2026年9月25日、米コロンビア特別区巡回区控訴裁は 2 対 1 で、国防省が AI 開発企業 Anthropic を供給網の安全保障リスクと指定したことを支持した。AI の提供者が契約に残した使用制限は、調達する側の判断の前でどこまで通るのか。買う側の判断より優先されるわけではない。裁判所は、その制限それ自体を軍の運用にとって信頼性を欠く事情として扱った。制限を安全の根拠にしていた導入側には、供給者を自分で確かめる役が戻ってきた。
01AI の安全装置は、調達の判断で無効になりうる
控訴裁が認めたのは一点である。買う側は、AI の提供者が契約に書いた使用制限を信頼性の欠如として評価してよい。多数意見はカツァス判事が書き、ラオ判事が同調した。ヘンダーソン判事が反対した。
指定の中身は、国防省の情報システムに Claude を統合し続けることが法の定める安全保障上の危険にあたる、というものだった。多数意見は、その認定を支える材料が国防省の側に十分あったと述べている。国防省が危険と見たのは、Claude の性能でも精度でもない。提供者が自分で残した使用制限だった。
提供者の安全装置を前提に業務を組んでいる組織は、その安全装置を読み直す番に来ている。提供者が自分で書いた制限は、買う側の判断では供給を絶つ理由に変わりうる。今回それが起きたのは国防省の調達である。制限の運用を提供者に預けたままにすると、供給が止まった日に手元に何が残るかを自分では決められない。
0241 U.S.C. §4713 は敵対国を想定して書かれた
会社が契約に残した制限を、国防省は信頼性の欠如として評価した。では、その評価を除外に変える権限はどこから来たのか。根拠は 41 U.S.C. §4713 である。この条文は、供給網に危険があると認めたときに供給者を調達から外す権限を、執行機関の長に与えている。除外を決めるのは裁判所ではなく、買う側の組織の長である。
ヘンダーソン判事は反対意見で、この法の射程に触れた。§4713 は、敵対国や悪意ある行為者が供給網に入り込む事態に備えて書かれた法である。契約者が自分の制限を率直に守る場合まで想定してはいない、という指摘だった。§4713 の言葉は広い。反対意見に従えば、その広い言葉が、立法のときに想定されていなかった契約者にまで届いたことになる。
ヘンダーソン判事の反対意見は、結論を動かさなかった。ただし射程についての指摘は残る。§4713 の権限がこの広さで使えるなら、除外されうる供給者の範囲は、法が書かれた当時の想定より広い。
03供給者を自分で評価する義務は、医薬品の側にもある
§4713 では、供給者を外す側に政府が立つ。医薬品の製造では役が入れ替わる。規制を受ける側が、自分で使う供給者を評価する。
| 見るところ | 連邦調達(§4713) | 医薬品の製造(Annex 11) |
|---|---|---|
| 供給者を外す主体 | 執行機関の長が、調達行為として除外を決める | 規制を受ける製造者が、自分の責任で選び直す |
| 判断の根拠 | 供給網に危険があるという認定 | 危険度の評価に基づいて必要性を決めた監査 |
| 残す記録 | 調達行為としての手続 | 取り決めに責任を明記した文書 |
EU の GMP Annex 11 は、第三者を使うときに責任の所在を明記した取り決めを求めている。供給者の力量と信頼性は選定の要であり、監査が必要かどうかは危険度の評価で決めると書かれている。医薬品製造で使う計算機化システムに生成 AI を組み込む組織は、この評価の役から外れない。
ただし Annex 11 は医薬品製造で使う計算機化システムの指針で、資材を見る工程そのものを規律してはいない。読み取れるのは、評価の役がどちら側に置かれているかという一点にとどまる。
04制限を明示する提供者ほど、調達では不利になる
供給者を評価するのは買う側である。その評価が信頼性という言葉で行われると、何が起きるのか。今回の交渉がその答えになっている。すべての合法な目的で使えるようにせよ、というのが国防省の要求だった。会社は、完全自律型の兵器と国内の大量監視には使われないという保証を求めた。双方とも、自分の要求から降りなかった。
多数意見は、決着していないこの争いと、Claude に組み込まれた制限を並べた。二つを合わせると軍の運用には信頼性が足りない、というのが結論だった。制限を先に開示した会社が、開示したことで不利になった。
制限を先に開示した側が不利になる。この向きは、提供者自身の利益にも反する。使い方の制限を書いて公表すると、提供者はその範囲を買う側に読ませることになる。制限の範囲が具体的なほど、買う側は「この用途で止まる」と判定できる。何も書かない提供者には、判定の材料がそもそも渡らない。信頼性をこの意味で使う調達が続くかぎり、制限を書かない提供者のほうが通りやすいことになる。なお、交渉の中身は報道による記述で、訴訟記録から引いたものではない。
05並行する指定が、別の裁判所では違法とされている
制限の開示が不利に働いた。ところが、この指定をめぐる判断はこれ一つではない。8 月にサンフランシスコの連邦地裁は、政府の並行する指定を違法と判断していた。控訴裁は 2 対 1 で割れ、連邦地裁は並行する指定を違法と判断した。関連する指定でも、どの裁判所がどの審級で見るかによって結論が変わっている。事件名と確定の有無は、ここでは確かめていない。
導入側が数えられるのは、判断の数ではない。供給が止まった日に自分の手で動かせる代替と記録だけが、数えられる。
依存の一覧
どの工程がどの供給者に依存しているかを、名前で書き出しておく。
代替の確保
同じ工程を別の手段で回せるかを、実際に一度試しておく。
選定の記録
なぜその供給者を選んだかを、選んだ時点の理由のまま残す。
三つのうち、後から作れないのは選定の記録である。供給が止まってから書いた選定の理由は、止まったことを知っている人間の理由である。当時その供給者を選んだ判断を、そのまま再現したものにはならない。代替も同じである。一度も試していない代替は、供給が止まった日に初めて試すことになる。
06調達・立法・記録の三つで、責任の置き場所が動く
