
2026年1月1日、イリノイ州で、AIを採用や昇進や解雇の判断に使うことを規制する改正人権法が効力を持った。AIが出した判断が差別になったとき、差別する意図が無かったことは弁明になるのか。弁明にならない。この法律は意図ではなく効果を問い、AIを使った側に告知と、その告知を四年残す義務を課している。
01AIを使った判断は、意図ではなく結果の偏りで問われるようになった
イリノイ州の改正人権法が禁じたのは、AIが保護属性に不利益を及ぼすという効果そのものである。誰かが差別しようとしたかどうかは、要件に入っていない。あわせてこの法律は、郵便番号を保護属性の代わりに使うことも禁じた。
この形の規則の下では、会社を守るものが変わる。導入のときに「公平な仕組みです」と説明した文書は、効果を問う条文の前では働かない。条文の判断に入るものは二つある。応募者や従業員にAIの使用を告知したという、日付の付いた記録。そして、選別の結果にどれだけ偏りが出たかを測れる数である。このうち会社の側から示せるのは、前者の記録である。イリノイ州の人権局が示した規則は、そうした告知や掲示や開示を四年間保存することを事業主に求めている。
採用にAIを使っている会社の担当者が、この法律の下でまず用意すべきものは方針文書ではない。告知の束と、結果の数え方である。
02禁じられたのは、AIが保護属性に不利益を及ぼす効果そのものである
条文が名指しした場面を、正確に並べておく。募集、採用、昇進、雇用契約の更新、訓練や実習の選抜、解雇、懲戒、在職期間。加えて、雇用の条件に関わる場面が広く入っている。条文はそこまで届く。採用面接だけの規制ではない。入口から出口まで届いている。
郵便番号の禁止は、この法律のなかで最も具体的な一行である。郵便番号は保護属性ではない。しかし住んでいる場所は人種や出身と重なりやすいため、郵便番号を材料に使えば、保護属性を直接扱わないまま同じ結果に届いてしまう。イリノイ州は、郵便番号というこの抜け道を名指しで禁じた。抜け道が先に潰された。
動機を問わない条文が、代わりの材料だけを個別に禁じている。ここに、この法律の考え方がそのまま出ている。
入口の判断
募集と採用。応募書類の絞り込みをAIに任せた時点から、この規制は及んでいる。
途中の判断
昇進、雇用契約の更新、訓練や実習の選抜。在職中の評価にも、同じ条文が当たる。
出口の判断
解雇と懲戒。人を雇い続けるかどうかを決める場面まで、条文は名指ししている。
03対象は業種ではなく雇用の判断なので、医薬品の会社の人事も外れない
条文が名指ししたのは、採用や昇進や解雇という判断である。業種はどこにも書かれていない。イリノイ州で人を雇い、評価し、契約を解く会社であれば、どの産業にいてもこの法律の内側にいる。
だから、医薬品の会社が資材審査の担当者を選ぶときも同じである。応募者の書類をAIに絞り込ませ、その結果として保護属性に偏りが出れば、審査という仕事の性質とは関係なく条文が働く。採用した会社を守るのは、資材審査という仕事の専門性ではない。告知を怠ったという指摘に対して会社が出せるのは、告知したという日付の記録だけである。
ただし、及ぶ範囲には線がある。この法律はイリノイ州での雇用に効くもので、他州の事業所には別の州法が当たる。複数の州に事業所を持つ会社が一つの社内基準で全社を覆おうとするなら、いちばん重い州に合わせることになる。
審査の担当者を選ぶ
医薬品の会社が資材審査の担当者をAIの選別で絞れば、その判断が条文の対象に入る。
評価と昇進を決める
在職者の評価にAIの点数を使う会社も、告知と記録の義務から外れない。
州をまたぐとき
義務の重さは州ごとに違う。一つの社内基準で全事業所を覆うなら、重い方の州に合わせることになる。
04効果で問う形は、意図を取り出して証明できないこととかみ合っている
採用や昇進の場面を広く押さえたこの法律が、なぜ動機を要件から外したのか。立法の理由は条文に書かれていない。ただ、動機が証明できないという事情は、この形とかみ合っている。
AIの内部をどれだけ開いても、差別する意図に当たるものは取り出せない。取り出せるのは二つだけである。ひとつは学習や判断に使われた材料で、これは記録をたどれば分かる。もうひとつは選別の結果に出た偏りで、これは採用した人としなかった人を数えれば出る。差別しようとしたかどうかだけが、数えられる形で外に出てこない。AIが出した判断については、測れないものを要件に置いても争えない。
郵便番号の禁止は、この考え方の実例になっている。イリノイ州は「郵便番号を差別の目的で使ってはいけない」とは書かなかった。目的を問わずに、郵便番号を材料に使うこと自体を禁じた。証明できる対象だけを要件にする、という選択がここにも通っている。
会社の側から見ると、この形は厳しい。動機を問われない以上、会社が善意を証明しても条文の判断は変わらない。採用の担当者が公平であろうと努めた事実は、条文の要件のどこにも入る場所がない。代わりに入る場所があるのは、告知した日付と、選ばれた人の内訳だけである。努力の跡ではなく、数が残る。
05守りになるのは、告知した事実を四年残せる仕組みである
測れるのが材料と結果だけなら、会社が残しておくべきものも、そこから決まる。イリノイ州の人権局が示した規則では、応募者や従業員にAIの使用を告知しないこと自体が違反になる。そして、AIに関する告知や掲示や開示は、四年間保存しなければならない。
この四年という数字が、告知を示せる期間を決めている。三年前の応募者から結果の偏りを問われたとき、会社の手元に残っているのが方針文書だけなら、告知した事実を示せない。残っているのが日付の付いた告知の写しなら、示せる。差はそれだけである。中身の出来ではない。
この規則の下で告知の有無を示せるかどうかを決めているのは、文書の格ではない。残っていた年数である。立派な方針文書を一年で捨てた会社より、簡素な告知文を四年持っている会社のほうが、この規則の下では強い。書式は問われない。
