らぐ
AI Overview のネタ元に、製薬会社の公式情報が入っていない/古い情報が拾われる/まちがった情報を載せたサイトが引用される、ということが起こる。これは患者の判断をゆがめる。公式情報を AI に見つけてもらいやすい形で届ける作業 が、企業の社会的な責任になる。

製薬ならではの事情として、AI Overview や AI Agent が引用する情報には 規制を守れているか が問われる場面が多くあります。承認されていない効能に触れる、未承認の薬をくらべる、患者向け情報を不適切に要約する ── こうしたことが、製薬会社の手の届かない第三者(AI)によって作られ、広められてしまう。これは、これまでの販促物の規制では想定していなかった新しい問題です。第 8 節でくわしく扱います。

05「人に届ける」から「エージェントに届ける」へのパラダイム転換

第 2〜4 節の動きをまとめると、マーケティングの大前提が変わります。20 世紀から 2020 年代前半までのマーケティングは 「人の注意(関心)を奪い合う競争」 でした。広告は人の目を、顧客管理(CRM)は人の記憶を、コンテンツは人の時間を、ブランドは人の感情をねらってきました。どの戦略も、人の注意力という限りある資源の取り合いだったのです。

AI Agent の時代は、これと違います。「Agent が処理する流れに乗ること」 が新しい競争のポイントです。Agent は人と違って、注意は無限、処理は一瞬、感情は持ちません。代わりに、参考にする情報源は限られ、判断は機械的で、判断のしくみは外から見えません(中身がブラックボックス)。マーケティング担当者は、この新しい相手に合わせて戦略を組み直す必要があります。

転換 1 ── 伝える相手が二つになる
「人の感情を動かす」コンテンツと、「Agent が機械的に読める」整理されたデータの両方を、同じ事実から 同時に作る必要がある。この二つは対立ではなく、たがいを補い合う関係。
転換 2 ── ものさしが二系統になる
これまでの成績指標(クリック率、成約数、滞在時間)に加えて、「AI に引用される確率」「Agent の評価での順位」「MCP サーバへのアクセス数」など、機械側のものさしも持つ必要がある。
転換 3 ── ブランドの役割が変わる
Agent はブランドの "雰囲気" を読まない。それでも、Agent が人に見せる候補リストの中で 選ばれる には、最後に決める人の心にブランドが残っていることが大事。ブランドは Agent と人の境目 で効くようになる。
転換 4 ── 情報を open にする圧力
Agent は閉じられた(外から見えない)情報は扱えない。Agent 経由で届けてもらうには、製品情報・価格・在庫・規制情報を、機械が読める形で公開する必要がある。情報を隠していること自体が競争上の不利 になる。

製薬業界がこの変化に対応するには、医療従事者向けサイト・患者向け情報サイト・MR を支える社内システムのすべてを、人向けと Agent 向けの二段構えで作り直す 必要があります。これは単なるシステム改修ではなく、コンテンツ戦略そのものの見直しです。

06Agent Experience (AX) の設計原則

UX(User Experience=人がサービスを使うときの使い心地)という考え方が 1990 年代の Web を変えたように、AX(Agent Experience=Agent から見たときの使い勝手)という考え方が、これからの企業サイトを変えていきます。AX とは、AI Agent が自社の情報にアクセスし、中身を見きわめ、使うときの「使いやすさ」 のことです。ここでは AX 設計の四つの原則を整理します。

原則 1 ── データをきちんと整理する
製品情報・添付文書・効能・副作用を、機械が読める形にしておく。具体的には、Schema.org(Web の情報に共通の「タグ付けルール」を決めた取り組み。医療用の項目として MedicalEntity, Drug, MedicalStudy などがある)、HL7 FHIR(医療データをやり取りするための国際的な共通フォーマット)、自前の JSON-LD(ページの中に機械向けの説明書きを埋め込む書き方)を使う。Agent は文章よりも、こうして整理されたデータを優先して読む。
原則 2 ── MCP サーバを用意する
Anthropic が共通ルール化した MCP は、Agent が自社の情報に安全につながるための「窓口」。製薬会社は将来「自社製品情報の MCP サーバ」を公開し、Claude や ChatGPT の Agent から直接問い合わせてもらう作りを持つことになる。
原則 3 ── 一次情報の信頼性を保つ
Agent は「信頼できる大もとの情報源」を優先して参照する。製薬会社の公式サイトが 添付文書・臨床試験データ・規制対応の新しさ で他のメディアより上回っていることが、Agent 経由で届けてもらう条件になる。
原則 4 ── 根拠をはっきり示す
Agent は情報源の信頼度を判断する。誰が、いつ、どんな根拠で、何を言ったか をはっきり示す作り(更新日時、書いた人の表記、根拠となる文献の明示)が、Agent からの評価を上げる。これは人にとっての読みやすさとも両立する。

