2026 年 10 月 26 日、米国の法律専門誌 Law.com は、企業が生成 AI とのチャットや利用ログを訴訟で出すよう求められ始めた、と報じた。社員が生成 AI に打ち込んだ相談の記録は、訴訟で相手に渡る文書になるのか?米国の訴訟では渡りうる。AI とのチャットは、訴訟で相手に出す電子の記録に含まれうる。2026 年 2 月の Heppner 事件では、AI との記録は弁護士との相談のようには守られなかった。

01AI との相談記録は、米国の訴訟では相手に渡りうる文書である

Law.com の記事は、法律と技術を扱う Legaltech News 欄に載った。記事によると、企業は四種類の記録を出すよう求められている。AI とのチャット、AI にアップロードしたファイル、AI の出力、利用ログである。社員は、紛争が起きる前にも後にも、AI で経緯を要約したり、自分の主張を確かめたりしている。

米国の民事訴訟には、証拠開示という手続きがある。訴訟の当事者は、事件に関わる文書や電子の記録を、相手に求められたら出さなければならない。AI とのチャットも、この電子の記録に入りうる。

弁護士との相談なら、ふつうは相手に見せなくてよい。この権利を秘匿特権と呼ぶ。ところが 2026 年 2 月、ニューヨークの連邦地裁は Heppner 事件で、AI と交わした記録には、この権利を認めなかった。被告は、弁護士に頼まれずに Claude を使い、約 31 件の文書を作っていた。

仕事で AI に紛争の相談をする人は、打ち込む前に三つを決めておくとよい。どの AI を使うか。履歴をどう残すか。いつ弁護士に相談するか。

02米国の規則 34 では、サーバーに残る AI 記録も開示の対象だ

相手に AI の記録が渡る根拠は、米国の連邦民事訴訟規則にある第 34 条だ。規則 34 は、連邦裁判所の民事訴訟で、当事者が相手に何を出すかを決めた規則だ。

規則 34 が挙げる対象は広い。紙の文書のほかに、電子的に保存された情報が入る。文章、図、写真、録音、画像も入る。データそのものも、データを集めたものも対象になる。情報をどんな媒体に保存したかは問わない。

Law.com が挙げたチャットや利用ログは、どれも AI の会社のサーバーに残るデータだ。規則 34 には、AI の記録を対象から除くという文言が無い。だから AI の記録も、規則 34 が定める対象に入りうる。

この記事が扱う範囲も書いておく。規則 34 は、米国の連邦裁判所で使う民事の規則だ。この後で取り上げる Heppner 事件は刑事事件で、秘匿特権がどう判断されたかの例として使う。日本の訴訟の手続きは、この記事では調べていない。

社員が AI に打ち込んだ相談は、次の図の順に相手の手に渡る。

図 1 AI に打ち込んだ相談が開示されるまで
残っている消したAIで経緯を要約紛争の前後に履歴が残るチャット・ログ開示の請求相手に提出消えれば制裁規則37(e)残っている消したAIで経緯を要約紛争の前後に履歴が残るチャット・ログ開示の請求相手に提出消えれば制裁規則37(e)
AI に打ち込んだ要約は履歴として残る。開示の請求が来れば提出し、失われていれば保全の手を打ったかが問われる。

03AI の記録が争われた例には、刑事事件の被告個人と AI の会社がある

実際に AI の記録が求められた事件は、少なくとも二つある。記録を持っていたのは、一つは個人で、もう一つは AI の会社だった。

一つ目は Heppner 事件である。Heppner は刑事事件の被告だった。Heppner は、Anthropic の AI である Claude とやり取りし、その中身を文書にしていた。捜査機関がその文書を押収し、約 31 件の扱いが裁判で争われた。

二つ目は、New York Times が OpenAI を訴えた著作権の裁判だ。OpenAI は ChatGPT を提供する会社である。裁判所は OpenAI に、利用者の会話ログを残すよう命じ、後に提出も命じた。

見るところHeppner 事件(刑事)NYT 対 OpenAI 事件(民事)
誰の記録か被告個人が Claude と交わした記録OpenAI が持つ利用者の会話ログ
求められたこと押収された約 31 件の文書の扱い削除予定ログの保全と、2,000 万件の提出
裁判所が見た点弁護士との関係・機密の期待・弁護士の指示事件との関連・負担・利用者のプライバシー

二つの事件は、刑事と民事で種類が違う。記録を持つ人も、個人と会社で違う。それでも二つの裁判所は、どちらの AI の記録も相手に出しうるものとして扱った。規則 34 には、業種によって対象を変える定めが無い。米国の連邦裁判所で民事訴訟を抱える企業なら、製薬会社でも、社員の AI の使い方に同じ規則が当てはまる。

