
生成AIに頼めば、下書きや調べものの空白はすぐに埋まる。ただ、人はAIが無くても空白を強く嫌う。Wilson らが2014年に報告した実験では、一人で15分考えるだけの間に、男性の67%が自分に電気ショックを与えた。女性では25%だった。退屈は、避けるべきものなのか?私の答えは「避けなくてよい」である。退屈は、打ち込みたい何かに注意を向けられないときに出る合図だからだ。退屈を感じたら、AIや画面ですぐに埋めず、自分が何をしたかったのかを考えればよい。
01退屈は注意からの合図で、AIで埋める前に読む値打ちがある
退屈を避けるべきかどうかは、三つの研究で答えられる。退屈の定義と、電気ショックの実験と、発想を問う実験の追試である。
まず定義を見る。心理学者の Eastwood らは2012年、退屈を「満たされる活動に打ち込みたいのに、打ち込めない嫌な状態」と定めた。Eastwood らによれば、人が退屈するのは暇が長いからではなく、注意がうまく向かないからである。
次は Wilson らの実験である。参加者は全員、その強さの電気ショックを、お金を払ってでも避けたいと事前に答えていた。それなのに、一人で考える時間になると、多くの人が自分にショックを与えた。その人たちは痛みのほうを選んだのである。空白を埋めたがる力は、それほど強い。
三つ目の研究は、退屈に近い時間、つまり頭を使わない単純な作業が発想の役に立つかを調べたものだ。2012年のある実験では、単純な作業をはさんだ人だけが、発想を問う課題で点を上げた。ところが後の追試では、心がさまよった度合いと点のあいだに関係が見つからなかった。退屈が発想を助けると人に勧める根拠は、いまのところ無い。
三つの研究を合わせると、退屈は急いで消すものでも、わざわざ求めるものでもない、と私は考える。Wilson らの実験が示したのは空白を嫌う力の強さで、退屈が害になることまでは示していないからだ。退屈は、注意がどこへ向かいたいのかを知らせる合図である。
生成AIは、下書きや調べものの空白をすぐに埋めてくれる。私は、埋める前に一度だけ合図を読むことを勧めたい。そうすれば、自分で引き受ける仕事とAIに渡す仕事を分けやすくなる。
02退屈とは、打ち込みたいことに打ち込めない状態をいう
私が退屈を「注意からの合図」と呼ぶのは、Eastwood らの定義から導いた読み方だ。定義どおりなら、退屈を感じたことは、打ち込みたい先があるのに注意がそこへ向いていないことを示す。この論文は2012年、学術誌 Perspectives on Psychological Science に載った。米国の心理科学協会も、同じ年の9月に紹介している。
Eastwood らの定義には、二つの条件がある。一つ目は、人が何かに打ち込みたいと望んでいることだ。二つ目は、望んでいるのに実際には打ち込めていないことだ。二つがそろうと、人は退屈を感じる。
Eastwood らは、人が打ち込めない理由を注意の働きに求めた。目の前の作業に注意が向かないこともある。注意を向けたい先が見つからないこともある。どちらの場合も、人は退屈を感じる。
この定義に従えば、退屈と暇は同じではない。長い待ち時間でも、読みたい本に没頭していれば退屈は起きない。逆に会議の最中でも、話に注意が向かなければ退屈は起きる。
怠けと退屈も、同じではない。怠けた人は、打ち込める作業に手を付けようとしない。退屈した人は、打ち込みたいのに打ち込めずにいる。だから退屈を感じた瞬間は、自分が何に打ち込みたかったのかを問い直すきっかけになる。
03生成AIを使う人の頭の使い方は、確かめる作業へ移っている
注意をどこに向けられるかで、退屈は決まる。では今、職場で人の注意はどこへ向けられているのか。手がかりは、Microsoft Research の Lee らが2025年に発表した調査にある。
Lee らは、知識労働者319人に、仕事で生成AIを使った場面を尋ねた。結果は2025年4月、コンピューターと人の関わりを扱う国際会議で発表された。生成AIを使うと、回答者が頭を使う仕事は次の三つへ移っていた。
情報の確認
AIが出した情報が正しいかを確かめる仕事が増えた。
答えの統合
AIの答えを、自分が扱う案件に合わせて組み込む仕事が増えた。
作業の管理
AIに何をさせるかを決め、出来上がりを見届ける仕事が増えた。
資材の審査をする私たちは、もともと根拠や表現を確かめることを仕事にしている。Lee らの調査では、ほかの職種の回答者も、頭を使う先が確かめる作業へ寄ったと答えた。
ただし、この調査が集めたのは、働く人が自分で答えた内容である。生成AIを使うと退屈が増える、というデータも含まれていない。調査から言えるのは、回答者が仕事中に頭を使う先が変わってきた、というところまでだ。
04考えるだけの15分に、男性の67%は電気ショックを選んだ
Lee らの回答者では、仕事中に頭を使う先が確かめる作業へ寄っていた。では、仕事が途切れた空白を、人はどう過ごすのか。その時間を調べたのが、Wilson らの実験である。
Wilson らは大学生を中心に人を集め、一人で6分か15分、ただ考えて過ごしてもらった。研究は六つの実験から始まった。大学生ではない大人でも、実験は行われた。平均48歳の地域の人たちでも、中心となる結果は変わらなかった。
電気ショックを使った実験では、考える時間は15分だった。参加者は、望めば自分にショックを与えられた。結果は次のとおりである。
事前の答え
参加者は全員、その強さのショックを、お金を払ってでも避けたいと答えていた。
実際の選択
