
2026 年 10 月 10 日、米国の経済メディア Quartz は、米証券取引委員会(SEC)は AI の誇張を企業に警告しながら処分はまれで、上場企業で挙がるのは罰金の無かった Presto Automation だけだと報じた。会社が「AI を使っている」と書いたとき、その表示が本当かを、誰がいつ確かめるのか?当局が確かめるのは表示が出た後で、件数も少ない。だから表示を出す会社は、出す前に裏づけを記録で持つ必要がある。買う側は、契約の前にその記録を書面で求めるしかない。
01SEC は AI の誇張を警告したが、処分は数えるほどしかない
AI の誇張は、英語で AI ウォッシングと呼ばれる。AI を使っていない、または言うほどの力が無いのに、AI の製品だと宣伝することを指す。SEC は 2024 年からこの誇張を企業に警告してきた。
それでも、Quartz が挙げた処分は数えるほどだった。処分を受けたのは、2024 年の投資助言会社 2 社、2025 年の Presto、同じ年の買い物アプリ Nate の創業者である。Presto は株式を上場していた会社だが、罰金を払っていない。
表示が出てから処分までの順を追うと、当局が中を調べるのは最後になる。その前に、表示を信じた人がもう契約や投資を済ませている。
私は、ここから一つの結論を引く。AI の製品を買う会社は、当局の処分を待たずに、契約の前に三つのことを書面で聞くべきだ。注文や作業のうち何割に人が手を入れているか。その技術の持ち主は誰か。人の仕事と比べる試験をしたか。この三つである。
02処分された三社は、AI の有無か能力を事実と違えて書いていた
処分が少ないとはいえ、処分された例を見れば、どんな表示が誤りとされたかは分かる。処分された三つの例を並べると、次の表になる。
| 見るところ | Delphia(2024 年) | Presto(2025 年) | Nate(2025 年) |
|---|---|---|---|
| 表示 | どの会社が伸びるかを予測する AI | 人が注文を受けなくて済む音声注文 | 人の手を介さず AI が購入を完了 |
| 中身 | その力を持っていなかった | 大半の注文に人が介入、技術は一時期他社のもの | 契約社員が手で注文を入力 |
| 処分 | 2 社で計 40 万ドル | 罰金なし | SEC が提訴、刑事でも起訴 |
Delphia は投資助言会社で、顧客のデータを AI で使い、どの会社が伸びるかを予測すると宣伝した。当局の認定では、Delphia はその力を持っていなかった。同じ日に処分された Global Predictions と合わせ、2 社は計 40 万ドルを払った。
Presto は、ドライブスルーの注文を音声で受けるシステムを売っていた。当局によると、Presto は自社の AI が人の注文受けを不要にすると宣伝した。実際には、ある版のシステムでは大半の注文に人が手を入れていた。音声を聞き取る技術も、一時期は他社が持ち、他社が動かしていた。
Nate の創業者は、アプリが人の手を介さずに買い物を済ませると説明し、4,200 万ドルを超える資金を集めた。SEC の訴えでは、注文の多くは契約社員が手で入力していた。
三つの例は、AI が無いのに有ると書いたか、AI の力を大きく書いたかのどちらかだった。どれも、表示の一文と中で起きていることが違っていた。
03SEC 審査部門は 2026 年度、AI の表示が正確かを調べる
三社はいずれも投資業界の会社だった。では、AI の表示を見ている当局はほかにどこか。米国では少なくとも三つの部署が、それぞれ別の範囲を受け持っている。
SEC 審査部門
証券会社や投資助言会社を、定期的に検査する部署。2026 年度の重点として、AI の能力をうたう表示が正確かどうかを調べると書いた。
SEC 執行部門
違反した会社を処分する部署。Presto と Nate の件は、この部署が扱った。
FTC
米連邦取引委員会。消費者向けの AI 製品を見る。2024 年 9 月に 5 件をまとめて処分した。
審査部門は書面で、登録業者が AI について述べた内容が正確かどうかを調べるとした。審査部門は処分を出す前の段階で、表示と実際の中身にずれがないかを確かめる。ただし、審査を受けるのは SEC に登録した業者だけである。
FTC が処分した 5 件の一つが DoNotPay である。DoNotPay は自社の AI を「世界初のロボット弁護士」と宣伝していた。FTC は、DoNotPay が AI の答えを弁護士の仕事と比べる試験をしていなかったと指摘した。DoNotPay は 19 万 3,000 ドルを払うことで合意した。
