2026 年 10 月 26 日、Springer Nature と Google DeepMind は、査読を支える AI の試作を共同で研究すると発表した。査読を手伝う AI が入ったとき、論文の良し悪しを決める責任は誰に残るのか?責任は査読者と編集者に残る、と私は考える。試作が変えたのは原稿を処理する場所、つまり機密の扱いで、判断する人は変わっていない。

01査読 AI の試作は原稿を社外に出さないが、論文を判断するのは今も査読者と編集者だ

まず、発表で変わった点を一つ挙げる。AI が原稿を読む場所である。試作は、Springer Nature の社内にある Gemini Enterprise の中だけで動く。Gemini Enterprise は、Google が企業向けに売っている AI の利用環境だ。原稿は社外のサーバーに送られない。

変わらない点もある。論文を評価する人だ。Springer Nature の編集方針には、人の説明責任を AI に移すことはできない、と書かれている。同じ方針は、AI が編集者の決定に取って代わってはならない、とも書く。論文を採るか落とすかは、これまでどおり査読者と編集者が決める。

両社も発表の中で、責任が誰にあるかをはっきりさせたうえで AI を試す、と述べている。その責任を人に置くと定めているのは、先に挙げた Springer Nature の方針だ。

仕事で文書の確認に AI を使う人は、ここから二つの手順を持ち帰れる。AI が印を付けた箇所は、自分で原文を読んで確かめる。AI を使ったことは、報告書に書く。この二つは、AI を社内で動かしても社外で動かしても必要になる。

02AI は原稿の本文と図表を読み、査読者が詳しく読むべき箇所に印を付ける

この AI が何をするのかを、発表に書かれた範囲で説明する。試作の AI は、Google の Gemini という AI を土台にしている。組み立てには、Google が公開している Agent Development Kit という道具を使った。この AI は原稿の本文と図表を読む。そして、査読者が詳しく読むべき箇所に印を付ける。

発表は、Google が先に進めた研究として ScholarPeer と Deep Review の名を挙げている。Springer Nature は、Google の研究から生まれた技術を、自社の査読で試すことになる。

この AI がしないことも書いておく。発表を読む限り、AI は査読の報告書を書かない。論文を採るか落とすかも示さない。AI の仕事は、原稿に印を付けたところで終わる。

試作はまだ試験の途中だ。いつ、どの雑誌で使い始めるかは公表されていない。AI の印が正しかった割合も、発表には書かれていない。

Springer Nature はなぜ AI を使い、しかも社内だけで動かすのか。理由は二つの事情から説明できる。投稿が増えて、査読者が足りなくなった。ところが、公開の AI に原稿を入れることは、NIH や ICMJE の決まりで禁じられていた。

図 1 査読 AI が閉じた環境で作られた経緯
投稿数が増える依頼は年9.8%増査読者が足りない承諾率0.54→0.44公開AIは使えない社内環境で試作Gemini Enterprise内投稿数が増える依頼は年9.8%増査読者が足りない承諾率0.54→0.44公開AIは使えない社内環境で試作Gemini Enterprise内
査読者の不足が AI を求め、機密の決まりが公開の AI を締め出した。そのため試作は、原稿を社外に出さない形で作られた。

03NIH と医学雑誌の委員会は、原稿が外に漏れることを理由に査読での AI の使用を制限してきた

査読で原稿を外に出さない、という考え方は今回が初めてではない。米国の NIH と医学雑誌の委員会 ICMJE は、原稿が漏れることを心配して、早くから AI の決まりを作っていた。

米国の研究費を配る国立衛生研究所 NIH は、2023 年 6 月に一つの決まりを出した。研究費の申請書を審査する人は、生成 AI を使ってはならない。NIH は理由として、AI に入れた文章がどこへ送られ、どう保存され、何に使われるかが保証されない点を挙げた。

ICMJE は、医学雑誌の編集者が集まった国際委員会だ。論文の投稿と査読について、雑誌が従う推奨を出している。ICMJE の決まりでは、秘密を守ると約束できない AI に、査読者は原稿を入れてはならない。

見るところNIH(2023 年)ICMJESpringer Nature
査読での生成 AI研究費の審査では使用を禁止機密を保証できない AI への原稿の持ち込みを禁止人の判断と説明責任を AI に置き換えない
理由に挙げるもの入力の行き先と保存・利用が保証されない機密の保持機密とデータの保護
使ったときの義務使用そのものを認めない雑誌に開示し、内容の妥当性を確かめる人の説明責任は AI に移せない

NIH と ICMJE が理由に挙げたのは、原稿や申請書がどこへ送られるかだった。二つの機関は、その心配から AI の使い方を決めた。私の読みでは、Springer Nature も同じ心配から出発した。同社は原稿を社内に置くと決め、そのうえで AI を試し始めた。

