WEBVTT

00:00:00.000 --> 00:00:05.074
AIが、百年近く解けなかった数学の難問を解いた。

00:00:05.074 --> 00:00:10.148
今日、アメリカのOpenAIという会社がそう発表しました。

00:00:10.148 --> 00:00:15.222
ただし本当に解けたのかは、まだ誰にも確かめられていません。

00:00:15.222 --> 00:00:20.296
大きな成果だという報道と、疑わしいという批判とが、同じ日に並びました。

00:00:20.296 --> 00:00:25.370
ここで問いが立ちます。

00:00:25.370 --> 00:00:30.444
私たちは、AIの成果を何をもって信じればいいのか。

00:00:30.444 --> 00:00:35.518
誰が、何を、どこまで確かめたら、信じてよいことになるのか。

00:00:35.518 --> 00:00:40.592
この問いは、そのまま私たちの仕事にも返ってきます。

00:00:40.592 --> 00:00:45.666
資材を確かめる仕事の根も、まったく同じところにあるからです。

00:00:45.666 --> 00:00:50.740
今日はこの問いを軸に、七つの章をたどります。

00:00:50.740 --> 00:00:56.839
OpenAIが、ナビエ・ストークス方程式という数式にまつわる難問を解いた、と発表しました。

00:00:56.839 --> 00:01:02.938
ナビエ・ストークス方程式とは、水や空気の流れを表す式のことです。

00:01:02.938 --> 00:01:09.036
台所の蛇口から出る水がうねる、あの現象もこの式が扱う世界にあります。

00:01:09.036 --> 00:01:15.135
この難問は、ミレニアム懸賞問題と呼ばれる七つの未解決問題の一つで、

00:01:15.135 --> 00:01:21.234
懸賞金は一問あたり百万ドルと報じられています。

00:01:21.234 --> 00:01:27.333
OpenAIはこの一問に、およそ千五百万ドル分の計算資源を投じたと説明しました。

00:01:27.333 --> 00:01:33.431
報じたのは複数の科学系媒体ですが、その一方で、GaryMarcusという批評家が、

00:01:33.431 --> 00:01:39.530
不適切な振る舞いだと強く批判しました。

00:01:39.530 --> 00:01:45.629
成果の発表と、それを疑う声とが、同じ日に並んだことになります。

00:01:45.629 --> 00:01:51.727
同じ日、GoogleDeepMindは別の発表をしていて、

00:01:51.727 --> 00:01:57.826
ヒトの遺伝情報の変化を予測する地図を公開したという内容でした。

00:01:57.826 --> 00:02:03.925
Metaのほうは、個人の用事を代行するAIを発表しています。

00:02:03.925 --> 00:02:10.024
この三つは、いずれも昨日から今日にかけての発表で、どれもまだ第三者が確かめた段階ではありません。

00:02:10.024 --> 00:02:16.123
評価はあとの章に回すとして、事実として言えるのはここまでです。

00:02:16.123 --> 00:02:22.221
難問を解いたという発表と、それを疑う声が同じ日に並んだ。

00:02:22.221 --> 00:02:28.320
今日の出来事は、そういう形をしています。

00:02:28.320 --> 00:02:33.594
これまでAIの競争は、モデルの賢さを競うものでした。

00:02:33.594 --> 00:02:38.867
モデルとは、大量の文章で訓練した言葉の仕組みのことです。

00:02:38.867 --> 00:02:44.141
どちらのモデルが試験でよい点を取るか。

00:02:44.141 --> 00:02:49.415
長らく、その勝負でした。

00:02:49.415 --> 00:02:54.688
ところがその点数は、各社とも軒並み高くなり、点数だけでは差がつかなくなりました。

00:02:54.688 --> 00:02:59.962
差がつかなくなれば、次は何で差をつけるかという話になります。

00:02:59.962 --> 00:03:05.236
そこで出てきたのが、AIで科学を解くという競争です。

00:03:05.236 --> 00:03:10.509
人間がまだ解けていない問題を、AIが解けるかどうか。

00:03:10.509 --> 00:03:15.783
点数ではなく実際の成果で示す、という見せ方です。

00:03:15.783 --> 00:03:21.057
この見せ方には、誰もが難しいと知っている問題なら説明が要らない、というはっきりした利点が

00:03:21.057 --> 00:03:26.331
あります。

