01運営者は、記号と造語が残った設計のページを失格と判定した
2026 年 9 月、運営者は AI に、審査の仕組みを説明する設計のページを作り直させていた。古い版の説明を外し、新しい版だけで組み直すという依頼である。
組み直したページを読んだ運営者は、合否で答えた。初めて読む人には意味の取れない記号や造語が入っている。だから失格である、と。そのうえで、平易な版に書き直させた。
判定の基準は、ページを作らせた運営者でも、書いた AI でもなかった。そのページを初めて開く人だった。作り手には、どの語の意味も分かっている。それでも、初見の人が読めない語が一つでもあれば、通さなかった。
この回で確かめるのは、この基準を誰でも使える型にできるか、である。
02記号が通じるかは、書いた側ではなく初めて読む人が決める
記号や造語の良し悪しを、作り手が判断するのは難しい。作り手はその意味を知っているので、読めば分かってしまう。分かる人が読んで分かっても、確かめたことにはならない。
そこで、判定の基準を読者の側に移す。そのページを初めて読む人が、前後の文だけで意味を取れるか。取れなければ、その語は直す対象になる。
運営者が「失格」という強い言葉を使ったことにも意味がある。分かりにくさを程度の問題にすると、「少し分かりにくい」語は残してよいことになる。合否にすると、読めない語が一つでも残る限り、ページは通らない。
| 見るところ | 作り手の基準 | 初見の読者の基準 |
|---|---|---|
| 判定する人 | 書いた人、書かせた人、AI | そのページを初めて開く人 |
| 記号の扱い | 自分が分かれば残す | 前後の文で意味が取れなければ直す |
| 結果の形 | 「少し分かりにくい」が残る | 合格か失格か |
| 直す範囲 | 気づいた語だけ | 書き出したすべての語 |
03読めない語が一つあると、読者は止まるか、推測で読み進める
初見の読者が意味の分からない語に出会ったとき、取れる道は二つしかない。そこで読むのをやめるか、意味を推測して読み進めるかである。
やめれば、ページは役目を果たさない。推測して読み進めると、もっと悪いことが起きうる。推測が外れても、読者はそれに気づかない。間違った理解のまま、次の判断に進む。
作り手の側からは、この損失が見えない。読者は、分からなかったことをわざわざ伝えてこないことが多い。作り手の手元には、ページを公開したという事実だけが残る。
情報を多く持つ人が、情報の少ない人の判断を正しく見積もれないことは、経済学の実験でも示されている。Camerer らは 1989 年の論文で、知っていることを無視したほうが得な場面でも、人はそれを無視できないと報告した。著者らはこの現象を「知識の呪い」と名付けている。作り手が自分の付けた記号を読みやすいと感じるのは、この現象の一つの例である。
04直す対象は、略号・番号・作業中の呼び名・説明のない造語である
「記号と造語」という言葉は広いので、範囲を決めておく。ここでいう記号とは、長い名前を縮めた略号と、作業を区別するために付けた番号や版の印である。造語とは、作業の途中で作り手が名付け、辞書にも業界の用語集にも載っていない語である。
略号
英字の頭文字を並べた語など。正式な名前を知る人にしか、元に戻せない。
番号と版の印
項目の番号や、第 1 版・第 2 版の印。付けた人の一覧の中でしか意味を持たない。
作業中の呼び名
作り手と AI の間で使ってきた呼び方。その会話の外には定義がない。
説明のない造語
二つの語を縮めてつないだ語など。読者は、どこで切って読むかも分からない。
範囲に入らないものもある。読者が毎日使っている語は、専門語であっても直す必要はない。資材審査の担当者に向けたページなら、「資材審査」を言い換えることはない。基準は語の難しさではなく、その読者がふだん使っているかどうかである。
直し方は三つある。日常の言葉に置き換える。どうしても使う語は、初めて出る所で一文で説明する。説明しても読者の役に立たない語は消す。
米国の疾病対策センター(CDC)が公開している、分かりやすい情報発信のための指標も同じ方向を示している。その指標は、読者が毎日使う語を選ぶよう求めている。なじみのない語を使うなら、その文の中か、すぐ後で説明する。略号は元の語を書き、何を指すかを説明し、使う数を減らす。どの略号が通じるかは、読者に試してもらえば分かる、とも書いている。
05製薬の現場では、部署の外に渡る文書と AI の下書きで効く
製薬企業の資材審査やメディカルの仕事には、部署の外に渡る文書が多い。審査の指摘を、資材を作った部署や外部の制作会社に返す。社内の手順書を、新しく来た担当者に渡す。どの場合も、読む人は作り手と同じ略号を持っていない。
審査の記録には、部署の中でしか通じない略号や番号がたまりやすい。指摘を受けた側が略号を読み違えれば、修正は的を外れる。そして、同じ指摘がもう一度返ってくる。
