監視映像を情報センターが Clearview AI で照合し、8枚の写真が返った。刑事の申請書には「特定を受けた」とだけ書かれ、AIの使用も注意書きも載らなかった。一審は二度証拠を使わせない判断を出し、控訴審は一度目を取り消した。令状が有効かは未確定である。確かな手は、使ったAIと人が選んだ理由を自分の書面に書くことだ。
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2026年1月6日、オハイオ州の裁判所は、AI の顔照合を使ったことを令状の申請書に書かなかった刑事をとがめ、押収した証拠を裁判で使わせない判断を出した。AI の照合を手がかりに使ったとき、使ったことを書面に書く義務は誰にあるのか。書く義務は AI を使って令状を求めた刑事にある。書かなかった令状が有効かどうかは裁判所によって揺れているので、確かな手は自分の書面に書いておくことだけである。

01AI の顔照合を書かなかった令状は、裁判所のあいだを行き来している

オハイオ州クリーブランドで 2024年2月に殺人事件が起きた。警察は、事件の 6 日後の監視カメラの映像を州の情報センターに送った。情報センターは Clearview AI という顔照合の道具で映像を調べ、8 枚の写真を警察に返した。

刑事は、容疑者の住まいを捜索する令状を裁判官に求めた。令状の申請書には「情報センターを通じて身元の特定を受けた」と書かれていた。刑事は、AI の顔照合を使ったことを書かなかった。AI が容疑者以外の人の写真も返したことも、申請書には書かれていなかった。

警察は捜索で拳銃を見つけ、男性を殺人で起訴した。裁判所の判断は、一度では決まらなかった。

2026年10月1日、法律の報道機関 Bloomberg Law は「オハイオ州の検察が、捜索の根拠に AI を使うことを認める控訴審の判断を得た」という見出しの記事を出した。私が読めたのは見出しだけである。この判断がクリーブランドの事件のものかどうかを、私は確かめられていない。

この事件からは二つのことが言える。AI の顔照合を書面に書く義務は、AI を使って令状を求めた刑事にある。AI の使用を書かなかった令状が有効かどうかは、裁判所によって判断が分かれている。判断が揺れていても、使ったことを書いておけば、書かなかったこと自体を争われることはない。だから、AI の答えを仕事の手がかりに使う人は、使ったことを自分の書面に書いておくべきだ。

02AI の結果は手がかりにすぎないと、照合した側の報告書に書いてあった

クリーブランドの刑事は、申請書に「特定を受けた」とだけ書いた。では、顔照合をした情報センターは、AI の結果の使い方について何を書いていたのか。

法律の解説サイト Objectively Reasonable によると、情報センターの報告書には注意書きがあった。注意書きは、顔照合の結果を捜査の手がかりとして扱い、逮捕の根拠を AI の結果だけに頼ってはならないと書いていた。報告書は、AI の結果を裁判の証拠や裁判所への書類に使うことも認めていなかった。

図 1 監視映像から令状までの間に消えたもの
出どころが落ちる監視カメラの映像事件の6日後AI の顔照合注意書き申請書から消えた令状の申請書特定を受けたと書く出どころが落ちる監視カメラの映像事件の6日後AI の顔照合注意書き申請書から消えた令状の申請書特定を受けたと書く
候補は AI の顔照合から出たが、申請書には「特定を受けた」とだけ残った。情報センターが付けた注意書きは、その間で消えている。

刑事の申請書には、AI の顔照合も、情報センターの注意書きも載らなかった。令状を出した裁判官は、「特定を受けた」という一文しか読めなかった。

情報センターは、AI の結果の使い方に限度を書いていた。その限度は報告書の中にとどまり、令状を出す裁判官のところまで届かなかった。

03使った資料を記録に残す手続は、医薬品の世界ではすでに動いている

情報センターの注意書きは、刑事の申請書に写されなかった。使った資料の出どころを書面に残す手続は、別の業界にすでにある。

厚生労働省は 2018年に「医療用医薬品の販売情報提供活動に関するガイドライン」を出した。製薬会社は、医師に説明するための資料を、販売部門から独立した部署の審査に先に通す。営業担当者が医師に何を話したかは、口頭の説明まで含めて業務記録に書き、会社が保管する。

