同僚が AI の誤りを見逃したときも、誰かにひどいことをされたときも、許せば得をするのは誰なのかが、はっきりしない。誰かを許すことは、その人のためなのか、自分のためなのか?確かめた試験が効果を示したのは許す本人の側で、相手の側は調べていないので、許すかどうかは自分のために選び、相手の責任は別に残すのがよい。

014,598 人の試験で下がったのは、許す本人の恨みと症状だった

答えが数字で出ているのは、許す本人の側である。Man Yee Ho らは 5 か国の 4,598 人を無作為に分け、許しのワークブックの効果を調べた。2 週間後、すぐに取り組んだ人たちは、待っていた人たちより恨みと抑うつ・不安が低かった。

相手のためになるかどうかは、この試験では調べていない。得点を取ったのは参加者本人で、Ho ら自身も、周囲の人への影響は調べなかったと書いている。

別の実験では、相手が償っていないのに許すと自尊心が下がるという結果も出た。だから私は、相手の償いを問わず許すよう勧めることはしない。許すかどうかは自分のために選び、責任を問うかどうかは別に決める。許さないという選択も、正当な結論として残しておく。

02許しは言い訳や仲直りと別のもので、決断と感情の二つに分かれる

本人の恨みが下がると言うとき、許しとは何を指すのか。スタンフォード哲学百科事典は、許しを言い訳や仲直りと分けて論じている。言い訳は相手の落ち度を消すが、許しは落ち度を残したまま行う。仲直りを断りながら許すこともできる、と同じ項目は書く。

心理学の側では、Worthington らがもう一つの区別を立てた。相手への振る舞いを改めようと決めることが、決断としての許しである。恨みが別の感情に置き換わっていく変化は、感情としての許しと呼ばれる。

二つは同時に進むとは限らない。もう責めないと決めたのに、顔を見ると腹が立つ。この二つの定義で読めば、決断としての許しは成り立ち、感情としての許しがまだ起きていない状態で、許しの失敗とは呼べない。

図 1 傷つけられた後に分かれる三つの段階
傷つけられる恨みが生じる行動を決める感情が変わる時間差がありうる仲直りは別の判断しなくても許せる傷つけられる恨みが生じる行動を決める感情が変わる時間差がありうる仲直りは別の判断しなくても許せる
三つの段階は同時に進むとは限らない。決めた後も恨みが残ることがある。

03調べた相手は地域の住民と夫婦で、職場を測った研究は見つからなかった

ここで読む研究の参加者は限られている。Ho らの試験の参加者は、コロンビア、香港、インドネシア、南アフリカ、ウクライナの地域住民だ。年齢の中央値は 26 歳で、女性が 73% を占める。

見るところHo らLuchies らMcNulty
対象5 か国の 4,598 人夫婦と実験の参加者新婚の夫婦
方法無作為化試験追跡と実験4 年の追跡
測ったもの恨み・抑うつ・不安自尊心と自己の明確さ相手の攻撃

職場を測った研究を、私は今回の範囲で見つけられなかった。同僚が生成 AI で下書きした資材に誤りがあり、それを許すかどうかで迷う。そんな場面を測った研究も、確かめた範囲には無い。

AI の誤りに近い研究なら、ある。Dietvorst らの実験では、同じ誤りを見ても、人間の予測者よりアルゴリズムへの信頼のほうが早く落ちた。ただし測ったのは信頼と選択で、許しではない。夫婦や住民の結果を職場へ当てはめるなら、そのまま同じとは考えないほうがよい。

04相手のためになるかに答えが出ない理由の一つは、測られるのが主に本人であることだ

試験で測られるのが本人の症状だと、許しは誰のためかという問いには、本人の側の数字しか出ない。スタンフォード哲学百科事典によれば、セラピストは本人の幸福のために許すよう勧めることが多い。多くの哲学者は、自分の得のためだけの行いを許しと認めない。