06規則そのものが動くので、合わせるべきは文面ではなく記録である
四年という保存期間が守りを決めるなら、会社は何に合わせて仕組みを作ればよいのか。ここで三つのことが同時に言える。
ひとつ目は、意図が無かったという弁明が成り立たないことである。イリノイ州の条文は効果を要件にしていて、動機を調べる手続きを置いていない。だから「差別するつもりはなかった」という主張は、条文の要件のどこにも当たらない。
ふたつ目は、告知が義務であり、告知を示せる期間を保存期間が決めていることである。告知しないこと自体が違反になる以上、告知の有無は争点になりうる。四年より前に捨てた会社は、争点に立つ材料を自分から失っている。
三つ目は、規則の側が動くことである。コロラド州は2026年5月14日に、一度置いた広い差別責任と毎年の影響評価の義務を外す新法を成立させた。いま効いている条文の文面に合わせて仕組みを作った会社は、文面が変わるたびに作り直すことになる。記録を残す仕組みは、文面が変わっても作り直しにはなりにくい。ただし、何を何年残すかは文面で変わりうる。
| 見るところ | イリノイ州(2026-01-01 施行) | コロラド州(2027-01-01 施行予定) |
|---|---|---|
| 問われる対象 | 保護属性への差別の効果 | 自動判定技術の使用の開示 |
| 使う側の義務 | 告知と四年の保存 | 毎年の影響評価は外れた |
| 守備の範囲 | 雇用の判断 | 結果に関わる判定全般 |
07コロラド州は義務を外し、2027年から開示中心の規則に切り替える
規則が動くという話を、実際に動いた一州の経緯で確かめておく。コロラド州は2024年に、高リスクのAIの開発者と使用者に対し、差別の危険から消費者を守る相応の注意を求める法律を作った。当時これは、州として最も踏み込んだ規制だと受け取られていた。
その後、施行日は合意ができずに先送りされた。そして2026年5月14日、ポリス知事が新しい法案に署名し、以前の枠組みを廃止したうえで作り直した。毎年の影響評価の義務と、広い差別責任は外れた。新しい規則は自動判定技術を対象とする形になり、2027年1月1日から施行される予定である。
この経緯から、会社が何を読み取るべきかは、はっきりしている。規則の文面に合わせて作った仕組みは、文面が消えた時点で作り直しになる。コロラド州で毎年の影響評価の手順を整えた会社は、施行を迎える前にその手順の根拠を失った。整えたこと自体は無駄にならないが、根拠は消えた。
三年のあいだに、コロラド州の義務は一度重くなり、施行を迎える前に軽くなった。一方で欧州は、高リスクのAIに稼働中の自動記録を求める条を2027年12月2日から適用する。軽くなる州と、記録を義務にする枠が同時に進んでいる。コロラド州の新しい規則が実際にどう運用されるかは、まだ誰にも分からない。施行はこれからである。運用の実績はまだ無い。
- イリノイ州の改正人権法は2026年1月1日に効力を持ち、保護属性への差別の効果を持つAIの使用と、郵便番号を保護属性の代わりに使うことを禁じた。動機の有無は要件に入っていない。
- 州の規則では告知を怠ること自体が違反となり、AIに関する告知・掲示・開示は四年間保存しなければならない。告知を示せるかどうかは、方針文書ではなく保存期間が決めている。
- コロラド州は2026年5月14日に、毎年の影響評価と広い差別責任を外す新法を成立させ、2027年1月1日から開示中心の規則に切り替える。義務の重さは一方向には増えていない。
差別する意図が無かったという弁明は、効果で問う規則の下では成り立たない。AIに人を選ばせた会社の手元に残るのは、告知したという日付の付いた記録と、結果の偏りを測れる数だけである。
条文の文面は、イリノイ州でもコロラド州でも動いた。動かないのは、誰にいつ何を告知し、その結果どういう偏りが出たかという記録のほうである。作るなら、そちらに合わせて作ったほうが長く使える。
- The National Law Review. Illinois Anti-Discrimination Law to Address AI Goes Into Effect on 1 January 2026. 2025-05-01.(禁じられた行為の範囲と、効果を要件とする形)
- Hinshaw & Culbertson LLP. Illinois Adopts AI-in-Employment Regulations: What Employers Need to Know for 2026. 2026-02-26.(告知の義務と四年の保存、施行日が2026年1月1日であること)
- Morgan, Lewis & Bockius LLP. Illinois Passes New Law to Address AI in the Workplace. 2024-09-12.(条文の言葉づかい、郵便番号を保護属性の代わりに使うことの禁止)
- Colorado General Assembly. SB24-205 Consumer Protections for Artificial Intelligence. 2024-05-17.(高リスクのAIの開発者と使用者に相応の注意を求めた枠組み)
- AI Compliance Atlas. Colorado AI Act (SB 24-205): 2026 Status & SB 26-189. 2026-05-14.(2026年5月14日の廃止と作り直し、2027年1月1日からの施行)
- EU Artificial Intelligence Act(条文解説サイト). Article 12: Record-Keeping. 2024-07-12.(高リスクのAIに稼働中の自動記録を求める規定と、2027年12月2日からの適用)