差し戻しを読んで体が熱くなった人を起点に、図は四段を追う。怒りは損なわれた中身を告げる知らせだが、確信を強め危険を低く見せる。ぶつけても飲み込んでも反芻へ流れて強まる。相手・程度・時間の三つで量り、どれか外れれば態度に変わる。量った怒りを苦情窓口という記録の残る経路に置くと情報として生き残る。相手が生成AIの下書きなら窓口に載せる筋合いがなく、誤りの型を直接記録して次の指示に渡す迂回路になる。カードは各段の根拠、帯は記録に載ってはじめて情報になるとまとめる。
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生成AIに下書きさせた資材が差し戻され、そのコメントを読んだ直後、指摘の中身より先に体が熱くなる。この熱は、伝えるべき知らせなのか、抑えるべき衝動なのか。知らせである。ただし、相手にぶつけた瞬間、知らせとしては消える。

01怒りは情報だが、出し方によって情報でなくなる

怒りは、何が損なわれたかを本人に告げる。時間を無駄にされた。扱いが雑だった。積み上げた判断を読まずに否定された。どれも、怒りが立ち上がるより先には言葉になっていない。

ところが、その内容を相手にぶつけると、相手に届くのは態度だけになる。損なわれた中身は声の大きさの後ろに隠れる。受け取った側が持ち帰るのは、詰められたという記憶のほうだ。指摘された事実は残らない。

後から確かめられる形で残す道は、記録が残る経路に載せることである。販売情報提供活動のガイドラインが外部から認識できる苦情の窓口を求め、苦情があれば速やかに事実関係を調べさせているのは、感情を鎮めるためではない。調べられる形にするためである。窓口に載った不満は、名宛人が変わっても残る。ぶつけた不満は、その場で消える。

02怒りは確信と統制の感覚を連れてきて、危険を低く見せる

怒りが情報だとして、その情報は何を歪めるのか。LernerとTiedensは、感情ごとに世界の見え方が決まった方向へずれることを整理した。怒っている人は確信を強め、自分で事態を動かせるという感覚を持ち、危険を低く見積もる。恐れている人は、同じ場面で危険を高く見積もる。

ここで大事なのは、怒ると判断が乱れる、という話ではないことだ。乱れるというより、一方向へ寄る。怒りは、大丈夫だ、押し切れる、という側へ見積りを動かす。

図 1 怒りが見積りを変える順序
出来事怒り確信が伴う統制の感覚危険を低く見る出来事怒り確信が伴う統制の感覚危険を低く見る
怒りは確信と統制の感覚を連れてきて、そのあとで危険の見積りを下げる。恐れでは同じ場面で見積りが上がる。

だから怒ったまま下した判断は、本人には冷静な判断に感じられる。確信が伴っているからである。確信の強さは、判断の正しさの目安にならない。

03資材の差し戻しに怒るとき、怒りは審査の中身を隠す

怒りが確信を連れてくるという傾向は、資材の差し戻しの場でも働きうる。ただし差し戻しに怒った人が最初に向かうのは、危険の大きさではなく指摘の書き方である。指摘の一覧を開いた人は、まず書き方に目が行く。言い方がきつい。まとめて言えばいいのに一項目ずつ立ててある。前回は通ったのに今回は止まった。

その間、指摘そのものは読まれていない。差し戻しは資材が医師の前に出る前の段で起きる手続で、そこで拾われなかった指摘を後から拾う機会は限られる。怒りが最も強い数分と、指摘を最も精密に読むべき数分が重なっている。

見るところぶつける飲み込む窓口に記録する
直後の怒り強まる残る反芻に移らない
相手に届く中身態度だけ何も無い事実と要望
後から確かめられるか残らない残らない記録が残る