一人で考える15分の間に、男性の67%と女性の25%が、少なくとも一度は自分にショックを与えた。
解釈への異論
Fox らは、参加者は Wilson らが書いたより考える時間を楽しんでいた、と反論した。
異論は同じ2014年のうちに出た。私は Fox らの批判の原文を読めていない。中身は、Wilson らが学術誌 Frontiers in Psychology に出した応答で知った。
Wilson らの応答を読む限り、両者が争ったのは、参加者がどれほど楽しんだかという点である。応答の中では、ショックを自分に与えた人の割合は争点になっていない。
人は、痛みを選ぶほど空白を嫌うことがある。空白ができると、手元のスマートフォンや生成AIに手が伸びる。電気ショックの結果から推せば、そうした動きが多くの人に起きても不思議ではない。ただし、この実験が調べたのは電気ショックを選ぶかどうかで、スマートフォンや生成AIに手を伸ばすことではない。
05課題の合間に単純な作業をした組だけが、二度目に点を上げた
人は空白を強く嫌う。では、考える仕事の途中に、頭を使わない時間をわざと入れるとどうなるのか。心理学者の Baird らは2012年、この点を調べた実験を学術誌 Psychological Science に報告した。
実験の課題は、身近な物を一つ示され、その変わった使い道をできるだけ多く挙げるものだった。参加者はこの課題を二度解いた。二度の間をどう過ごしたかで、参加者は四つの組に分けられた。
一つ目の組は、二度の間に難しい作業をした。二つ目の組は単純な作業をした。三つ目の組は12分間休んだ。四つ目の組は休みを取らず、続けて二度目の課題を解いた。
二度目に使い道をより多く挙げられたのは、単純な作業をした組だけだった。この組の人は、作業中に心がさまよったと多く答えていた。Baird らは、心をさまよわせる単純な作業が発想を助けうる、と結論した。
12分休んだ組は、点を上げなかった。点を上げたのは、休んだ組ではなく、単純な作業をした組だった。
06退屈は嫌われて合図にもなるが、発想を助けるかはまだ分からない
単純な作業をした組だけが、二度目に点を上げた。この結果はどこまで確かなのか。その確かさも含めて、退屈について言えることを三つに分けて述べる。
一つ目に、人は退屈を強く嫌う。だから、AIや画面で空白を埋める選択が多くの人に起きても不思議ではない。根拠は Wilson らの実験である。男性の67%と女性の25%が、事前に避けたいと答えていた電気ショックを自分に与えた。
二つ目に、退屈は合図として読める。合図として読めば、空白を埋める前に、自分が何に打ち込みたかったのかを確かめられる。根拠は Eastwood らの定義にある。Eastwood らは退屈を、打ち込みたいのに打ち込めない状態として定めた。
三つ目に、退屈が良い発想を生むという証拠は、まだ無い。「退屈すれば発想が湧く」と人に勧めるわけにはいかない。なお、私はここで、単純な作業中に心がさまよう状態を、退屈に近い状態として扱っている。Smeekens と Kane は2016年に三つの実験を行った。心がさまよう人ほど点が高いのかを調べたが、三つの実験のどれでも、はっきりした関係は出なかった。
Steindorf らも2020年に同じ点を調べ直した。二度の課題の間をどう過ごしても、組ごとの点の伸びに差は出なかった。また、心がさまよいやすい人のほうが二度目に良い点を取る、ということも無かった。三つの主張を並べると、次の表になる。
| 見るところ | 退屈は嫌われる | 退屈は注意の合図 | 退屈は発想を助ける |
|---|---|---|---|
| 根拠 | Wilson ら 2014(Science) | Eastwood ら 2012(定義の提案) | Baird ら 2012(Psychological Science) |
| 後の議論 | Fox らが解釈に異論 | この記事では異論を確かめていない | Smeekens と Kane、Steindorf らで相関が出ず |
| この記事で言えること | 空白を埋めたい力は強い | 合図として読める | 勧める根拠にはならない |
表の真ん中の列、つまり合図という読み方にも弱みがある。私は、Eastwood らの定義への反論を探し切れていない。私は、Eastwood らの定義が正しいという前提の上で、退屈を合図として読んでいる。
07AIで空白を埋め続けると注意がどう変わるか、測った研究はまだ見つからない
退屈が発想を助けるかどうかは、まだ分からない。では、AIで空白を埋める習慣については何が言えるのか。Lee らの調査には、関係する結果が一つある。
Lee らの調査では、生成AIを信頼している人ほど、自分で批判的に考えることが少なかった。ただし、この調査の数字は、働く人がアンケートに自分で答えた内容である。この調査は、AIを信じたせいで考えなくなったことまでは示していない。
AIで空白を埋め続けると、退屈の感じ方は変わるのか。注意の向け先は動くのか。私がこの記事のために確かめた範囲には、それを測った研究は無かった。だから私は、ここで答えを断定しない。
測った研究が無い以上、AIで空白を埋める習慣の良し悪しを研究で決めることはできない。研究が出るまでは、退屈を感じたときの手順を自分で決めておくのがよい。退屈を感じたら、まず何に打ち込みたいのかを一行で書く。次に、その中でAIに任せる範囲を決める。任せない部分は、数分でよいので自分で考える。
資材の審査に当てはめてみる。根拠になる文献を探す作業なら、私はAIに手伝わせる。ある表現を医療者がどう受け取るかは、自分の頭で考える。