見るところ令状の申請書医療用医薬品の資料
使う前に確かめる者令状を求める刑事と、令状を出す裁判官販売部門から独立した審査の部署
出どころを書くかこの事件では AI の顔照合が書かれなかった使った資料を業務記録に書く
口頭のやり取り申請書の外には残らない口頭の説明も記録に書く
書かなかったときの扱い証拠を使わせない判断と、その取り消しが行き来した審査を通らない資料は使えない

製薬会社では、営業担当者が何を根拠に医師に話したかが、会社の記録に残る。令状の申請書について、刑事がどうやって容疑者にたどり着いたかを順に書く決まりは、この事件の時点では見当たらなかった。

04刑事は、AI ではなく役所から答えを受けたと書いた

製薬会社は、使った資料を記録に残している。では、クリーブランドの刑事は、なぜ AI の顔照合を申請書に書かなかったのか。

刑事が申請書に書いたのは「情報センターを通じて特定を受けた」という一文だった。申請書の書き方では、容疑者の名前は州の情報センターという役所から届いたものとして扱われている。申請書には役所の名前だけが残り、答えを出した AI の名前は書かれなかった。刑事がなぜそう書いたのかを、出典は示していない。一審の裁判官は、この書き方をわざと事実に反するものと見た。

検察は控訴審で、ほかの捜査が特定を裏付けていたと主張した。監視カメラの映像が男性の動きを示していたこと、男性の仮釈放中の住所がその場所だったことを、検察は挙げた。検察の考えでは、AI の顔照合は捜査の一部にすぎず、書かなくても令状の根拠は足りていた。

検察のように AI の答えを捜査の一部と見れば、AI を書面から省いても令状の根拠は足りるという結論になる。答えを動かした材料が説明から消えることは、AI の研究でも測られている。2023年、ターピンらは言語モデルの入力に、答えを偏らせる手がかりを加える実験をした。言語モデルは答えを変えたが、説明ではその手がかりに触れなかった。正答率は最大で 36% 下がった。

ターピンらが測ったのは言語モデルの説明で、刑事の書面ではない。私は、刑事の書き落としと言語モデルの書き落としが同じ原因で起きるとは考えていない。答えを動かした材料が後の説明から落ちることは、人の書面にも AI の説明にも起きる。言えるのはそこまでである。

05刑事は、容疑者にたどり着いた順番を書面に残せる

クリーブランドの刑事の申請書からは、AI の名前が消えていた。AI の名前を書面に残すには、三つのことをすればよい。

図 2 容疑者にたどり着いた順番を三つに分ける
たどり着いた順番起点候補の出どころどの映像から人の絞り込み誰が何を見たか申請書の記載二つが載るかたどり着いた順番起点候補の出どころどの映像から人の絞り込み誰が何を見たか申請書の記載二つが載るか
候補の出どころと人の判断は現場に残るが、裁判官や弁護士が読めるのは申請書だけである。三つ目が欠けると、前の二つは確かめられない。

一つ目に、刑事は、容疑者の候補がどの資料から出たかを書く。クリーブランドの事件なら、監視カメラの映像を Clearview AI で調べ、8 枚の写真が返ったという事実である。

二つ目に、刑事は候補をどう絞ったかを書く。誰が、何を見て、8 枚の写真の中から一人を選んだのかを書く。

三つ目に、刑事は、AI の結果と自分の選び方が申請書に載っているかを確かめる。裁判官や弁護士が読めるのは、裁判所に出した申請書だけだからである。

①

使った道具を名指しする

候補がどの資料から出たかを、使った AI の名前とともに書面に書く。

②

人が選んだ理由を分けて書く

候補を絞ったのが誰で、何を見て絞ったかを、AI の結果とは別に書く。

③

注意書きも一緒に写す

AI の結果を返した側が付けた注意書きを、AI の結果と同じ書面に写しておく。

書くのにいちばん手間がかかるのは、人が選んだ理由である。刑事がなぜその一人を選んだかは、刑事の頭の中にしかない。刑事が書面に書かなければ、後から誰も確かめられない。

