生成AIのChatGPTが患者の質問に書いた返事は、2023年の研究で、医師の返事より共感的だと評価された。では人は、他人の痛みを、どこまで想像していいのか?想像は、相手に尋ねて確かめるまでの推測にとどめるのがよい。米国の心理学者エプリーらは2018年、25の実験で、相手の立場を想像しても気持ちを当てる正確さは上がらず、尋ねると上がったと報告した。痛みを自分の中でなぞり続けるより、尋ねることと相手のために動くことに力を回すほうが、理解は正確になり、想像する側も消耗しにくい。
01痛みの想像は、相手に尋ねて確かめるまでの推測にとどめる
他人の痛みは、尋ねて確かめるまでの推測として想像すればよい。シカゴ大学の心理学者ニコラス・エプリーらの25の実験では、相手の立場を想像しても、相手の気持ちを当てる正確さは上がらなかった。正確さが上がったのは、相手に直接尋ねたときだった。
想像には、もう一つ別の問題がある。ドイツの研究者オルガ・クリメッキらは、他人の苦しみを自分も感じる訓練を人々に受けさせた。訓練を受けた人は、負の感情が増えた。痛みを深く共に感じようとすると、想像する側の負の感情が増えるということだ。
だからといって、想像をやめる必要はない。エプリーらの実験でも、相手の立場を想像すると、自分の見方だけで決めつける偏りは減った。想像は、相手に何を尋ねるかを決める手がかりとして使える。そこから先は、相手の答えを聞いて、その答えに沿って動けばよい。
02相手の立場を想像することと、相手から聞き取ることは別の行為だ
エプリーらの実験は、二つの行為を分けて比べた。一つは、相手の立場に自分を置いて頭の中で考える行為で、心理学では視点取得と呼ぶ。もう一つは、相手と話して、相手の考えを直接聞き取る行為である。エプリーらは、これを視点獲得と名付けた。
実験の課題はさまざまだった。写真の表情から気持ちを当てる。作り笑いと本物の笑顔を見分ける。夫婦の一方が、相手の好みを予想する。どの課題でも、立場を想像するよう指示された人の正確さは上がらなかった。論文は、想像はむしろ正確さを下げ、ときに判断への自信だけを高めたと書いている。
相手と話して考えを聞き取った人だけが、正確さを上げた。論文の題を日本語にすると、「他人の心を正確に分かるには、視点を取るより、視点を得ることが要る」となる。
ただし、この25の実験は、痛みそのものを当てる実験ではない。表情や好みを当てる課題が中心だった。私は、痛みの想像にも同じことが言えると考えるが、それは実験の外への推論である。痛みが表情よりも外から見えにくいとすれば、尋ねることの値打ちは、痛みについてはもっと大きくなる。ただし、痛みが表情より見えにくいかどうかは、この25の実験では確かめていない。
03医療には人の痛みに言葉で返す仕事があり、そこにAIが入った
想像と聞き取りの違いが問われる場面の一つは、人の痛みに言葉で返す場面である。医療には、そうした場面がある。医師が患者の訴えに返事を書く。病院や会社が、患者に向けた説明の文書を作る。
そこへ、生成AIが入ってきた。米国のエアーズらは2023年、ネットの掲示板で患者が出した質問195件を集めた。同じ質問に、医師が書いた返事と、ChatGPTが書いた返事を並べた。医療の専門家が、どちらが書いたかを知らされないまま、両方の返事を評価した。
共感がある、またはとても共感があると評価された返事は、ChatGPTで45.1%、医師で4.6%だった。ChatGPTの返事は、医師の返事より長かった。評価した人たちは、返事が医学的に正しいかを、共感とは別に確かめてはいない。
資材を作る仕事にも、この研究は関わる。患者向けの文書の下書きを生成AIに書かせれば、共感のある言い回しは手に入りやすい。それでも、その文面が目の前の患者の痛みを当てているかは、別の問いとして残る。
04痛みを自分の中でなぞると、想像する側の負の感情が増える
ChatGPTの共感のある文面は、高く評価された。では、人が他人の痛みを想像し続けると、想像する側には何が起きるのか。クリメッキらの2014年の研究が、この問いに一つの答えを出した。
クリメッキらは、女性の参加者に二つの訓練を順に受けさせた。最初は、他人の苦しみを自分も共に感じる共感の訓練である。次は、相手の幸せを願い、温かい気持ちを向ける思いやりの訓練だった。訓練を終えた25人を、記憶の訓練を受けた28人と比べた。
共感の訓練の後、参加者の負の感情は増えた。苦しむ人の映像を見たときに感じる負の感情が、強くなった。記憶の訓練を受けた人には、この増え方は見られなかった。その後に思いやりの訓練を受けると、増えていた負の感情は元に戻った。
| 見るところ | エプリーら(2018年) | クリメッキら(2014年) | エアーズら(2023年) |
|---|---|---|---|
| 測ったもの | 他人の気持ちを当てる正確さ | 訓練の前後の感情と脳の働き | 医師とChatGPTの返事の質と共感 |