04Claude は弁護士でなく秘密の約束も無かったので、記録は特権で守られなかった

Heppner 事件の判断を書いたのは、連邦地裁の Jed Rakoff 判事である。私は判決の原文を読んでいない。以下は、法律事務所 Orrick が解説に書いた理由である。Rakoff 判事は、秘匿特権を認めない理由を三つ挙げた。

一つ目の理由は、Claude が弁護士ではないことだ。秘匿特権が守るのは、依頼人と弁護士の間の相談である。Orrick が引用した判事の言葉によれば、Claude が弁護士でないという一点だけで、特権の主張は通らない。

二つ目の理由は、秘密が守られる約束が無かったことだ。Anthropic のプライバシーポリシーには、利用者の入力を集め、第三者に開示することがあると書かれている。判事は、この規約を読めば、利用者は秘密が守られるとは期待できないと考えた。

三つ目の理由は、Heppner が弁護士に頼まれずに、自分で Claude を使ったことだ。このため判事は、作業成果の保護も認めなかった。作業成果の保護とは、弁護士が訴訟に備えて作った資料を、相手に見せなくてよいという決まりである。

図 2 Heppner 事件で特権が否定された三つの理由
Claudeとの記録弁護士でない機密の約束なし規約が開示を認める弁護士の指示なし自分から使ったClaudeとの記録弁護士でない機密の約束なし規約が開示を認める弁護士の指示なし自分から使った
判事は三つの理由を別々に示した。少なくとも一つ目は、それだけで特権の主張を退けるとされた。

判事は三つの理由を別々に挙げた。一つ目の理由について、判事は、それだけで特権の主張は通らないと述べている。この判断に従えば、弁護士の関わりなしに弁護士でない相手に話したことは、秘匿特権では守られない。

05OpenAI は消す予定の会話まで残すよう命じられ、2,000 万件の提出も命じられた

New York Times と OpenAI の裁判では、会話ログをめぐる命令が日付順に三つ出た。

訴訟に関わる記録を消さずに残しておくことを、保全という。2025 年 5 月 13 日、裁判所は OpenAI に保全を命じた。OpenAI は、削除する予定だった出力ログまで残し、別に保管しなければならなくなった。

2025 年 9 月 26 日、OpenAI と New York Times は合意し、新しいログを残す義務を終えた。この日より後のログは、もう残さなくてよくなった。

2026 年 1 月、ニューヨークの連邦地裁の Sidney Stein 判事は、前に出ていた提出命令を支持した。OpenAI は、2,000 万件のログを相手に出すことになった。この 2,000 万件は、利用者の会話から抜き出した一部である。ログからは利用者が分かる情報を消し、使い道を限る保護命令も付けた。

①

2025 年 5 月 13 日

裁判所が OpenAI に、削除予定の出力ログも残して別に保管するよう命じた。

②

2025 年 9 月 26 日

当事者が合意し、新しいログを残す義務がこの日で終わった。

③

2026 年 1 月

Stein 判事が、匿名にした 2,000 万件のログを OpenAI に提出させる命令を支持した。

裁判所は、AI の会社が持つログにも保全と提出を命じた。利用者の会話は、名前を消すなどの手当てをしたうえで、訴えた側に渡ることになった。

06道具、保存の設定、弁護士の関わり方で記録の扱いが変わる

AI を使う人が、打ち込む前に決められることは三つある。使う道具、履歴の残し方、弁護士の関わり方である。

消費者向けの道具か、企業向けの道具か

Rakoff 判事は、Anthropic の規約を理由に、秘密は守られないと判断した。その規約には、入力を第三者に開示することがあると書かれている。この判断に従えば、同じような規約の道具を使った場合、秘密を主張するのは難しい。企業向けの契約で AI を使った場合に秘密が守られるかどうかについて、裁判所はまだ判断を示していない。法律事務所の Orrick も、AI を使う前に弁護士へ確かめるよう勧めている。

履歴を消さずに残せる設定

米国の規則 37(e) は、訴訟のために残すべき電子の記録を、当事者が失った場合の決まりだ。当事者が訴訟を予想した後に、きちんと残す手を打たずに記録を失うと、この決まりが問題になる。訴訟が予想された後も AI の履歴が自動で消える設定のままだと、この決まりに触れるおそれがある。法律事務所 Duane Morris は、削除を止められる仕組みを前もって用意するよう勧めている。

弁護士に頼まれて使ったか

Rakoff 判事によれば、利用者が弁護士の指示で Claude を使っていた場合は、別の議論もありえた。ただし判事は、その場合に特権が認められるとまでは言っていない。紛争の相談を AI より先に弁護士へ持ち込めば、記録を守るために主張できることが増える。

図 3 紛争の兆しから記録を守るまでの手順
紛争の兆し先に弁護士へ道具を選ぶ規約と保存先削除を止める保全の措置記録を残す紛争の兆し先に弁護士へ道具を選ぶ規約と保存先削除を止める保全の措置記録を残す
AI に相談する前に、弁護士の指示と道具の規約を確かめる。訴訟が予想されたら、自動削除を止める。