06書く義務は AI を使った側に残り、令状が有効かはまだ決まっていない

クリーブランドの刑事は、容疑者にたどり着いた順番を申請書に書けた。AI の答えを仕事に使う人は、この事件から三つのことを学べる。

①

注意書きは使う側に移らない

AI の結果を返した側が注意書きを付けていても、使った人は自分で書く義務を負う。

②

令状が有効かは決まっていない

AI の使用を書かなかった令状について、裁判所の判断は行き来している。

③

EU は一回ごとの記録を求める

AI を使うたびに記録へ書くよう求める条文が、EU の規則にある。

まず、この事件では、注意書きがあっても、使った人の義務は軽くならなかった。情報センターの報告書は、AI の結果を捜査の手がかりとしてだけ使うよう書いていた。しかし、令状を出す裁判官が読んだのは、刑事の申請書だけだった。2026年1月、一審の裁判官は刑事の申請書をとがめた。刑事は、AI を使ったことも注意書きも書かなかった。裁判官は、刑事がわざと事実に反する書き方をしたと見た。裁判で問われたのは、注意書きを書いた情報センターではなかった。裁判で責任を問われたのは、申請書を出した刑事のほうである。

次に、AI の使用を書かなかった令状が有効かどうかは、まだ決まっていない。一審の裁判官は 2025年1月と 2026年1月の二度、証拠を使わせない判断を出した。控訴裁判所は 2025年9月に、一度目の判断を取り消した。2025年1月の判断の後、検察は殺人罪で有罪を得る見込みが失われたと述べていた。一審のこの判断で、事件の行方は大きく変わった。令状が最終的に有効かどうかは、裁判所がまだ決めていない。

最後に、EU の規則は AI を使うたびに書くことを求めている。EU の AI 法の第 26 条は、警察が録画から後で人を特定するたびに、使ったことを警察の記録に書くよう求めている。オハイオの事件に EU の規則は当てはまらない。それでも、EU には AI を使うたびに書く決まりが法律としてある。

07次の争点になりうるのは、AI を使ったことを書く義務の広さである

AI の顔照合を書かなかった場合の扱いは、オハイオの裁判所で揺れている。では、AI を使ったことを書く義務は、これからどこまで広がるのか。手がかりになる文書は二つある。

EU の AI 法の第 26 条は、警察が録画から後で人を特定するとき、許可の請求を求めている。警察は遅くとも 48 時間以内に、裁判所などに許可を求めなければならない。警察は、使うたびに警察の記録へ書くことも求められている。

米国では、26 州の司法長官が 2026年9月23日に、連邦議会の指導部へ書簡を送った。司法長官たちは、AI の事故が起きたときに調査官が会社の帳簿と記録を直接見て、結果を公表する仕組みを求めた。

図 3 AI の使用を書かせる決まりの段
使うたびの記載警察の記録へ許可の請求調査と公表外から読める使うたびの記載警察の記録へ許可の請求調査と公表外から読める
EU の AI 法は記載と許可の請求を求め、米国の司法長官は記録を外から読む調査を求めた。どの段も、最初の記載がなければ動かない。

EU の AI 法も司法長官の書簡も、オハイオの事件には当てはまらない。EU の AI 法は欧州の法律で、米国の事件には使われない。司法長官の書簡が法律になるかどうかは、確かめられていない。