04査読の依頼は毎年 9.8% 増えたのに、引き受けられた依頼の割合は 0.54 から 0.44 に下がった

NIH と ICMJE は、原稿が漏れることを理由に AI を遠ざけた。それでも出版社が AI を使いたいのは、査読者が足りないからだ。

Publons は、研究者の査読の実績を記録するサービスである。Publons は 2018 年に、査読の現状をまとめた報告を出した。報告によると、査読の依頼は毎年 9.8% ずつ増えていた。ところが、依頼を引き受ける人の割合は下がった。引き受けられた依頼は、2013 年には約 54% だった。2017 年には 44% に減った。

どちらも 8 年以上前の数字だ。今の割合を示した資料は、私には見つからなかった。今の事情については、Google DeepMind が今回の試作の理由として説明している。投稿が増えて、査読者の負担が重くなったからだという。

出版社が AI で査読者を助けるやり方は、少なくとも二つある。ここでは二つを比べる。一つは、査読者が公開の AI に原稿を入れるやり方だ。もう一つは、出版社が社内に AI を置くやり方である。二つのやり方では、原稿が送られる先が違う。けれども、どちらのやり方でも論文を判断するのは査読者だ。

図 2 公開の AI と社内の試作で変わる点・変わらない点
公開の AI に原稿を入れる社内の試作で処理する原稿が社外へNIHは使用を禁止判断は査読者原稿は社内に試作の設計判断は査読者公開の AI に原稿を入れる社内の試作で処理する原稿が社外へNIHは使用を禁止判断は査読者原稿は社内に試作の設計判断は査読者
変わるのは原稿の行き先だけで、どちらの段でも判断するのは査読者である。

Springer Nature の試作は、原稿の送り先を社内のサーバーに変えた。NIH と ICMJE が心配したのも、原稿がどこへ送られるかだった。論文を判断する人は、試作でも査読者のままである。

05四つの AI 学会では、査読文の 6.5〜16.9% を AI が書き換えた可能性がある

査読者が足りない一方で、査読者も出版社も、すでに AI を使っている。使われている量を、三つの数字で示す。

Stanford 大学の Liang らは 2024 年、AI 分野の四つの学会に出された査読文を調べた。調べた学会の一つは ICLR 2024 である。Liang らの推定では、査読文の 6.5〜16.9% が、文章を作る AI によって大きく書き換えられた可能性がある。この種の AI は大規模言語モデル、略して LLM と呼ばれる。Liang らは、AI がよく使う語が査読文にどれだけ出てくるかを数えて、この割合を割り出した。ただし、この推定は査読文の全体についての数字だ。ある一つの査読を AI が書いた、という証拠にはならない。

出版社も AI を使っている。Springer Nature は 2026 年 3 月に自社の数字を発表した。同社は 2025 年に約 60 の AI ツールを使い、150 万本を超える論文の処理に役立てた。

①

査読文の 6.5〜16.9%

Liang らの推定では、四つの AI 学会の査読文の 6.5〜16.9% を、LLM が大きく書き換えた可能性がある。

②

150 万本・約 60 ツール

Springer Nature は 2025 年に約 60 の AI ツールを使い、150 万本を超える論文を処理した。同社が発表した。

③

50% を超える雑誌

Snapp は Springer Nature の査読用のシステムだ。同社の雑誌の半分を超える数が Snapp を使っている。

NIH や ICMJE が査読での AI の使用を制限している間にも、四つの AI 学会の査読文には LLM が入った可能性があり、出版社は AI で論文を処理していた。私の見方はこうだ。Springer Nature は、あちこちで使われていた AI を、原稿が社外に出ない一つの環境に集めようとしている。

06社内で動かせば原稿は漏れないが、印の確認と AI 使用の報告は査読者の仕事だ

査読者も出版社も、すでに AI を使っている。試作で解決する問題は一つだけだ。査読者の仕事として残るものが二つある。

原稿は社内で処理すれば漏れない

試作は、原稿を社内の Gemini Enterprise の外に出さない。NIH や ICMJE が AI を禁じた理由は、原稿が外に漏れることだった。試作の中なら、原稿は外に漏れない。ただし、査読者が自分で公開の AI に原稿を貼れば、原稿はまた外に出る。

印が正しいかは、査読者が原稿を読んで確かめる

ICMJE は、AI を使った査読者に一つの仕事を求めている。AI の出力が正しいかを、自分で確かめることだ。ICMJE によれば、AI の出力には誤りや抜け、偏りが入りうる。このため査読者は、AI の印を一つずつ原稿と見比べる必要がある。見比べなければ、AI の誤りが査読の結論にそのまま入る。

AI を使ったことは、査読者が報告書に書く

ICMJE は、査読に AI を使った人に、そのことを雑誌に伝えるよう求めている。Springer Nature の方針にも、人の責任を AI に移すことはできないと書かれている。査読者は報告書に、どこで AI を使ったかを書く必要がある。