AX の四原則は、UX(人にとっての使い心地)を捨てる話ではありません。UX と AX の両立 こそ新しい目標です。人にとって美しく読みやすく、同時に Agent にとって正確に読み取れる ── この両立が、これからの企業情報づくりの当たり前になります。

07製薬への含意 ── MR Agent と医師 Agent の対話設計

ここからは製薬ならではの話に絞ります。「MR」(医薬情報担当者=医師や薬剤師に薬の情報を届ける製薬会社の担当者) という仕事は、長らく「人と人が会って情報を伝える」やり方で動いてきました。面談(ディテール)、昼食をとりながらの勉強会(Lunch & Learn)、学会のブースなど、どれも対面が前提でした。AI Agent 時代の MR は、次の四つの新しい役割を持ちます。

役割 1 ── 医師の Agent を知る
医師がどんな AI Agent (Claude, ChatGPT, Doximity GPT, OpenEvidence など) を使い、その Agent がどんな情報源を見ているかを把握する。MR の目標に「自社の情報が、医師の Agent に正確に届くこと」が加わる。
役割 2 ── 情報の問い合わせに応える窓口を整える
医師や薬剤師の Agent が投げてくる情報の問い合わせ(効能・用法・用量、副作用、相互作用、最新のエビデンス)に、社内の正確な一次情報から答えられる仕組みを持つ。ここで扱うのはあくまで情報であって、値段・在庫・納期といった取引や物流は MR の業務ではなく、医薬品卸(流通)と病院の購買・薬剤部が担う領域である(MR は価格交渉を行わない)。MR は「Agent には任せられない領域(信頼、その場の事情、人間関係)」に力を注ぐ。
役割 3 ── 一次情報の橋渡し役
添付文書、臨床試験の結果、ガイドラインの更新を、医師向け/患者向け/Agent 向けの三つの形で同時に手入れする。MR は「現場の医師がよくする質問の傾向」を社内に持ち帰り、AX の作り込みを改善し続ける。
役割 4 ── 信頼を守る
Agent は信頼を計算できても、信頼を 築く ことはできない。大事な判断(新しい薬を処方する、副作用に対応する、患者に説明する)では、やはり人と人の信頼が要る。MR の役割は薄まるのではなく、判断が最も重くなる場面 に集中していく。

裏を返せば、患者へ直接届ける情報提供(DTC=消費者向けの情報発信)では、Agent を通した流通が急速に主役になります。患者支援プログラム、副作用の相談窓口、薬の飲み方を教えるコンテンツ ── どれも「まず Agent 経由で患者に届く」前提で作ることが、5 年以内に当たり前になるでしょう。

08規制・倫理 ── 薬機法 × AI Agent の境界

Agent による商取引が急速に広がると、製薬業界の規制の枠組みに重い問いが突きつけられます。日本の薬機法、米国の FDA(食品医薬品局)の規制、EU の EMA(欧州医薬品庁)のガイドラインは、どれも 人が行う販促 を前提に作られています。Agent が次のような行為をしたとき、いまの規制でどう扱うのかは、まだ決まっていません。

論点 1 ── 承認された範囲を超える言及
医師の Agent が「この患者には A 薬を承認外の使い方で検討する余地もある」と答えた場合、製薬会社は責任を負うのか? Agent が自分で推論したのか、会社が出した情報をもとにしたのか。どの情報がもとになったかをたどれること(出典の追跡)が、新しい必須条件になる。
論点 2 ── くらべる広告
Agent が「A 薬と B 薬の比較表」を作って見せることは、いまの「比較広告」の規制でどう扱うのか。製薬会社がその比較を認めていなくても、会社の情報が引用された結果として生まれた比較は、規制の対象になるのか。
論点 3 ── 副作用情報の扱い
Agent が副作用情報を要約して患者に見せるとき、警告が弱まったり強まったりするおそれがある。製薬会社の管理が及ばない言い換えが、広く出回る。大もとの原典へ確実にリンクをたどれる状態 を Agent に保たせる義務を、どう設計するか。
論点 4 ── 責任の分け方
Agent のまちがった推奨で患者が損害を受けたとき、Agent を作った会社 (Anthropic など)、Agent を使う側 (医療機関)、情報を出した側 (製薬会社) で、責任をどう分けるかは決まっていない。製薬会社は 自社の情報が誤読されない作り に、最大限の注意を払う必要がある。

規制する側(PMDA、製薬協、業界の自主基準)も、これらの論点に対応する枠組みづくりを進めています。製薬会社の法令順守・規制対応の部門は、これまでの販促物の審査に加えて、Agent 経由の流通に関する社内ルールの整備 を、2026〜2027 年の優先課題にすることになります。