同じことは、苦情を受けた側にも、注意された側にも起きる。作る人だけの話ではない。

04サンドバッグを叩いた人ほど怒りが強くなったのは、反芻したからだ

指摘が読まれないほど怒っているなら、いったん外へ出せば収まるのではないか。Bushmanはこれを実験で調べた。参加者を怒らせたうえで三つの群に分けた。怒らせた相手を思い浮かべながらサンドバッグを叩く群。別のことを考えながら叩く群。何もしない群である。

最も怒りが強かったのは、相手を思い浮かべながら叩いた群だった。そして、その後の攻撃的なふるまいも最も多かった。気を逸らした群がその次で、何もしなかった群が最も穏やかだった。出すことは、収めることではなかった。

図 2 反芻から出た三つの結果
相手を思い返す怒りが最も強い攻撃が最も多い何もしない方が弱い相手を思い返す怒りが最も強い攻撃が最も多い何もしない方が弱い
叩きながら相手を思い返した群が最も強く怒り、最も攻撃的だった。何もしなかった群が最も穏やかだった。

叩く動作そのものが怒りを増やしたわけではない。増やしたのは、叩きながら相手を思い返し続けたことだ。反芻は怒りを持続させる。机に向かって差し戻しのコメントを三度読み返し、書いた人の顔を思い浮かべる数分間に起きているのも、この反芻である。

05怒りは、相手と程度と時間の三つで量れる

出せば強まり、飲み込めば反芻に変わる。残るのは量り方だ。『ニコマコス倫理学』の第4巻で、アリストテレスは穏和について書いている。正しい理由で、正しい相手に、正しい仕方で、ちょうどよい時に、ちょうどよい長さだけ怒る人を、彼は穏やかな人と呼んだ。怒らない人を褒めてはいない。

原文は条件を四つ以上に分けているが、実務で使うなら三つに畳んでよい。相手、程度、時間である。

①

相手

怒りの向きが指摘の中身に合っているかを見る。書いた人に向いていたら、まず向きを戻す。

②

程度

差し戻された箇所の数と、怒りの大きさが釣り合っているかを見る。指摘が二箇所なのに一日気分が沈むなら、釣り合っていない。

③

時間

翌日まで続いているかを見る。続いているなら、それは指摘への反応を離れて反芻に変わっている。

三つのうち一つでも外れると、怒りは情報から態度に変わる。相手を取り違えた怒りは、正しい内容を含んでいても届かない。

06知らせとして残すか、反芻に入るか、相手を替えるかで結果が分かれる

相手と程度と時間で量ったあと、その怒りをどこに置くか。置き場所は三つあり、どれを選ぶかで結果の大枠が決まる。

一つめ。記録が残る窓口に載せる。ガイドラインの定める窓口は、苦情を受けたら速やかに事実関係を調べ、必要な措置を講じることまでを含んでいる。載せた不満は、載せた本人が忘れても他人が追える。怒りが情報として生き延びるのは、この経路だけである。

二つめ。内側に置いて反芻する。Bushmanの実験が示したとおり、これは怒りを減らさない。しかも相手には何も届かないので、同じ差し戻しを次回も受ける余地が残る。この道で損をするのは、怒っている本人である。

三つめ。関係のない相手に落とす。帰りの電車で同僚に愚痴る。家族に当たる。Nussbaumは、怒りには何らかの報復を望む気持ちが概念として含まれていると述べ、その願いは筋の通らない考えに絡め取られていると書いた。報復の願いを外すと、関心は先の手当てへ移る。次に同じ差し戻しを受けないために何を直すか、という問いが残る。

図 3 怒りを情報に変える段
怒りに気づく相手と程度を分ける窓口に記録する事実関係が調べられる怒りに気づく相手と程度を分ける窓口に記録する事実関係が調べられる
気づいたあとで相手と程度を分け、記録の残る窓口に載せる。載せなければ同じ出来事に戻って反芻が続く。

07AIの下書きへの怒りは、AIそのものへの不信として残る

怒りの置き場所が結果を分けるなら、相手が機械だったときはどうなるか。生成AIに書かせた下書きの誤りを見つけたとき、怒りの行き先は最初から限られている。相手に伝えても直らないし、窓口に載せる筋合いもない。