哲学者の中には、自分のために責めるのをやめることを、許しとは別の名前で呼ぼうとする人もいる。同じ項目には反論も載っている。人は実際に自分のために許しているのだから、その分け方には無理があるという。

図 2 本人の側と相手の側で、測られたものの差
許す本人の側相手と周囲の側恨み試験で下がった抑うつと不安試験で下がった自尊心相手の攻撃夫婦の追跡の関連周囲への影響試験では調べず許す本人の側相手と周囲の側恨み試験で下がった抑うつと不安試験で下がった自尊心相手の攻撃夫婦の追跡の関連周囲への影響試験では調べず
上の段には試験や実験の結果があり、下の段は関連か未測定にとどまる。

私の解釈では、相手のためになるかに答えが出ない理由の一つは、私が読んだ研究が本人の側を中心に測っていることにある。Ho らの試験は本人の恨みを測ったが、許された相手の変化は測らなかった。自分のための行いを許しと呼べるかは定義の争いで、数字が増えても片づかない。一方、相手の側の数字が無ければ、「相手のためになる」という主張は確かめようがない。

052〜3 時間のワークブックで、許せない気持ちと抑うつ・不安が下がった

本人の側の結果は、数字で示されている。Ho らが使ったワークブックは REACH という五段階をたどり、全体で 2〜3 時間かかる。

①

R・E

傷を思い出し、相手の立場を想像する。

②

A・C

見返りを求めずに許し、その許しを続けると約束する。

③

H

許したことを持ち続ける。全体で 2〜3 時間。

参加者の一方の群はすぐに取り組み、もう一方は 2 週間待ってから取り組んだ。2 週間後に二つの群を比べると、すぐに取り組んだ群のほうが得点が低かった。二つの群の差は、許せない気持ちで 0.53、抑うつで 0.22、不安で 0.21 である。これは標準化平均差という値で、平均の開きを得点のばらつきを単位にして表す。

著者らは、この効果を治療の代わりとは書いていない。抑うつと不安への効果は、認知行動療法の総説の値より小さいという。認知行動療法はより多くの回数と長い期間を使う、と著者らは断っている。つらさが強い人にとって、ワークブックは医療の相談に代わるものにはならない。

06効果がいつまで続くかは未確定で、相手の償いと攻撃によって勧め方も変わる

2 週間後の数字だけでは、許しを人に勧めるには足りない。効果の続く期間と、相手の行動を見る必要がある。

期間から見ると、著者らは効果が確かに言えるのは 2 週間までだと書く。待っていた人たちも後で取り組むので、それ以降の差を比べられないからだ。4 週後まで保たれた様子には触れているが、確定はしていない。一度許せば済むとは言えない。

相手が償ったかどうかで、許した本人の自尊心は変わる。Luchies らの実験と追跡では、相手が償った場合に許すと自尊心が上がり、償わない場合に許すと下がった。この研究の一部には測り方への批判がある。私は要旨で確かめた範囲で読んでいる。

相手の攻撃については、McNulty が新婚の夫婦を 4 年追跡した。許しやすい配偶者が受ける心理的・身体的な攻撃は横ばいだった。許しにくい配偶者が受ける攻撃は減っていった。これは関連で、許しが攻撃を生んだとは言えない。許しやすさを仮想の場面の質問で測った点には、批判もある。そして攻撃の責任は、攻撃する側にある。因果が分からなくても、この結果から許しで攻撃が止まるとは期待できないので、攻撃のある関係では身の安全を先に確かめる。

①

持続

2 週間より先は確定していないので、一度で済むとは考えない。

②

償い

相手が償っていないなら、許さない選択も持っておく。

③

安全

攻撃が続く関係では、許す前に身の安全を確かめる。

07許された相手が変わるかは分からないので、責任は別に扱うのが安全だ

償いが本人の自尊心を左右するなら、次に知りたいのは、許された相手の側で何が変わるかである。McNulty が示した攻撃との関連はあるが、因果は言えない。それ以外は、確かめた数本の研究では答えが出なかった。文献全体で測られていないという意味ではなく、私が読んだ範囲の話だ。