04表示は一文で書けるが、誤りは中の仕組みを開くまで見えない
審査部門が表示の正確さを見るのは、外から見ても誤りが分からないからだ。三つの例は、どれも画面や広告からは見分けられなかった。
Nate の利用者が見ていたのは、注文が済んだという画面だけである。注文を処理したのが AI か、遠くで働く人かは、画面からは分からない。
Presto の場合、店で注文を受けていたのは確かに音声のシステムだった。そのシステムの裏で人がどれだけ手を入れていたか、技術の持ち主が誰かは、店の客にも投資家にも見えなかった。
DoNotPay の利用者は、AI が書いた書面を受け取った。その書面が弁護士の書くものと同じ水準かどうかは、比べる試験をしなければ誰にも言えない。
表示は一文で書ける。「AI が自動で処理します」と書くのに、手間はかからない。一方で、その一文が本当かを確かめるには、処理の記録や試験の結果を見る必要がある。当局がそれを見るのは、調べに入った後になる。
05Atkins 委員長は、執行で規制する手法をやめると述べた
中を調べないと誤りが分からないなら、調べる側の体制が問題になる。Quartz の記事によれば、SEC の姿勢は 2024 年から変わった。
| 見るところ | 2024 年 | 2026 年 |
|---|---|---|
| 発言 | 執行部長の Grewal が、上場企業にも AI の表示に気を付けるよう求めた | Atkins 委員長が、執行で規制する手法をやめたと述べた |
| 処分 | 投資助言会社 2 社に計 40 万ドル | 4 月の執行報告で、AI は Nate の 1 か所だけ |
| 体制 | ─ | 2025 年 2 月に約 30 人の新部署。重点に AI ウォッシングの語は無い |
執行で規制するとは、規則を新しく書かずに、個々の処分を通して何が違反かを示すやり方を指す。Quartz によれば、Paul Atkins 委員長はこのやり方をやめたと述べた。
2025 年 2 月、SEC はサイバーと新技術を扱う部署を新しく設けた。人数はおよそ 30 人である。部署の重点には、AI を使った詐欺が挙がっている。一方、発表には AI の誇張そのものを指す語が無い。
SEC は 2026 年 4 月に執行の報告を出した。AI が出てくるのは、Nate の創業者の件の 1 か所だけだった。数字だけを見れば、当局は AI の表示を確かめる仕事から手を引きつつある。
06買う側は契約前に書面で三点を聞く――人の介入、技術の持ち主、試験
SEC が 2026 年 4 月に出した報告で、AI が出てくるのは 1 か所だけだ。それなら、表示を確かめる仕事は当局の外で担うしかない。私はこの仕事を三つの論点に分けて考える。
一つ目は時期である。当局の処分は事後に出るうえ、数も少ない。Presto の誤った表示は 2021 年 11 月から 2023 年 5 月まで続き、処分は 2025 年 1 月に出た。処分を待つ間も、契約は誤った表示のまま続く。
二つ目は中身である。処分された誤りは三か所にあった。人の介入、技術の持ち主、試験の有無である。Nate は人の手作業を AI と呼び、Presto は他社の技術を明かさず、DoNotPay は試験をしていなかった。聞くべき点は、この三つに絞れる。
三つ目は書面である。買う側は契約の前に、この三つを書面で求める。表示を出す会社は、出す前にその記録をそろえておく。FTC が DoNotPay に問うたのは、まさに試験の記録が無いことだった。
買う側が書面で受け取っておけば、表示と実態が違ったときに、何が違ったかを示せる。Presto の投資家は、人の介入の割合を知る手段を持っていなかった。
07集団訴訟は 2025 年に 16 件、当局の空白を埋めるかは未定
買う側にできるのは、契約前に三つを聞くことだ。表示の誤りを問える場は、当局のほかにもある。投資家が起こす訴訟である。
米国の調査会社 Cornerstone Research の集計では、AI に関わる証券の集団訴訟は 2025 年に 16 件起こされた。集団訴訟とは、同じ損を受けた多数の投資家に代わって、一部の人がまとめて訴える仕組みをいう。当局が処分しなくても、投資家は裁判で表示の誤りを問える。
訴訟の行方
2025 年に起きた 16 件の集団訴訟がどう決着するかは、まだ分からない。
処分の数
Quartz が挙げた処分は、報道で分かった範囲に限られる。SEC は処分の全件を数えて公表していない。
Nate の事件
SEC の訴えも刑事の起訴も、まだ主張の段階にある。裁判で事実は確かめられていない。