別の裁判所が並行する指定を違法と判断し、その判断も残っている。責任の置き場所は、まだ一つに定まっていない。動きは三つの筋に分かれる。
一つめは調達である。提供者の手元に安全装置を預けたままにする設計は、買う側の一つの判断で崩れる。今回この設計を崩したのは、技術上の失敗ではない。国防省の一つの行政判断だった。だから業務の設計を変えるなら、安全装置の性能より、その装置が誰の手元にあるかを先に見ることになる。
二つめは立法の効き方である。制限の開示が調達で不利に働くなら、開示は減る。ヘンダーソン判事が指摘したとおり、§4713 は率直に制限を守る契約者を想定していない。§4713 の権限が想定外の契約者に届いたまま運用が続くなら、提供者にとって合理的なふるまいは一つになる。使い方の制限を、そもそも契約に書かないことである。
三つめは外から確かめる経路である。裁判所の判断は割れている。その一方で、上院には一つの法案が出た。AI 企業の従業員が法令違反や安全上の失敗を報告しても不利にならないようにする法案で、少なくとも六人の共同提案者が付いた。AI 企業の外から中を確かめる経路として、裁判所のほかに従業員の報告を置く案が出ている。
上告の有無
会社は選択肢を検討中と述べただけで、上告するとは言っていない。
他の調達への波及
国防省以外の調達に同じ扱いが及ぶかは、示されていない。
07内部からの報告が、外部の検証の主な経路になる
三つのうち、これから形が決まるのは従業員の報告を守る法案である。法案には共同提案者が付いた。提案者の一人は、革新と説明責任は並んで進まなければならないと述べ、従業員が経歴を危険にさらしたり秘密保持契約で黙らされたりせずに懸念を報告できるべきだと語った。
成立すれば、外から確かめる経路が一つ増える。ただし可決の時期は決まっていない。報告された内容が外部にまで届く設計になるのかも、まだ書かれていない。確かなのは、共同提案者が付いたところまでである。
裁判所の側で確定したことも、実は狭い。今回の判断が認めたのは一点だけである。買う側は、提供者の使用制限を信頼性の問題として扱ってよい。ほかの官庁の調達でも同じ扱いになるとは示されていない。会社が上告するかも決まっていない。
今回の判断が確定させた範囲は狭い。それでも、提供者の制限を安全の根拠として社内文書に書いている組織は、その一文を読み直すことになる。その一文がいつ効かなくなるかを、その組織は自分では決められない。
そのあいだにも、AI を業務に入れた組織の日々は続く。手元に置けるのは、依存の一覧と、一度試した代替と、選んだ理由の記録である。どれも判決を待たずに作れる。
- 控訴裁は 2 対 1 で指定を支持した。多数意見は、Claude に組み込まれた使用制限それ自体を、軍の運用における信頼性の欠如として扱っている。提供者の手元に安全装置を預けたままにする設計は、買う側の判断で崩れる。
- ヘンダーソン判事の反対意見は、41 U.S.C. §4713 が敵対国や悪意ある行為者に備えて書かれた法だと指摘した。この権限が届く範囲が広いほど、買う側は供給者を選んだ理由を自分で記録しておく必要が増す。
- 8 月には別の連邦地裁が、政府の並行する指定を違法と判断している。判断が裁判所ごとに割れているあいだ、導入側が頼れるのは一度試した代替と自分の記録だけである。
AI の提供者が契約に残した使用制限は、調達する側の判断より優先されるわけではない。国防省は、その制限が契約に残っていること自体を除外の材料に使った。
だから導入側の仕事は、提供者の安全装置を読むところで終わらない。依存の一覧と、試した代替と、選定理由の記録を自分の側に置くところまでが仕事になる。試した代替と選定の記録は、供給が止まる前にしか作れない。
- The Epoch Times. Appeals Court Upholds Pentagon's Supply-Chain Risk Label on Anthropic. 2026年9月25日.(多数意見の文言、根拠が 41 U.S.C. §4713 であること、2 対 1 の構成とヘンダーソン判事の反対意見)
- ABC News. Federal appeals court upholds Pentagon designation of Anthropic as supply chain risk. 2026年9月25日.(判断の日付と裁判所、多数意見が信頼性を理由にしたこと、別の連邦裁判所が並行する指定を違法としていること)
- The Next Web. US appeals court upholds Pentagon's supply chain risk label on Anthropic. 2026年9月25日.(国防省が求めたすべての合法な目的での利用と、提供者が残した制限の中身、会社が選択肢を検討中と述べたこと)
- Cornell Law School, Legal Information Institute(合衆国法典). 41 U.S. Code §4713 — Authorities relating to mitigating supply chain risks in the procurement of covered articles. 2026年9月26日参照.(供給網の危険を理由とする調達除外の権限が執行機関の長に置かれていること)
- Deseret News. Bipartisan group of senators push to protect whistleblowers warning of AI capabilities. 2026年9月25日.(AI 企業の従業員による報告を守る法案に六人以上の共同提案者が付いたこと、秘密保持契約が開示を妨げない設計)
- European Commission, EudraLex Volume 4 GMP Annex 11: Computerised Systems. Annex 11 第 3 項 Suppliers and Service Providers. 2011年6月30日.(供給者の力量と信頼性が選定の要であること、監査の必要性を危険度の評価で決めること、取り決めに責任を明記すること)