
2026年9月29日、トランプ政権は連邦政府の案内サイト America.gov を始め、Google の Gemini と xAI の Grok を使う AI チャットボットが、約 29,000 の政府サイトの情報から質問に答えるようになった。この AI が誤った案内をしたとき、それを信じて動いた人は守られるのか。人間の職員の誤りを扱った米国の判例に従えば、守られない。連邦最高裁は 1990 年、職員の誤った助言を信じて年金を失った人への支払いを認めなかった。AI の案内なら別に扱う、という決まりも示されていない。
01AIの案内が誤っても、給付を決めるのは法律のほうである
America.gov は、旅券や Medicare の手続をどこで行えばよいかを、利用者の質問に合わせて答えるサイトである。FedScoop によれば、答えを作るのは Gemini と Grok で、材料は約 29,000 の連邦サイトに載った情報だ。
AI の答えが誤っていて利用者が損をしても、国がその損を埋めると認めた判例を、私は確かめられていない。最高裁は 1990 年の OPM 対 Richmond 判決で、海軍の人事担当者の誤った助言を信じた元職員に、法律に無い支払いを認めなかった。国庫から出せる金は法律が認めた分に限られる。判決はそう理由を述べた。
利用者にできることは残る。その第一は、チャットボットから答えを受け取ったら、元になった省庁のページを自分で開いて確かめることだ。
ただし留保がある。Richmond 判決が扱ったのは人間の職員の助言で、チャットボットではない。裁判所が AI の誤った答えを信じた人について判断した例を、私は見つけていない。
02America.govは手続の場所を答えるだけで、申請は受け付けない
給付の額を決めるのが法律だとすると、America.gov は何を決めているのか。始動の時点では、何も決めていない。FedScoop は、チャットボットが質問に答え、政府のサービスがどこにあるかを示すと伝えた。申請を受け付けるのも、給付を認めるのも、これまでどおり各省庁である。
サイトを主導したのは、米国チーフ・デザイン・オフィサーの Joe Gebbia だ。KUTV は Gebbia の説明を載せている。Grok か Gemini か ChatGPT を使ったことのある人なら、America.gov の使い方はすぐに分かる、という内容だった。利用者は質問を文章で打ち込み、文章で答えを受け取る。
手続そのものをサイトの上で進められるようにするのは、2027 年の計画である。国務省は、2027 年末までに旅券の申請の大半を America.gov 経由にする目標を掲げた。KUTV によると、各省庁にサービスの統合を指示する大統領令も出た。旅券の目標も大統領令も、これから実行される予定である。始動の日に America.gov でできたのは、質問して答えを受け取ることだけだった。
03AIの答えが誤ると、困るのは旅券やMedicareを申請する人である
America.gov は手続の場所を教えるだけで、申請を認めるかどうかは決めない。教えられた場所や期限が誤っていたとき、困るのは質問した本人である。KUTV が対象として挙げたのは、旅券の申請、結婚後の改名、Medicare の加入、退役軍人の給付だった。
| 見るところ | 始動時(2026年9月) | 計画(2027年) |
|---|---|---|
| AIが行うこと | 質問に答え、手続の場所を示す | 手続をサイト上で続け、進み具合を追う |
| 材料 | 約29,000の政府サイト | 各省庁のサービスとの接続 |
| 決定を下す者 | 各省庁 | 公表されていない |
始動の時点で申請を認めるかどうかを決めるのは、各省庁である。審査する省庁が照らすのは規則と、申請者が出した書類だ。AI の答えが規則と食い違っていれば、期限を過ぎた、書類が足りない、という結果は、その答えに従った申請者の側に出る。
始動の日に、AI の答えが誤りうることを指摘した報道がある。TechCrunch は、大規模言語モデルは誤りを免れず、事実に無いことを答える傾向が残っていると書いた。
ここで扱うのは米国の連邦の手続に限る。州や市の窓口、米国の外の行政には別の決まりがある。
04原因は予算の決まり: 政府の支払いは法律が認めた分に限られる
誤ったのは政府の窓口なのに、損は申請者に残る。金の支払いを求める場面について、最高裁はその理由を米国の予算の決まりに置いた。
Richmond 氏は海軍で働いたのち、障害年金を受けていた。氏は年金を受けながらどこまで働いてよいかを、海軍の人事担当者に尋ねた。担当者は古い規則に基づいて答え、古い版の冊子も渡した。氏はそれを信じて働き、年金を 6 か月分失った。