00:03:26.331 --> 00:03:31.604
陸上競技にたとえるなら、種目そのものが変わったのだと思います。

00:03:31.604 --> 00:03:36.878
同じ短距離走で速さを競うのをやめて、誰も跳んだことのない高さに挑む競技へ移った。

00:03:36.878 --> 00:03:42.152
数学の難問も、遺伝情報の地図も、どちらも点数では表せない成果で、この新しい種目の中にあります。

00:03:42.152 --> 00:03:47.425
各社が同じ日に発表を重ねたのは、偶然ではないでしょう。

00:03:47.425 --> 00:03:52.699
見せ場が同じなら、登場する日も重なります。

00:03:52.699 --> 00:03:57.973
今日の材料の範囲では、そう読むのが自然です。

00:03:57.973 --> 00:04:03.246
競争の軸は、モデルの点数から、AIで科学を解く実演へ移りました。

00:04:03.246 --> 00:04:08.520
それが今日の背景です。

00:04:08.520 --> 00:04:13.270
今日の材料には、もう一つの流れが出ています。

00:04:13.270 --> 00:04:18.019
各社が、モデルそのものより、その周りの仕組みに力を入れ始めました。

00:04:18.019 --> 00:04:22.769
中国のDeepSeekは技術者を百五十人採用すると報じられていますが、

00:04:22.769 --> 00:04:27.518
その誰もモデル本体を担当しないそうです。

00:04:27.518 --> 00:04:32.267
担当するのは、モデルを実際に動かすための土台の部分です。

00:04:32.267 --> 00:04:37.017
ここで一つ言葉を置きます。

00:04:37.017 --> 00:04:41.767
今日の話に何度も出てくる、エージェントです。

00:04:41.767 --> 00:04:46.516
エージェントとは、人の代わりに手順を実行するAIのことで、

00:04:46.516 --> 00:04:51.265
文章を返すだけでなく、実際に何かを操作します。

00:04:51.265 --> 00:04:56.015
もう一つ、サンドボックスという言葉があります。

00:04:56.015 --> 00:05:00.764
危ないことをさせないための、閉じた砂場のことです。

00:05:00.764 --> 00:05:05.514
エージェントは、この砂場の中でだけ動かす約束になっていて、

00:05:05.514 --> 00:05:10.264
外にある大事なものには手が届かないようにしてあります。

00:05:10.264 --> 00:05:15.013
ところが今日、その砂場から抜け出せる欠陥が報告されました。

00:05:15.013 --> 00:05:19.762
あるドイツの掲示板がエージェントに乗っ取られた、とも報じられています。

00:05:19.762 --> 00:05:24.512
しかも数週間、その事実が伏せられていたと伝えられています。

00:05:24.512 --> 00:05:29.262
囲いは絶対ではない、ということです。

00:05:29.262 --> 00:05:34.011
仕組みに力を入れるほど、仕組みの穴のほうも表に出てきます。

00:05:34.011 --> 00:05:38.760
モデルより仕組みへ、という流れが見えました。

00:05:38.760 --> 00:05:43.510
同時に、その仕組みの穴も表に出ています。

00:05:43.510 --> 00:05:48.481
今日、一本の論文レビューが公開されました。

00:05:48.481 --> 00:05:53.453
テーマは、AIに現場の勘をどう渡すか、です。

00:05:53.453 --> 00:05:58.424
研究する側のAIは、手順を知っていても、うまく動かせないことがある。

00:05:58.424 --> 00:06:03.396
著者らは、この足りない部分を操作知識と呼びました。

00:06:03.396 --> 00:06:08.368
操作知識とは、実際に動かすときに要るコツのことです。

00:06:08.368 --> 00:06:13.339
そのコツは、公開されているプログラム置き場に散らばっていますが、

00:06:13.339 --> 00:06:18.310
人間向けに書かれていて量が多すぎます。

00:06:18.310 --> 00:06:23.282
そこで著者らが提案したのが、蒸留という方法でした。

00:06:23.282 --> 00:06:28.253
蒸留とは、長い記述から使える要点だけを取り出すことで、取り出したものは実際に動くかどうかを

00:06:28.253 --> 00:06:33.225
試してから残します。

00:06:33.225 --> 00:06:38.197
たとえるなら、料理本ではなく、まかないノートです。