| 規模 | 25の実験・約2,608人 | 訓練を終えた25人と比べる側28人 | 質問195件・評価585件 |
| 分かったこと | 想像は正確さを上げず、尋ねると上がった | 共感の訓練で負の感情が増え、思いやりの訓練で戻った | 共感があると評価された返事はChatGPTが45.1%、医師が4.6% |
| 分かっていないこと | 痛みそのものを当てる課題は少ない | 参加者は女性だけで、訓練の順序は変えていない | 返事の正確さは別に評価していない |
この研究には限りがある。参加者は女性だけだった。訓練は、共感が先、思いやりが後という順に決まっていた。順序を入れ替えたら結果が変わるかは、この研究からは分からない。
05尋ねた人は気持ちを正確に当て、思いやりの訓練を受けた人は前向きになった
痛みをなぞると、想像する側の負の感情が増える。では、代わりに何をすればよいのか。エプリーらとクリメッキらの研究は、試して効き目を確かめた方法を、一つずつ示している。
推測を口に出して尋ねる
エプリーらの実験では、相手と話して考えを聞き取った人だけが、正確さを上げた。
痛みをなぞる代わりに、相手のために動く
クリメッキらの研究では、思いやりの訓練が、共感の訓練で増えた負の感情を元に戻した。
一つ目の手立ては、尋ねることである。25の実験に参加したのは、合わせて約2,608人。立場を想像するよう指示しても、正確さは上がらなかった。最後の実験で、相手と話して聞き取る機会を与えると、初めて正確さが上がった。
二つ目の手立ては、思いやりに力を回すことだ。クリメッキらの思いやりの訓練は、相手の幸せを願う気持ちを向ける訓練で、相手のために実際に動いたかは測っていない。私はこれを、相手のために動く方向へ力を回す手がかりとして読む。クリメッキらの別の研究を紹介したカリフォルニア大学バークレー校の記事によれば、思いやりの訓練を受けた人は、苦しむ人の映像を見たときにも、前向きの感情が増えた。記事は、他人の苦しみを共に感じすぎると負の感情が増える、と書いている。
二つの手立ては、同じ方向を向いている。相手の立場を頭の中で想像しても理解は正確にならず、苦しみを共に感じる訓練は自分の負の感情を増やした。相手に尋ね、答えを聞き、その人のために何ができるかを考える。二つの研究の結果に沿えば、その順に動くほうが、相手をより正確に分かり、自分の心も疲れにくい。
06自分の自信も、AIの温かい文面も、相手を分かった証拠にはならない
実験で効き目が確かめられたのは、尋ねることと、思いやりの訓練だった。AIが共感の文面を書くいま、ここから三つのことが言える。
一つ目に、想像したときの確信の強さは、正確さの印にならない。25の実験では、立場を想像すると、自信が高まることがあっても、正確さは上がらなかった。「よく分かる」という感覚を、尋ねる手間を省く理由にはできない。
二つ目に、共感のある文面と、相手の事情を正しく分かったことは、別に測られている。エアーズらの研究で評価されたのは、返事の質と共感だった。ChatGPTの返事が共感的だと評価されても、それは相手の痛みを当てた証拠にならない。
三つ目に、同じ文面でも、AIが書いたと知ると、受け手の感じ方が下がる。エルサレムのヘブライ大学のルービンらは、9つの研究、合わせて6,282人を調べた。同じ返事でも、AIが書いたと示されると、人が書いたと示された場合より共感が低く評価された。研究者は、AIが関わったと知るだけで、返事の心の上での値打ちが下がると書いた。この結果に沿えば、AIに書かせた見舞いや謝罪の文も、AIの作だと分かったとき、共感が低く受け取られると見込まれる。
07AIが温かい文面を書くほど、人が直接尋ねる手間の値打ちは上がりうる
AIの作と知ると共感が低く感じられるという結果は、これから人に残る役割を考える手がかりになる。ルービンらの研究では、人は感情に関わるやり取りの相手として、AIより人を選び続けた。
私は、ここから次のように推し量る。AIが共感の文面を書くことが増えるほど、人が相手に尋ねて確かめる手間は、値打ちを増していく。文面の上手さはAIでも手に入るが、ルービンらの研究で返事の値打ちを下げたのはAIが関わったという事実であり、人が自分で尋ね、その答えに沿って動いたやり取りには、その事実がないからだ。
痛みそのものを当てる実験
25の実験の課題は表情や好みの予想が中心で、痛みの読み取りは少ない。
AIの返事の正確さ
共感があると評価された返事が医学的に正しかったかは、評価の外に置かれた。
ただし、これは推論にとどまる。痛みの想像そのものを測った実験は、まだ少ない。AIの共感の文面が、時間とともにどう受け取られていくかも、分かっていない。
それでも、今日からできることはある。誰かの痛みに言葉を返すとき、まず自分の推測を持つ。次に、その推測を相手に尋ねて確かめる。AIに下書きを書かせたなら、相手の答えに合わせて、自分が書き手として直してから返す。
- 25の実験で、相手の立場を想像するよう求めても、気持ちを当てる正確さは上がらず、尋ねると上がった。「よく分かる」という感覚は、尋ねるのを省く理由にならない。