最高裁は救済を認めなかった。判決は、国庫からの金の支払いは法律が認めたものに限られると述べている。担当者が誤ったからといって、議会が認めていない額を、裁判所は払わせられない。これが判決の筋である。
確かめるのは市民の役目だという考え方は、Richmond 判決より前からある。最高裁は 1947 年の Merrill 判決で、次のように述べた。政府と契約などを結ぶ人は、相手の職員にその権限があるかどうかを自分で確かめなければならない。確かめ損ねた危険は、その人が負う。
AI が誤った答えを出した場合については、裁判所はまだ判断していない。Richmond 氏に誤った答えを渡したのは、人間の担当者と印刷された冊子だった。チャットボットが誤った場合も裁判所は同じ結論を出すだろう、というのは私の推論である。
05NY市のボットは違法な助言を出し、商務省のボットは確認を求めた
職員が誤った助言をしても、国が払う額は法律の定めより増えない。では窓口が AI に替わると、誤りはどんな形で出るのか。先例は自治体にある。2024 年 3 月、The Markup は、ニューヨーク市の公式チャットボット MyCity が事業者に法に反する答えを返したと報じた。
MyCityの誤答
従業員のチップを取ってよい、現金を受け取る義務は無い、と誤って答えた。
市の注意書き
ニューヨーク市は、ボットが誤った内容や偏った内容を出すことがあるとサイトに書いていた。
国際貿易局の注意書き
チャットボットの答えを法的助言や専門的助言として使わないよう求めている。
三つめの注意書きは、連邦の機関である商務省の国際貿易局が書いた。市も連邦の機関も、ボットが誤りうると知ったうえで公開している。
注意書きを置いても、ボットの答えそのものは変わらない。注意書きが伝えているのは、答えを確かめるのは利用者だということである。運営者は、確かめるよう伝えてあったと言える。利用者は、誤りうるとは聞いていなかった、と後から言いにくくなる。
始まったばかりの America.gov がどんな注意書きを置いているかは、この記事では確かめられていない。
06同じ誤案内でも、Air Canada は賠償し、連邦の窓口は支払わない
運営者は注意書きを置き、それでもボットは誤る。ボットが誤ったとき、損を負ったのは誰か。民間の会社が運営する窓口と連邦政府の窓口とで、結論は逆になった。
| 見るところ | Air Canada(2024年) | Richmond(1990年) |
|---|---|---|
| 誤りの出どころ | 会社のサイトのチャットボット | 海軍の人事担当者と古い冊子 |
| 判断した機関 | BC州の民事解決審判所 | 米連邦最高裁 |
| 結果 | 会社が賠償する | 支払いは認められない |
| 理由 | 静的なページでもチャットボットでも違いは無い | 国庫の支払いは法律が認めた分に限る |
ただし、二つは国も機関の格も違う。Air Canada の件を判断したのはカナダの州の審判所で、Richmond 氏の件を判断したのは米国の最高裁である。私が二つを並べたのは、損を負う人が逆になったことを見るためである。法の優劣は比べていない。
Air Canada の件では、誤案内の損を運営する会社が負った。審判所は、ボットの答えも Air Canada が自社のサイトに載せた情報だと見た。だから会社に責任があると判断した。民間のボットに尋ねる人にとって、答えの画面は後で会社に示せる記録になる。
連邦政府の窓口では、Richmond 判決に従えば、誤った答えを信じた人が損を負う。Richmond 判決で最高裁が調べたのは、その支払いを法律が認めているかどうかだった。誰が誤ったかは、結論を左右しなかった。答えるのが人間の職員でも AI でも、法律が認める支払いの額は同じである。だから私は、America.gov の答えを根拠に給付を求めるのは難しいと考える。
国が損を埋めないのなら、利用者は動く前に AI の答えを確かめる必要がある。国際貿易局は、自局のボットの答えを法的助言に使わないよう利用者に求めている。ボットを運営する機関が、答えにそのまま頼らないよう利用者に求めているのである。
072027年には手続もサイトに移る計画で、AIの誤りが申請書に入りうる
いまの America.gov は手続の場所を答えるだけである。だから利用者は、省庁のページを開けば答えを確かめられる。FedScoop が伝えた 2027 年の計画では、利用者は手続をサイトの上で続け、進み具合を追えるようになる。国務省の目標が実現すれば、旅券の申請の大半が America.gov を通る。
手続がサイトに移れば、AI が誤る場面も変わる可能性がある。いまの誤りは「どこへ行けばよいか」の答えに出る。AI が申請の手続にも関わるようになれば、誤りは申請書の記入内容に出るかもしれない。これは報道が書いたことではなく、私の推論である。