Dietvorstらは、同じ誤りを見た後で、人の予測よりも機械の予測のほうが速く信用を失うことを実験で示した。人が外したときは、次はうまくやるだろうと考える。機械が外したときは、使うのをやめる。

①

信頼の落ち方

同じ誤りでも、機械への信頼は人への信頼より速く落ちる。

②

置き換わる判断

怒りが、生成AIを使い続けるかどうかの判断にすり替わる。誤りの中身は検討されない。

③

残らない指摘

誤りの型が記録されないため、次の下書きに同じ誤りが戻りやすい。

ただし、Dietvorstらが扱ったのは数値の予測であって、文章の下書きではない。資材の下書きに当てはめたのは私の推論で、測った資料を持っているわけではない。

それでも、やることは相手が人のときと変わらない。誤りの型を記録する。効能効果の範囲を外れた、出典の年次が合っていない、限界の記載が落ちている。書き出せば、次の下書きに渡す指示が変わる。怒ったまま道具を捨てると、記録も一緒に消える。

Key Points ── 持ち帰る 3 つ
  1. Bushmanの実験では、怒らせた相手を思い返しながらサンドバッグを叩いた群が最も怒り、最も攻撃的だった。出すことは収めることではない。
  2. LernerとTiedensは、怒っている人が確信を強めて危険を低く見積もると整理した。怒ったまま下す判断は、通常より甘い見積りの上に立っている。
  3. 販売情報提供活動のガイドラインは、外部から認識できる苦情の窓口を置くよう求めている。怒りが情報として残るのは、記録される経路に載ったときだけである。
結語

怒りは知らせである。そこは疑わなくてよい。損なわれた何かを、本人がまだ言葉にできないうちに教えてくれる。

ただし、知らせとして扱われるのは、記録が残る経路に載せたときだけだ。相手にぶつければ怒りは強まり、飲み込めば反芻に変わる。どちらの道でも、告げられた中身は失われる。

差し戻しのコメントを読んで体が熱くなったら、出すか飲み込むかで迷う必要はない。決めるのは置き場所である。相手と程度と時間を分けて量り、残すに値するものを、残る形にして出す。

出典·参考文献
  1. Brad J. Bushman. Does Venting Anger Feed or Extinguish the Flame? Catharsis, Rumination, Distraction, Anger, and Aggressive Responding. Personality and Social Psychology Bulletin, 2002.(反芻は怒りと攻撃を減らさず増やした。何もしない群が最も穏やかだった)
  2. Jennifer S. Lerner, Larissa Z. Tiedens. Portrait of the Angry Decision Maker: How Appraisal Tendencies Shape Anger's Influence on Cognition. Journal of Behavioral Decision Making, 2006.(怒っている人は危険を低く見積もり、恐れている人は高く見積もる)
  3. Berkeley J. Dietvorst, Joseph P. Simmons, Cade Massey. Algorithm Aversion: People Erroneously Avoid Algorithms After Seeing Them Err. Journal of Experimental Psychology: General, 2015.(同じ誤りを見た後、機械の予測への信頼が人の予測より速く失われる)
  4. アリストテレス. ニコマコス倫理学 第4巻(Bekker 1125b–1126b). Perseus Digital Library.(正しい相手に、正しい仕方で、ちょうどよい時に、ちょうどよい長さだけ怒る人を穏やかな人と呼ぶ)
  5. University of Chicago News. Prof. Martha Nussbaum book examines the trouble with anger and forgiveness.(怒りには報復を望む気持ちが含まれ、その願いは筋の通らない考えに絡め取られているという主張)
  6. 厚生労働省医薬・生活衛生局長(薬生発0925第1号). 医療用医薬品の販売情報提供活動に関するガイドライン. 2018-09-25.(外部から認識できる苦情の窓口、苦情を受けた際の事実関係の調査と必要な措置)