どの道具を使ったか、弁護士の指示があったかは、AI に打ち込んだ後では変えられない。削除を止める設定も、記録が消えた後では間に合わない。紛争が起きそうだと分かったら、その時点で道具と保存の設定と弁護士の関わり方を決めておく必要がある。

07Heppner 事件は一つの地裁の判断にすぎず、企業向け AI の記録の扱いは決まっていない

Rakoff 判事は、弁護士が関われば判断が変わるかもしれないと述べた。しかし、弁護士の指示で AI を使った記録について判断した裁判は、まだ無い。

Heppner 事件は、AI との会話に秘匿特権を認めなかった最初の判断とされる。それでも、一つの連邦地裁が出した判断にすぎない。上の裁判所やほかの地裁が同じ結論を出すかどうかは、分かっていない。まだ決まっていない点は三つある。

①

企業向けの AI

入力を学習に使わない契約の AI について、記録が守られるかを判断した裁判はまだ無い。

②

弁護士の指示の下での利用

Rakoff 判事は議論の余地を示しただけで、結論は出していない。

③

他の裁判所

上の裁判所やほかの地裁が同じ判断をするかは、確かめられていない。

ここからは私の見通しだ。企業が AI を使う量が増えれば、AI の記録を出せという請求も増えるだろう。Law.com の記事によれば、請求はすでに来ている。これから各地の裁判所が、企業向けの AI や弁護士が関わった記録について判断を出す場面が来るだろう。私はその判断を一つずつ追っていく。

Key Points ── 持ち帰る 3 つ
  1. Rakoff 判事は Anthropic の規約を理由に、秘密は守られないと判断した。規約には、入力を開示することがあると書かれていた。どの道具に打ち込むかで、記録の守られ方が変わりうる。
  2. 米国の規則 37(e) では、訴訟が予想された後に記録を失うと、裁判で不利に扱われうる。訴訟が予想されたら、AI の履歴の自動削除を止める設定が要る。
  3. Rakoff 判事は、弁護士の指示があれば別の議論もありえたと述べた。紛争の相談は AI より先に弁護士に持ち込み、その指示を記録に残す。
結語

社員が生成 AI に打ち込んだ相談の記録は、米国の訴訟では相手に渡る文書になりうる。記録の扱いを左右するのは、道具の規約、削除を止める設定、弁護士の指示の三つだ。

三つとも、AI に打ち込む前に決めておくものである。私も、揉めごとの経緯を AI に要約させたくなったら、先に誰に相談すべきかを考えることにする。

出典·参考文献
  1. Law.com (Legaltech News). AI Chats Can Be Discoverable: Is Your AI Use Governance Record-Ready? 2026-10-26. https://www.law.com/legaltechnews/2026/10/26/ai-chats-can-be-discoverable-is-your-ai-use-governance-record-ready/(企業が AI の記録の開示を求められていること、社員が紛争の前後に AI を使っていること)
  2. Cornell Law School, Legal Information Institute. Federal Rules of Civil Procedure, Rule 34. 2026-10-27 閲覧. https://www.law.cornell.edu/rules/frcp/rule_34(開示の対象の定義)
  3. Orrick, Herrington & Sutcliffe. Court Rules AI Conversations Are Not Privileged: What United States v. Heppner Means for You. 2026-03. https://www.orrick.com/en/Insights/2026/03/Court-Rules-AI-Conversations-Are-Not-Privileged-What-United-States-v-Heppner-Means-for-You(Heppner 事件の判断、約 31 件、特権と作業成果を否定した理由、実務の勧め)
  4. Cornell Law School, Legal Information Institute. Federal Rules of Civil Procedure, Rule 37. 2026-10-27 閲覧. https://www.law.cornell.edu/rules/frcp/rule_37(保全を怠って失われた電子の情報の扱い)
  5. Duane Morris (Class Action Defense Blog). New York Federal Court's OpenAI Discovery Orders Provide Key Insights For Companies Navigating AI Preservation Standards. 2025-10-27. https://blogs.duanemorris.com/classactiondefense/2025/10/27/new-york-federal-courts-openai-discovery-orders-provide-key-insights-for-companies-navigating-ai-preservation-standards/(2025 年 5 月 13 日の保全命令と 9 月 26 日の終了、削除を止める仕組みの勧め)
  6. ABA Journal. ChatGPT creator must turn over 20M chat logs in copyright litigation, federal judge says. 2026-01-08. https://www.abajournal.com/news/article/chatgpt-creator-must-turn-over-20m-chat-logs-in-copyright-litigation-federal-judge-says(2,000 万件のログの提出命令が Stein 判事に維持されたこと)