AI の誤りを「許す」と言えるのかどうかも、確かめられなかった。私はこれを問題として記すだけにする。生成 AI の下書きに誤りがあったとき、記録を残して手続きで直す作業は、誰かを許すかどうかと関係なく進められる。

当面の私の答えは、感情の整理と責任の追及を別の作業として扱うことだ。許された相手が変わるかどうかが分からない以上、相手の責任の扱いを許しの効果に頼ることはできない。許しは落ち度を残したまま行うものなので、二つを分けても許しの定義と食い違わない。こうしておけば、許しても相手の責任は消えない。責任を問うている間に、恨みを手放してもよい。これは試験の結果ではなく、ここまでの研究から私が引いた推論で、職場で確かめた研究も見つけていない。自分のために選ぶことを許しと呼ぶかどうかの争いは、ここでは決着させない。

図 3 許すかどうかを決める前に分けること
安全を確かめる攻撃が続くなら優先償いはあるか責任を別に扱う記録や手続きで許すかを決める自分のために選ぶ安全を確かめる攻撃が続くなら優先償いはあるか責任を別に扱う記録や手続きで許すかを決める自分のために選ぶ
許さないと決めることも、この順序の一つの結果である。
Key Points ── 持ち帰る 3 つ
  1. Ho らの試験で確かに言える効果は 2 週間後までである。ワークブックを一度やれば済むとは読まない。
  2. Luchies らの研究では、相手が償ったかどうかで自尊心への影響が逆になった。許すかどうかは、償いの有無を確かめてから決める。
  3. McNulty の追跡では、許しやすい配偶者が受ける攻撃は減らなかった。因果は分からないが、攻撃のある関係では安全を先に確かめる。
結語

誰かを許すことが自分のためになるという試験の結果は 2 週間後まであるが、相手が償っていなければ自尊心が下がるという結果もある。その人のためになるかは、確かめた研究からは言えない。だから許すかどうかは自分のために選び、相手の責任は別の手続きとして残す。

出典·参考文献
  1. Ho MY, Worthington EL, Cowden RG, ほか. International REACH forgiveness intervention: a multisite randomised controlled trial. BMJ Public Health. 2024;2(1):e000072. https://doi.org/10.1136/bmjph-2023-000072(4,598 人の試験の結果、2 週間までという限界、周囲への影響を調べていないこと、五段階の内容)
  2. Luchies LB, Finkel EJ, McNulty JK, Kumashiro M. The doormat effect: When forgiving erodes self-respect and self-concept clarity. Journal of Personality and Social Psychology. 2010;98(5):734-749. https://research.gold.ac.uk/id/eprint/5360(償いの有無で自尊心への影響が分かれること)
  3. McNulty JK. The dark side of forgiveness: the tendency to forgive predicts continued psychological and physical aggression in marriage. Personality and Social Psychology Bulletin. 2011. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/21558557/(許しやすさと配偶者の攻撃の持続の関連)
  4. Stanford Encyclopedia of Philosophy. Forgiveness. 2026-01-16 版. https://plato.stanford.edu/entries/forgiveness/(許しと言い訳・仲直りの違い、本人のための許しをめぐる対立)
  5. Worthington EL, ほか(著者公開の原稿). Decisional and Emotional Forgiveness: Conceptualization and Development of Self-Report Measures. https://static1.squarespace.com/static/518a85e9e4b04323d507813b/t/51ddacc8e4b0c8c25ec46f3d/1373482184627/Decisional+and+Emotional+Forgiveness+.pdf(決断としての許しと感情としての許し)
  6. Dietvorst BJ, Simmons JP, Massey C. Algorithm aversion: people erroneously avoid algorithms after seeing them err. Journal of Experimental Psychology: General. 2014-11-17 公開. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/25401381/(同じ誤りでもアルゴリズムへの信頼は人より早く落ちること)