図 3 AI の印を使う査読の手順
AIが箇所に印社内環境で処理原典で確かめる使用を開示する報告書に書く編集者が採否責任は人AIが箇所に印社内環境で処理原典で確かめる使用を開示する報告書に書く編集者が採否責任は人
AI の仕事は印を付けるところで終わる。その後の三つの作業は人に残る。

Springer Nature の試作で防げるのは、原稿が社外に漏れることだけだ。印を確かめることと、AI の使用を報告書に書くことは、査読者の仕事のままである。

07AI の印が見落としを減らすのか増やすのかは、まだ公表されていない

査読者は、AI の印を確かめる仕事を負う。印が付いた原稿を、査読者はどう読むのか。この試作について、この問いに答えるデータはまだ公表されていない。

両社の発表には、試作を試した結果が一つも載っていない。載っていない情報は三つある。

①

精度の数値

印がどれだけ当たり、どれだけ見落としたかの数字は、発表に無い。

②

対象の雑誌と分野

どの雑誌、どの分野で試すのかは、示されていない。

③

導入の時期

試作は試験中で、広く使い始める時期は発表されていない。

ここから先は私の推測だ。査読者が印の付いた箇所を丁寧に読めば、見落としは減るかもしれない。逆に、査読者が印の無い箇所を飛ばして読めば、AI が見逃した誤りを査読者も見逃す。どちらが起きるか、両方が同時に起きるかは、試作を試した結果が公表されるまで分からない。

Liang らの推定では、四つの AI 学会の査読文の一部に、すでに LLM が入っていた可能性がある。印の付いた原稿を渡された査読者は、どこを読み、どこを飛ばすのか。出版社は次に、査読者の読み方を測るべきだと私は考える。

Key Points ── 持ち帰る 3 つ
  1. Springer Nature と Google DeepMind の試作は、原稿を社内の環境の中だけで処理する。発表どおり原稿が社内の環境を出ないなら、NIH や ICMJE が AI を制限した理由である原稿の漏れは、試作の中では当てはまらない。
  2. ICMJE は、AI を使った査読者に、出力が適切で正しいかを確かめるよう求めている。だから査読者は、AI の印を原稿と見比べなければならない。
  3. ICMJE は AI を使ったことの報告を求め、Springer Nature は人の説明責任を AI に移せないとする。査読者が使用を報告書に書き、採否は人が決める。
結語

査読を手伝う AI が入っても、論文の良し悪しを決める責任は査読者と編集者に残る。Springer Nature の試作を使えば、AI に原稿を読ませても、原稿は社外に出ない。

査読者は AI の印を自分の目で確かめ、AI を使ったことを報告書に書く。編集者は論文を採るか落とすかを決める。AI が見逃した誤りを私も見逃さないよう、AI の印の付いた文書を受け取ったら、まず印の無い箇所から読むことにする。

出典·参考文献
  1. Research Information. Springer Nature and Google DeepMind partner on AI peer review assistant. 2026-10-26. https://www.researchinformation.info/news/springer-nature-and-google-deepmind-partner-on-ai-peer-review-assistant/(発表の日付と主体、試作の機能、社内の Gemini Enterprise 環境、試験中であること、投稿数の増加という理由)
  2. Springer Nature. Editorial policies (Artificial Intelligence). 2026-10-27 閲覧. https://www.springernature.com/gp/policies/editorial-policies(人の説明責任は AI に移せないとする方針)
  3. Springer Nature. AI tools support less friction and increased author satisfaction. プレスリリース, 2026-03-12. https://group.springernature.com/br/group/media/press-releases/ai-tools-support-less-friction-and-increased-author-satisfaction/27849346(2025 年の AI ツールの利用規模と Snapp の利用割合)
  4. National Institutes of Health. NOT-OD-23-149: The Use of Generative Artificial Intelligence Technologies is Prohibited for the NIH Peer Review Process. 2023-06-23. https://grants.nih.gov/grants/guide/notice-files/NOT-OD-23-149.html(研究費の審査での生成 AI の禁止と、その理由)
  5. International Committee of Medical Journal Editors (ICMJE). Use of AI by Reviewers. 2026-10-27 閲覧. https://www.icmje.org/recommendations/browse/artificial-intelligence/ai-use-by-reviewers.html(原稿の持ち込みの禁止、開示と妥当性の確認、AI の出力の誤り・欠落・偏り)
  6. European Association of Science Editors (EASE). 2018 Global State of Peer Review report released. 2018-10. https://ease.org.uk/2018/10/2018-global-state-of-peer-review-report-released/(査読依頼の増加と承諾率の低下)
  7. Weixin Liang ほか. Monitoring AI-Modified Content at Scale: A Case Study on the Impact of ChatGPT on AI Conference Peer Reviews. arXiv:2403.07183, 2024-03-11. https://arxiv.org/abs/2403.07183(査読文に LLM が入った割合の推定)