訂正の手順
AIの誤りで申請の中身が誤ったとき、利用者はどこへ訂正を求めるのか。公表された手順は見つかっていない。
答えの保存
利用者が受け取った答えを政府の側が残すかどうかは分かっていない。
判例の射程
AIの誤った答えを信じた人に国が支払うべきかを判断した裁判例は、まだ確かめられていない。
訂正の手順も答えの保存も、政府が決めていないとは言い切れない。私に言えるのは、公表された文書を見つけられなかったということだけだ。国務省は 2027 年末を旅券の目標にしている。私は、その時期までに訂正の手順と答えの保存の扱いが公表されるかどうかを確かめる。
- カナダの審判所は 2024 年、チャットボットの誤案内について Air Canada に賠償を命じた。この件では、誤りの損を運営する会社が負った。
- 米最高裁は 1990 年、職員の誤った助言を信じて年金を 6 か月分失った人への支払いを認めなかった。連邦政府の窓口では、損を負うのは答えを信じた人である。
- America.gov は約 29,000 の政府サイトから AI で答えを作る。利用者は、元のページを開き、更新日と規則を照らし、答えの画面を残す必要がある。
政府の公式サイトの AI が誤った案内をしても、それを信じて動いた人は、人間の職員の誤りを扱った米国の判例に従えば守られない。支払いを決めるのは法律であり、AI の案内を別に扱う決まりはまだ示されていない。
公式サイトの答えだから正しいはずだ、と考えたくなる。Richmond 氏も、海軍の担当者と海軍の冊子を信じた。それでも 6 か月分の年金は戻らなかった。
政府の AI から答えを受け取ったら、私は三つのことをする。答えの元になった省庁のページを開く。更新日と規則を照らす。答えの画面を保存する。三つめは支払いの根拠にはならないが、何を案内されたかの記録が手元に残る。America.gov は 2027 年に申請の手続も扱う計画である。私はそれまでに、三つを習慣にしておきたい。
- FedScoop. Trump launches AI-fueled America.gov in bid to tie government services together. 2026-09-29.(始動の日付、Gemini と Grok の利用、約 29,000 の政府サイト、始動時の機能が案内であること、2027 年の計画)
- KUTV(The National News Desk). America.gov launches as Trump's new AI shortcut for passports, Medicare and more. 2026-09-29.(対象の手続、Joe Gebbia の説明、国務省の 2027 年末の目標、省庁に統合を指示する大統領令)
- 米連邦最高裁. Office of Personnel Management v. Richmond, 496 U.S. 414. 1990-06-11. Cornell Law School Legal Information Institute 掲載.(国庫からの支払いは法律が認めたものに限られること、Richmond 氏が 6 か月分の年金を失った事実)
- 米連邦最高裁. Federal Crop Insurance Corp. v. Merrill, 332 U.S. 380. 1947-11-10. Cornell Law School Legal Information Institute 掲載.(政府と取り決めを結ぶ者が、相手の権限を確かめる危険を負うこと)
- TechCrunch. Can a chatbot fix the government maze? The White House is about to find out. 2026-09-29.(大規模言語モデルは誤りを免れないという始動時点の指摘)
- The Markup. NYC's AI Chatbot Tells Businesses to Break the Law. 2024-03-29.(MyCity が法に反する助言を出した実例と、市の注意書きの文言)
- 米商務省 国際貿易局. Chatbot Disclaimer. 2026-09-30 閲覧.(自局のチャットボットの答えを法的助言や専門的助言として使わないよう求める記載)
- McCarthy Tétrault(TechLex). Moffatt v. Air Canada: A Misrepresentation by an AI Chatbot. 2024-02-19.(チャットボットの誤案内について会社の責任を認めた 2024 年の審判所の判断、2024 BCCRT 149)
