01英語のページに、日本語のままの動画が置かれていた
2026 年 9 月、運営者は自分のサイトの英語のページを開いた。見出しも説明文も英語になっていた。ところが、そのページに埋め込まれた動画は、日本語で話し、日本語の字幕を持ったままだった。運営者は AI に対して、英語のページには英語で作り直した動画を置くよう求めた。対象はその日の一日分に限った。
この出来事は、二つの言語でサイトを運ぶ人なら誰にでも起きる。英語版を作れという依頼は、ふつう「訳して」という一言で渡される。AI はその一言を、翻訳できるものだけに当てる。文字は訳される。動画は訳されない。
ここから取り出せる型は一つである。言語版の理想を、訳す対象の一覧として先に言葉にしておく。そうしないと、枠だけが訳され、中身は元の言語のまま残る。運営者がしたのは、その残りを名指し、直す範囲を一日分に区切ることだった。
02訳されたのは枠で、中身は元の言語のまま残った
ページは一枚の布ではない。訳しやすい部分と、訳すのに作り直しが要る部分でできている。
訳しやすいのは、本文、見出し、ボタンの文字、案内の並びである。これらは文字列なので、機械が置き換えられる。作り直しが要るのは、音声、字幕、図の中に焼き込まれた文字、写真に写った文字、表の見出しが画像になっている箇所である。これらは文字列として取り出せない。
英語版が「できた」と報告されたとき、実際に終わっているのは前者だけということが起こる。後者は手つかずのまま、英語の枠の中に残る。読者から見れば、英語のページを開いたのに、いちばん時間のかかる部分が読めない言語で置かれている。
| 見るところ | 枠だけ訳した英語版 | 中身まで作り直した英語版 |
|---|---|---|
| 本文・見出し | 英語 | 英語 |
| 動画の音声と字幕 | 元の言語のまま | 英語で作り直し |
| 図や写真の中の文字 | 元の言語のまま | 英語で作り直し |
| 読者が受け取れる範囲 | 読める所だけ | 最初から最後まで |
| 作業の性質 | 文字列の置き換え | 素材の再制作 |
03中身が元の言語で残ると、その言語版は読者の役に立たない
英語版を置く目的は、英語で読む人に届けることである。枠だけが英語になった状態は、その目的をほとんど果たさない。読者は入口で英語を見て中に入り、中で読めない素材に当たる。最初から日本語のページだと分かっていたほうが、まだ親切である。
害は読みにくさだけではない。検索の仕組みにも影響する。Google は、本文を一つの言語のまま残し、案内や脚注のような枠だけを訳したページがあることを前提に、言語版の示し方を説明している。つまり、枠だけの翻訳は珍しくない形として想定されている。裏返せば、枠が英語でも中身が日本語なら、そのページは英語の読者向けとして扱われる保証がない。
読み上げの仕組みにも響く。World Wide Web Consortium の基準は、ページの既定の言語を機械が判別できることを求めている。読み上げソフトは、その表示に従って発音の規則を選ぶ。英語と宣言したページに別の言語の素材が混ざっていれば、その部分は正しく読まれない。
04言語版の理想は、読者が最後まで一つの言語で受け取れることである
ここで言う「言語版の理想」を決めておく。ある言語版が成り立っているとは、その言語だけを読む人が、ページの最初から最後まで、内容を受け取れる状態を指す。訳された文字の割合ではなく、受け取れたかどうかで決まる。
文字
本文、見出し、案内、ボタン。機械が扱える。
音と字幕
読み上げ、動画の音声、字幕。素材から作る。
図の中の文字
図版や写真に焼き込まれた文字。元データから引き直す。
外に出る文字
ページの説明文、共有時に出る見出し、ファイル名。
境界も引いておく。固有名、製品名、法令の正式な名称は訳さない。訳すと別物になるからである。World Wide Web Consortium の国際化の解説も、言語の名前そのものは訳さずに残す書き方を示している。訳す対象と訳さない対象を分けておくと、依頼の一文が短くなる。
05資材の多言語展開では、図と動画が最後まで元の言語で残る
同じことが、製薬企業の資材でも起きる。日本語で作った説明資料を英語で出す。本文と表は訳される。ところが、図の中の軸のラベル、注記の小さな文字、教育用動画の音声は、元の言語のまま残りやすい。理由は単純で、それらが文字列として扱えないからである。
この残りは、資材審査では見落としの原因になる。訳文は照合できるが、図の中の文字は目で追う必要がある。原本を直したのに図が古いまま、という事故もここで起きる。