- 他人の苦しみを共に感じる訓練は負の感情を増やし、思いやりの訓練はそれを元に戻した。痛みの想像を深めるより、相手のために動くほうが、想像する側の心も疲れにくい。
- ChatGPTの返事は医師より共感的と評価されたが、同じ文面でもAIの作と知られると、共感は低く感じられた。共感の文面をAIに書かせても、尋ねて確かめる役は人に残る。
他人の痛みは、尋ねて確かめるまでの推測として想像してよい。そこから先、立場を頭の中で想像し続けても理解は正確にならず、苦しみを共に感じ続ければ想像する側の負の感情が増える。AIが共感の文面を書けるいま、人が担うのは、相手に尋ね、その答えに沿って動くことである。
- Journal of Personality and Social Psychology. Perspective mistaking: Accurately understanding the mind of another requires getting perspective, not taking perspective(Eyal, Steffel, Epley, vol. 114, no. 4). 2018. https://static1.squarespace.com/static/55917f64e4b0cd3b4705b68c/t/5cbe54fb71c10bbdc16e0dbc/1555977471661/eyal.steffel.epley.2018.pdf(立場の想像が正確さを上げず自信を高めることがあったこと、尋ねると正確さが上がったこと、25の実験)
- JAMA Internal Medicine(PMC 収録). Comparing Physician and Artificial Intelligence Chatbot Responses to Patient Questions Posted to a Public Social Media Forum(Ayers ほか). 2023-04-28. https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10148230/(質問195件、共感の評価の割合、正確さを別に評価していない限り)
- Social Cognitive and Affective Neuroscience(PMC 収録). Differential pattern of functional brain plasticity after compassion and empathy training(Klimecki, Leiberg, Ricard, Singer). 2014. https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC4040103/(共感の訓練で負の感情が増え、思いやりの訓練で戻ったこと、25人と28人、女性のみ)
- The Hebrew University of Jerusalem, Department of Psychology. Comparing the value of perceived human versus AI-generated empathy. 2025-07-16. https://en.psychology.huji.ac.il/news/comparing-value-perceived-humanversus-ai-generated-empathy(AIが関わったと知るだけで返事の値打ちが下がること)
- Greater Good Magazine(UC Berkeley). When Empathy Hurts, Compassion Can Heal. 2013-08-22. https://greatergood.berkeley.edu/article/item/when_empathy_hurts_compassion_can_heal(思いやりの訓練で前向きの感情が増えたこと、苦しみを共に感じすぎると負の感情が増えること)
- Nature Human Behaviour. Comparing the value of perceived human versus AI-generated empathy(Rubin, Li, Zimmerman, Ong, Goldenberg, Perry, vol. 9, no. 11, pp. 2345–2359). 2025. https://cris.huji.ac.il/en/publications/comparing-the-value-of-perceived-human-versus-ai-generated-empath/(9つの研究・6,282人、AIの表示で共感が低く評価されたこと、感情のやり取りで人が選ばれたこと)