ただし、訴訟が当局の代わりになるかは確かめられていない。投資家が訴えるのは、損が出た後だ。表示が正しいかを契約の前に確かめるのは、やはり売る側と買う側の役目である。
私は 16 件という数を、表示の誤りが損として表に出始めた印と読む。件数がこの先増えるか減るかは、毎年の集計を見て確かめるしかない。
- SEC が AI の誇張で処分した例は、数えるほどしかない。上場企業の Presto には、罰金を科さなかった。買う側が当局の処分を待つ間も、誤った表示のまま契約は続く。
- 処分された表示の誤りは、人の手作業、他社の技術、試験の欠如の三つにあった。どれも広告や画面からは見分けられない。
- 買う側は契約前に、人の介入率、技術の持ち主、試験の記録を書面で求める。出す側は、表示を出す前にその記録を持つ。表示を確かめる時期を契約の前に早められるのは、この二者だけである。
会社が「AI を使っている」と書いても、当局が確かめるのは表示が出た後で、しかもまれだ。契約の前に表示を確かめられるのは二者だけである。記録を持つ売る側と、その記録を書面で求める買う側だ。
私が AI の製品を勧められたら、最初に聞くのは、人が手を入れる注文が何割あるかだ。答えが書面で返ってこなければ、その表示は確かめられていないものとして扱う。
- Quartz(Yahoo Finance 転載). The SEC warns companies about 'AI washing' but rarely punishes them. 2026-10-10. https://qz.com/sec-ai-washing-enforcement-small-companies-investors-100826(処分がまれであること、Presto が上場企業の例であること、Atkins 委員長の発言、2026 年 4 月の執行報告)
- U.S. Securities and Exchange Commission. SEC Charges Two Investment Advisers with Making False and Misleading Statements About Their Use of Artificial Intelligence. Press Release 2024-36, 2024-03-18.(Delphia と Global Predictions の表示、計 40 万ドル、Grewal 執行部長の発言)
- U.S. Securities and Exchange Commission. Presto Automation Inc. Administrative Proceeding File No. 3-22413, 2025-01-14.(大半の注文に人が介入、他社が持つ技術、2021 年 11 月〜2023 年 5 月の表示、罰金なし)
- U.S. Securities and Exchange Commission. Alberto Saniger Mantinan, a/k/a Albert Saniger. Litigation Release No. 26282, 2025-04-11.(Nate の表示と契約社員の手入力、4,200 万ドル超の資金集め)
- U.S. Securities and Exchange Commission, Division of Examinations. Fiscal Year 2026 Examination Priorities. 2025-11-17.(登録業者の AI の表示を正確さの面から調べること)
- Federal Trade Commission. FTC Announces Crackdown on Deceptive AI Claims and Schemes. 2024-09-25.(5 件の処分、DoNotPay の「世界初のロボット弁護士」と試験をしていなかったこと、19 万 3,000 ドル)
- U.S. Securities and Exchange Commission. SEC Announces Cyber and Emerging Technologies Unit to Protect Retail Investors. Press Release 2025-42, 2025-02-20.(約 30 人の新部署と重点の一覧)
- Cornerstone Research. Securities Class Action Filings—2025 Year in Review. 2026.(AI に関わる集団訴訟が 2025 年に 16 件)