規制の世界では、この作業量が制度として認められている。欧州医薬品庁は、製品情報について、欧州連合の公用語にアイスランド語とノルウェー語を加えた言語で標準の見出しと記載を用意し、翻訳の内容を確かめる手続きを別に置いている。訳す言語の数だけでなく、訳した結果を確かめる工程が要る、という設計である。社内で英語版を作るときも、確かめる工程を誰かが持たなければ、同じ結果にはならない。
06AI が枠だけ訳すのは、頼む側が枠しか数えていないからである
AI は、渡された仕事の範囲を、依頼の言葉から読み取る。「英語版を作って」という依頼には、訳す単位が書かれていない。言語モデルが確実に扱えるのは文字列なので、文字列だけが処理される。動画や図は、別の道具を使う別の作業になる。頼まれていなければ、その作業は始まらない。
もう一つの理由は、完了の基準が示されていないことにある。Anthropic が公開している指針は、してほしいことを具体的に、明示的に伝えるほど結果が良くなる、と説明している。「英語版」という言葉は、頼む側の頭の中では理想を含んでいるが、文字としては含んでいない。理想は、こちらが書き出さない限り伝わらない。
だから、直し方は叱ることではない。理想と現状の差を、数えられる形にして渡すことである。運営者がしたのもそれだった。残っていた素材の種類を名指し、英語で作り直すという動作を指定し、範囲を一日分に区切った。
07明日からは、訳す単位を数え上げ、一日分で確かめる
四つの手順にまとめられる。
- 訳す単位を数え上げる。本文、見出し、案内、動画の音声、字幕、図の中の文字、ページの説明文。一覧にして依頼に添える。
- 訳さない対象を決める。固有名、製品名、法令の正式な名称。境界を先に引く。
- 完了の基準を一文で書く。その言語だけを読む人が、最初から最後まで受け取れること。割合では書かない。
- 範囲を区切って確かめる。まず一日分、あるいは一ページだけ直させ、残りがないことを見てから全体に広げる。
四番目が効く。全体を一度に直させると、直ったかどうかを確かめられない。一日分なら、開いて見れば分かる。運営者が範囲を一日分に限ったのは、作業を小さくするためだけではなく、確かめられる大きさにするためである。
- 「英語版を作って」という依頼では、訳されるのは文字列だけである。動画、図の中の文字、説明文は元の言語のまま残る。
- 言語版の理想は、訳した割合ではなく、その言語だけを読む人が最初から最後まで受け取れるかどうかで決まる。
- 理想を訳す単位の一覧として書き出し、範囲を一日分に区切って確かめる。確かめられる大きさにしてから広げる。
理想と現状の差は、見つけた人の頭の中にある間は直らない。英語のページに日本語の動画が残っていたとき、その差を埋めたのは、残っている素材を名指し、直す動作と範囲を指定した一言だった。AI に伝わる形とは、感想ではなく、数えられる単位と、確かめられる大きさのことである。
- Google. Localized versions of your pages. Google Search Central Documentation. https://developers.google.com/search/docs/specialty/international/localized-versions
- W3C Web Accessibility Initiative. Understanding Success Criterion 3.1.1: Language of Page. Understanding WCAG 2.2. https://www.w3.org/WAI/WCAG22/Understanding/language-of-page.html
- W3C Internationalization. Using the translate attribute. W3C Internationalization Q&A. https://www.w3.org/International/questions/qa-translate-flag
- European Medicines Agency. Product information requirements. EMA, Human regulatory overview. https://www.ema.europa.eu/en/human-regulatory-overview/marketing-authorisation/product-information-requirements
- Anthropic. Prompting best practices. Claude Developer Platform Docs. https://platform.claude.com/docs/en/build-with-claude/prompt-engineering/claude-prompting-best-practices