AI に下書きをさせる場面では、この問題がもっと起きやすい。長い作業を AI と続けると、途中で付けた呼び名や番号が、そのまま完成品に入る。審査の仕組みや社内の手順を AI と作るときは、完成したページを部署の外の人が読むと先に決める。そして、その人の基準で合否を出す。
医師や薬剤師に向けた資材でも、同じ判定が使える。ただし、基準になる読者が変わる。医療従事者が日常的に使う語は残してよい。一方で、社内で作った略号や、製品の企画の中で生まれた呼び名は、医療従事者にとっても初見である。
06AI の文書に記号が残るのは、作業の文脈を持ったまま書くからである
AI が書いた文書に、説明のない記号が残る仕組みは、二つに分けて説明できる。
一つ目は、作業中の呼び名がそのまま出力に流れることである。長い作業では、区別のために項目へ番号を振り、仮の名前を付ける。その名前は会話の中で定義されているので、AI にとっては説明の済んだ語になっている。会話を知らない読者にとっては、定義のない語である。
二つ目は、読者が誰かを知らされていないことである。依頼に読者の指定がなければ、AI の手元にある読者の手がかりは、依頼した人だけになる。依頼した人は作業の文脈を知っているので、略号のまま書いても通じてしまう。
Anthropic が公開しているプロンプトの指針は、Claude を、職場の決まりや進め方を知らない新しい社員として扱うよう勧めている。そのうえで、作業の文脈をほとんど持たない同僚に指示を見せ、その同僚が戸惑うなら Claude も戸惑う、という確かめ方を示している。この確かめ方は、人が AI に渡す依頼文にも、AI が人に渡す文書にも使える。
07明日からは、記号と造語を全部書き出させ、文脈のない読み手で確かめる
手順は四つある。
- 読者を一文で決める。「このページを初めて開く、部署の外の担当者」のように書いて、AI に渡す。
- 記号と造語を全部書き出させる。略号・番号・作業中の呼び名・造語を、最初に出る場所と、そこで説明されているかどうかと一緒に一覧にさせる。
- 一語ずつ直し方を決める。置き換える、初めて出る所で一文で説明する、消す、の三つから選ばせる。
- 文脈のない読み手に読ませる。新しい会話を開いた AI か、作業に関わっていない同僚にページだけを渡し、意味の取れない語を挙げてもらう。一つでも挙がれば、手順 3 に戻る。
手順 4 で新しい会話を使うのには理由がある。作業を続けてきた AI は、呼び名の定義を知っている。同じ会話の中で「分かりにくい語はあるか」と聞いても、自分が付けた名前は見落としやすい。
合格の線は、手順 4 で挙がる語が 0 になることである。「だいたい分かる」では通さない。この線を最初に AI に伝えておくと、書き直しの回数も減る。
- 記号や造語が通じるかは、作り手ではなく、そのページを初めて読む人を基準に決める。読めない語が一つでも残れば失格とする。
- AI の文書に記号が残るのは、作業中の呼び名を説明済みの語として扱い、読者を知らされないまま書くからである。
- AI に記号と造語を全部書き出させ、置き換え・一文の説明・削除で直させる。文脈のない読み手に読ませ、挙がる語が 0 になるまで繰り返す。
記号や造語は、作業を速くするために作り手が付けたものである。作業の中では役に立つ。困るのは、それが作業の外に出たときである。AI と長く仕事をするほど、完成品には作業中の名前が混ざる。それを見つけて直させるのは使う側の仕事であり、合否の基準は、そのページを初めて読む人に置く。
- Anthropic. Prompting best practices. Claude Developer Platform Docs. https://platform.claude.com/docs/en/build-with-claude/prompt-engineering/claude-prompting-best-practices
- Centers for Disease Control and Prevention. The CDC Clear Communication Index. CDC, 2025 年確認. https://www.cdc.gov/ccindex/index.html
- Centers for Disease Control and Prevention. Common words(Clear Communication Index User Guide). CDC. https://www.cdc.gov/ccindex/tool/page-7.html
- Camerer, C., Loewenstein, G., Weber, M. The Curse of Knowledge in Economic Settings: An Experimental Analysis. Journal of Political Economy 97(5): 1232–1254, 1989. https://ideas.repec.org/a/ucp/jpolec/v97y1989i5p1232-54.html