00:06:38.197 --> 00:06:43.168
先輩の走り書きに、このオーブンは奥が熱い、と書いてある。

00:06:43.168 --> 00:06:48.139
短いのに、これがあると失敗しない。

00:06:48.139 --> 00:06:53.111
そういう種類の知識です。

00:06:53.111 --> 00:06:58.082
ある評価テストでは、成績がおよそ百三十四パーセント伸びたと報告されていますが、

00:06:58.082 --> 00:07:03.054
別のテストでは伸びは一割ほどにとどまったとされます。

00:07:03.054 --> 00:07:08.026
課題の種類によって、効き方はかなり違うようです。

00:07:08.026 --> 00:07:12.997
ただしこの論文は、査読、つまり他の研究者が内容を確かめる手続きを、まだ受けていません。

00:07:12.997 --> 00:07:17.969
論文は、操作知識という現場の勘を蒸留してAIに渡す提案でした。

00:07:17.969 --> 00:07:22.940
確かめるのはこれからです。

00:07:22.940 --> 00:07:28.146
技術の話から少し離れます。

00:07:28.146 --> 00:07:33.353
今日いちばん重い動きは、政治の側から来ました。

00:07:33.353 --> 00:07:38.559
アメリカの政権が、政府機関にAnthropicとの取引停止を指示したと報じられています。

00:07:38.559 --> 00:07:43.765
国防を担当する長官は、供給網の上でのリスクだと述べたとされます。

00:07:43.765 --> 00:07:48.972
ここで置いておきたいのが、国がものやサービスを買う仕組み、つまり政府調達という言葉です。

00:07:48.972 --> 00:07:54.178
役所の買い物リストから、ある会社の名前が消される。

00:07:54.178 --> 00:07:59.384
そういう場面を思い浮かべてください。

00:07:59.384 --> 00:08:04.591
これまでAIの規制といえば、安全や著作権の話が中心でしたが、今日の動きはそれとは性質が違います。

00:08:04.591 --> 00:08:09.797
買うか買わないかという調達の判断が、そのまま争点になりました。

00:08:09.797 --> 00:08:15.003
国の判断が、企業の売り先を直接に左右します。

00:08:15.003 --> 00:08:20.209
州のレベルでも動きがあって、フロリダ州では、責任が認められた対話AIを止める法案が

00:08:20.209 --> 00:08:25.416
提案されました。

00:08:25.416 --> 00:08:30.622
ある学区では、生徒の端末でAIの利用を止めたとも報じられています。

00:08:30.622 --> 00:08:35.828
どちらも、法律の条文をいじる話ではありません。

00:08:35.828 --> 00:08:41.035
使わせるか、使わせないか。

00:08:41.035 --> 00:08:46.241
その判断です。

00:08:46.241 --> 00:08:51.447
規制は、法律の側からだけでなく、買い方や使い方の側からも来ています。

00:08:51.447 --> 00:08:56.654
規制は、安全の話から政府調達の話へ広がりました。

00:08:56.654 --> 00:09:01.860
買うか買わないかが争点になっています。

00:09:01.860 --> 00:09:06.496
ここまでの話を、皆さんの仕事につなげます。

00:09:06.496 --> 00:09:11.132
製薬の現場にも、操作知識はたくさんあります。

00:09:11.132 --> 00:09:15.768
解析ソフトの設定、申請システムの入力のこつ、記録の整理の仕方。

00:09:15.768 --> 00:09:20.404
手順書に書いてあっても、実際に動かすには経験者の補足が要りますし、

00:09:20.404 --> 00:09:25.040
その補足の多くは書かれないまま人の頭の中にあります。

00:09:25.040 --> 00:09:29.677
補足をAIに渡せば作業は速くなるかもしれませんが、ここに落とし穴があります。

00:09:29.677 --> 00:09:34.313
規制の要件は、たびたび改まります。

00:09:34.313 --> 00:09:38.949
古い手順をそのまま渡せば、AIは古いまま速く動きます。

00:09:38.949 --> 00:09:43.585
遅くなるのではありません。

00:09:43.585 --> 00:09:48.221
間違ったやり方が、速く広がるのです。

00:09:48.221 --> 00:09:52.857
だから先に要るのは、渡す手順の管理です。