09今すぐ着手できる 4 ステップ ── 製薬マーケターのための実装

ここまでの話を、実際の手順に落とします。AI Agent 時代への移行は数年がかりですが、製薬マーケティング担当者が 来週から 始められる具体的なステップが四つあります。

STEP 1 ── AX を点検する
自社の医療従事者向けサイトについて、Claude や ChatGPT に「○○薬の効くしくみをくらべて」と尋ねさせ、自社の情報がどう引用されるか/されないかを観察する。引用されない理由を分析する。週 1 回の点検として習慣にする。
STEP 2 ── データを整える
添付文書、効能、副作用、薬価の情報を、Schema.org / JSON-LD で機械が読める形に整える(タグ付けする)。画面に見える表記は変えず、機械向けの説明書きを裏側に足すだけ。SEO 担当と組めば半年以内にできる。
STEP 3 ── MCP サーバを試作する
自社製品の情報を返す MCP サーバを、社内の試作(POC=うまくいくか試す小さな実験版)として作る。Anthropic の MCP 用の開発キットを使えば 1 か月ほどで動く版ができる。社内の MR・規制対応・IT で話し合う材料になる。
STEP 4 ── 社内ルールの下書きを作る
「Agent 経由で自社情報が出回るときの表記ルール」「Agent からの問い合わせへの答え方の方針」「Agent の出力を社外で使うときの社員向けルール」の三つの下書きを 3 か月以内に作る。完成度より、まず議論を始めることが大事。

四つの優先順位は STEP 1 → 2 → 4 → 3 です。STEP 1(点検)をやらないと今の状態がわからず、STEP 2(データ整備)は技術だけで独立して進めやすい。STEP 4(ルール作り)は社内の合意が要るので時間がかかる。STEP 3(MCP サーバ)は、STEP 1〜4 の議論を踏まえてから取りかかる方が意味があります。

結語

この回で扱った AI Agent 時代のマーケティングは、「相手が人だけではなくなる」という根本的な変化に、企業がどう向き合うかという問いでした。Anthropic Computer Use、ChatGPT Operator、Project Mariner、Rufus、Agentforce が示してきたのは、人の代わりにブラウザを操作し、商品をくらべ、決定まで下す Agent が、すでに実際のサービスとして動いている現実です。MCP(Agent をつなぐ共通の窓口規格)、A2A(Agent 同士のやり取り)、AI Overview(検索の上に出る AI の要約)、ChatGPT search、Schema.org の医療向けのタグ ── これらが組み合わさることで、製薬会社の情報の "読まれ方" は、Web ページから、API・整理されたデータ・機械が信頼できる形へと、重心を移していきます。情報の設計、API、データの整え方、規制対応 ── この回が扱ったのは、マーケティングの 理屈で組み立てられる側面 の作り直しでした。

次回(第 3 回)は、理屈では捉えきれないもう一つの大きな領域 ── 感覚や雰囲気の側面 に踏み込みます。Vibe Marketing ── ブランドの「雰囲気」を AI で設計する。2024〜2026 年に SNS で一気に広がった「Vibe(バイブ=空気感、ノリ)」という言葉は、ブランドの空気感・口調・感情の手ざわりを、人の勘ではなく AI で再現できる設計の対象として扱える という気づきから来ています。生成 AI が画像・動画・音楽・文章を大量に作れる今、ブランドの勝負どころは「何を作るか」より「どんな空気感を出すか」に移っていきます。このテーマを、製薬ブランドの文脈でくわしく掘り下げます。

Key Points ── 持ち帰る 3 つ
  1. AI Agent (Claude/Operator/Mariner) が「代理購買者」として商用化された結果、マーケティングの相手は人だけでなく Agent も含むようになった。Anthropic Computer Use (2024 年 10 月)、ChatGPT Operator (2025 年 1 月)、Project Mariner (2024 年 12 月) が三大プラットフォームから揃って商用化された段階で、潮流はすでに不可逆。
  2. Agent は構造化データ・MCP サーバ・一次情報の権威性を読む。これらを設計する Agent Experience (AX) が、UX と並ぶ新しい設計領域。Schema.org の医療スキーマ (MedicalEntity, Drug, MedicalStudy 等)、HL7 FHIR、Anthropic が 2024 年 11 月に公開した MCP プロトコルが、製薬企業の "Agent に読まれる" 設計の中核になる。
  3. 製薬マーケターは AX 監査 → 構造化データ → 社内ガイドライン → MCP サーバ POC の四ステップで、来週から着手できる。規制対応・倫理は規制側の整備と並行して進める。完成度より、議論を始めることが重要。