クリーブランドの事件も、まだ終わっていない。Bloomberg Law の 10月1日の見出しがクリーブランドの事件を指すのかどうかを、私は確かめられなかった。控訴裁判所が証拠を認めることはありうる。それでも、一審の裁判官が刑事の申請書を二度とがめたことは変わらない。その判断は裁判の記録に残る。刑事が AI を使ったと書いていれば、書かなかったことを理由に争われることはなかった。

Key Points ── 持ち帰る 3 つ
  1. 情報センターの報告書は、AI の顔照合の結果を捜査の手がかりに限っていた。注意書きは、刑事が申請書に写さない限り、裁判官に届かない。
  2. 一審の裁判官は、2025年1月と 2026年1月に証拠を使わせない判断を出した。控訴裁判所は、2025年9月に一度目の判断を取り消した。AI の使用を書かなかった令状が有効かどうかは、まだ決まっていない。
  3. EU の AI 法は、警察が録画から後で人を特定するたびに、使ったことを警察の記録に書くよう求めている。AI を使うたびに書く手続は、すでに EU の法律の条文にある。
結語

AI の顔照合を書面に書く義務は、AI を使って令状を求めた刑事にある。情報センターの注意書きは、刑事の義務を軽くしなかった。

オハイオの裁判所は、AI の使用を書かなかった令状について、証拠を使わせない判断と、その取り消しのあいだで判断を行き来させている。控訴裁判所がどう判断しても、AI の答えを仕事に使う人のすべきことは同じである。使った AI の名前と、自分が何を見て選んだかを、自分の書面に書いておくことだ。AI の使用が書いてあれば、書かなかったことを後から裁判で争われることはない。

出典·参考文献
  1. ACLU of Ohio. State v. Tolbert (amicus). 2026.(2025年9月25日の控訴審の取り消しと差し戻し。2026年1月6日の一審が、申請書にわざと事実に反する記載があったと認め令状を取り消したこと。2026年1月9日の州の控訴)
  2. Objectively Reasonable. Can law enforcement use artificial intelligence facial recognition to identify a suspect without notifying the court of the AI disclaimer? 2025-12-15.(情報センターの報告書の注意書きの文言。申請書の「情報センターを通じて特定を受けた」という記載。検察が挙げたほかの裏付け)
  3. Ideastream Public Media. Attorneys: Cleveland police use facial recognition without training or transparency on its use. 2026-02-11.(2026年1月6日の判断の内容。申請書が AI の顔照合とほかの候補の存在を書かなかったこと。検察の控訴)
  4. The Record. Prosecutors say they can't obtain murder conviction after judge throws out evidence from facial recognition match. 2025-01-28.(2025年1月の一審の判断の後、検察が有罪を得る見込みが失われたと述べたこと)
  5. Bloomberg Law. オハイオ州の検察が、捜索の根拠に AI の利用を認める控訴審判決を得たとする記事(見出しのみ確認). 2026-10-01.(本文は未読。どの事件の判断かは確かめられていない)
  6. 厚生労働省. 医療用医薬品の販売情報提供活動に関するガイドライン. 2018-09-25.(日本ジェネリック製薬協会の解説ページで参照。資材の事前審査を独立した監督部門が行うこと。口頭の説明を含む業務記録の作成と保管)
  7. Turpin, M., Michael, J., Perez, E., Bowman, S. R. Language Models Don't Always Say What They Think: Unfaithful Explanations in Chain-of-Thought Prompting. NeurIPS 2023 / arXiv:2305.04388.(偏りを生む手がかりを加えると、モデルは答えを変えながら説明でそれに触れない。正答率は最大 36% 低下)
  8. European Union. Regulation (EU) 2024/1689 (Artificial Intelligence Act), Article 26. 2024-06-13.(事後の遠隔生体識別について、48 時間以内の許可の請求と、使用ごとの警察記録への記載)
  9. 26 州司法長官(カリフォルニア州司法長官室公表). Letter to congressional leadership on federal regulation of frontier artificial intelligence. 2026-09-23.(帳簿と記録への直接の立ち入りと結果の公表を伴う、政府主導の事故調査を求めたこと)