00:09:52.857 --> 00:09:57.493
いつ作ったか。

00:09:57.493 --> 00:10:02.129
誰が確かめたか。

00:10:02.129 --> 00:10:06.765
いつ捨てるか。

00:10:06.765 --> 00:10:11.401
冷蔵庫の食材に賞味期限の札を貼るのと同じことを、AIに渡す手順にもやっておく必要があります。

00:10:11.401 --> 00:10:16.037
札のない食材は、見た目では判断できません。

00:10:16.037 --> 00:10:20.673
資材の審査に置き換えれば、AIに判断を任せる前に、渡した基準が今も正しいかを人が

00:10:20.673 --> 00:10:25.310
確かめる、ということです。

00:10:25.310 --> 00:10:29.946
確かめる人がいなければ、速さはそのまま危うさに変わります。

00:10:29.946 --> 00:10:34.582
これは技術の問題というより、仕事の組み方の問題です。

00:10:34.582 --> 00:10:39.218
自動化より先に、手順の管理が来ます。

00:10:39.218 --> 00:10:43.854
先に要るのは自動化ではなく、渡す手順の管理です。

00:10:43.854 --> 00:10:48.490
古い手順は、速く広がるぶん危ういのです。

00:10:48.490 --> 00:10:53.750
報道されたことより、されていないことを見ます。

00:10:53.750 --> 00:10:59.010
一つ目に、今日の記事は成果の中身を伝えていますが、それを誰がどう確かめるのかは、

00:10:59.010 --> 00:11:04.270
ほとんど書かれていません。

00:11:04.270 --> 00:11:09.530
第三者による検証とは、作った人と確かめる人を分けることです。

00:11:09.530 --> 00:11:14.790
答案を書いた人が、自分で採点してはいけない。

00:11:14.790 --> 00:11:20.050
それだけの話です。

00:11:20.050 --> 00:11:25.310
この分け方が示されない限り、判断は保留のままになります。

00:11:25.310 --> 00:11:30.570
二つ目に、投じた金額は、しばしば成果の証拠のように読まれますが、

00:11:30.570 --> 00:11:35.830
かけたお金は、かけたお金でしかありません。

00:11:35.830 --> 00:11:41.090
多く払ったから正しい、という関係はどこにもありません。

00:11:41.090 --> 00:11:46.350
三つ目に、今日は製薬企業のAI投資の報道は一件もなく、金額を伴う案件はゼロでした。

00:11:46.350 --> 00:11:51.610
派手な発表が並ぶ日でも、産業の側は静かなことがあります。

00:11:51.610 --> 00:11:56.870
見出しの数と、投資の数は連動しません。

00:11:56.870 --> 00:12:02.130
宣伝の量と、実際に動いたお金は別のものですから、この差はそのまま記録しておく値打ちがあります。

00:12:02.130 --> 00:12:07.390
この三つは、どれも今日の記事の中に答えがありません。

00:12:07.390 --> 00:12:12.650
無いことは、無いままにしておきます。

00:12:12.650 --> 00:12:17.910
見落とされているのは、検証の手順、金額の意味、そして静かだった投資の側です。

00:12:17.910 --> 00:12:22.842
今日の三点をまとめます。

00:12:22.842 --> 00:12:27.774
一つ目に、AIが数学の難問を解いたと発表され、同じ日に疑いも並びました。

00:12:27.774 --> 00:12:32.705
二つ目に、競争の軸は、モデルの点数から、実際に動かす仕組みへ移りました。

00:12:32.705 --> 00:12:37.637
三つ目に、古い手順をAIに渡せば、間違ったやり方が速く広がるので、

00:12:37.637 --> 00:12:42.569
自動化より先に、渡す手順の管理が来ます。

00:12:42.569 --> 00:12:47.501
明日の注目は一つです。

00:12:47.501 --> 00:12:52.433
数学の専門家たちが、今回の証明をどう判定するか。

00:12:52.433 --> 00:12:57.365
その反応が出るまで、今日の発表は保留のままです。

00:12:57.365 --> 00:13:02.296
確かめられていないものを、確かめたと言わない。

00:13:02.296 --> 00:13:07.228
この構えは、資材を扱う仕事とまったく同じです。

00:13:07.228 --> 00:13:12.160
急がずに待つことも、判断の一つです。