退屈を感じた数分は、自分が何を引き受けたいのかを知る時間にできる。AIに渡すのは、その後でも遅くない。
- Wilson らの実験では、一人で考える時間に男性の67%と女性の25%が電気ショックを選んだ。空白を埋めたい力は強く、AIや画面で埋める選択が起きても不思議ではない。
- Eastwood らは退屈を、満たされる活動に打ち込みたいのに打ち込めない状態と定めた。暇の長さより、注意の向け先が無いという合図として読める。
- Baird らは、単純な作業をはさむと発想の課題で点が上がると報告した。だが心のさまよいと点の関係は、追試で再現されていない。退屈が発想を助けると勧める根拠にはならない。
退屈は避けるべきものではない。打ち込みたい何かに注意を向けられないときに出る合図である。発想を助けるとまでは言えないが、自分が何に打ち込みたいのかを確かめる材料にはなる。
生成AIで空白をすぐ埋める前に、その合図を一度読めばよい。私は次に退屈を感じたら、AIの画面を開く前に、打ち込みたかった仕事の名前を一行書くことにする。
- Association for Psychological Science. "I'm Bored!" – Research on Attention Sheds Light on the Unengaged Mind. 2012-09-26. https://psychologicalscience.org/?p=77138(Eastwood らによる退屈の定義と、原因を注意の働きに置く見方。Perspectives on Psychological Science 掲載論文の紹介)
- Timothy D. Wilson ほか. Just Think: The Challenges of the Disengaged Mind. Science, 2014.(一人で考えるだけの時間と、自分に与えた電気ショックの実験)
- BPS Research Digest. It's the darkness within – some people would rather shock themselves with electricity than spend time alone with their thoughts. 2014-07-03. https://bps.org.uk/research-digest/it-darkness-within-some-people-would-rather-shock-themselves-electricity-spend-time(6分か15分の考える時間、男性67%・女性25%、事前に避けたいと答えていたこと)
- Timothy D. Wilson ほか. Reply to Fox et al., "Is thinking really aversive?". Frontiers in Psychology, 2014. https://www.frontiersin.org/journals/psychology/articles/10.3389/fpsyg.2014.01428/full(Fox らの異論と、それへの応答)
- Association for Psychological Science. More than Just 'Zoning Out' – Psychological Science Examines the Cognitive Processes Underlying Mind Wandering. 2012-10-11. https://www.psychologicalscience.org/news/releases/more-than-just-zoning-out-psychological-science-examines-the-cognitive-processes-underlying-mind-wandering.html(Baird らの実験の四つの組と結果)
- PLOS ONE. Propensity or diversity? Investigating how mind wandering influences the incubation effect of creativity. 2022. https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC9053813/(Smeekens と Kane 2016、Steindorf ら 2020 で心のさまよいと課題の点の相関が出なかったこと)
- Hao-Ping (Hank) Lee ほか. The Impact of Generative AI on Critical Thinking: Self-Reported Reductions in Cognitive Effort and Confidence Effects From a Survey of Knowledge Workers. CHI 2025. https://www.microsoft.com/en-us/research/publication/the-impact-of-generative-ai-on-critical-thinking-self-reported-reductions-in-cognitive-effort-and-confidence-effects-from-a-survey-of-knowledge-workers/(知識労働者319人の自己申告。考える仕事が確認・統合・管理へ移ったこと)
